15、サプライズ


 その日、サラミス級巡洋艦エイプリルは極秘に出航した。
 サイド5のコロニーがゆっくりと遠ざかっていく行く。
 
 ミナはガンダムのコクピットにいた。
 制御装置の調整をひたすら続けていた。整備兵のナッシュが顔を出す。
「俺たちの整備じゃ心配なのかい?」
 開かれたキャノピーに手をかけてナッシュが言った。
「ん? そんなわけじゃないけど……」
「こう見えてもミナの好みのセッティングは知ってるつもりだぜ」
 そう言ってナッシュが笑いかけた。
「そうだね、ナッシュは昔から私の事知ってるもんね」
 笑顔を返すミナの顔はどこか寂しげだ。
「何してんだ? 二人とも」
 無重力の中、デイモン大尉が飛んできた。
「大尉」
「整備か。いい心がけだが、けどお前、ちゃんと寝てないんじゃないのか?」
「い、いえ……」
「体調管理もパイロットの重要な仕事だぞ」
「でも」
「いいから寝とけ。なんなら命令するか?」
「いえ……はい」
 ミナはコクピットから出ると出入り口に向かって飛んだ。
 体がゆっくりと降りていく。その姿をデイモンとナッシュの二人は見送った。
「コロニーから出航する直前から彼女の様子が変だ。何か心当たりはあるか?」
「は、はあ、特に……いえ」
「どっちだ?」
「あ、あります。多分ですが……」
 ナッシュは言葉を濁した。
「はっきりしろ」
「男だと思います」
 デイモンは片眉を上げた。
「恋愛で?」
「相手は知りません。でもコロニーで知り合った奴だと思います」
 デイモンは首を横に振る。
「どうしましょう?」
「どうする? 俺に聞くか」
「だって大尉は小隊の指揮官じゃないですか?」
「ま、そうだが……俺だったらヤケ酒飲んで騒いでウサを晴らすがな」
「そんなタイプじゃないでしょう」
「だが思いついたことがある。お前も協力しろ、曹長」
「は?」




 ― サイド5コロニー群に近いデブリ宙域 ―

 サイド5周辺はルウム戦役において連邦軍とジオン軍の本格的戦闘が行なわれた場所である。ジオンはモビルス
ーツの実戦投入を行いその後の戦闘のカタチを変えた。ジオンの圧勝とはいえ、双方数千人の戦死者を出す。さらに
はコロニーが破壊され数万の民間人を巻き込んだ。
 そして現在でも死体を積んだままの宇宙戦艦の残骸が宇宙を漂っている。


 コロニー11バンチの残骸が漂う中、ムサイ級巡洋艦数隻がひっそりと航行していた。艦同士の距離は近く、操舵手
の腕の良さが辛うじて接触を起こさずにいた。
「今のはやばかった」
 残骸を寸前で回避した操舵手は思わず口走る。
 目的のポイントに到着した3隻のムサイ級は推進エンジンを停止すると赤いライトを点滅させ始めた。それに反応す
るようにコロニーの残骸から返信もライトが点滅する。同時に暗い宇宙空間に幾つもの光が一斉に点灯した。それは
滑走路の様に宇宙空間に道を作りコロニーの中に繋がっていた。
「手際がいい」
 ムサイの艦橋からその様子を見つめながら艦長のスワイン少佐は呟いた。
 内部に入ると一隻のサルベージ船が待機していた。
「識別不能な艦を一隻確認しました。表面上は武装は確認できません」
「合図を送れ」
 オーソドックスな点滅信号がやり取りされ、かつてジオン公国軍の主力艦とサルベージ船が接触しそうなくらいに接
近した。ムサイの中からノーマルスーツを着た数人が出るとサルベージ船に乗り込んでいく。


「ジークジオン」
 サルベージ船に乗り込んだジオン軍将校が手を上げた。
「ジークジオン」
 サルベージの船長が返す。
「元ジオン軍第102遊撃艦隊所属スワイン少佐だ」ジオンの将校がそう名乗った。
「特殊作戦部隊のルントヘッド大佐。"現"だ」
「失礼しました、大佐」
 目の前の人間が上官だと気付くとスワインは慌てて敬語になった。
「我々は"寄せ集め"ですので。皆、他の艦隊からの生き残りでして」
「分かっている。戦いを生き抜いた精鋭だ」
「ありがとうございます」
 スワインは敬礼した。
「顔を合わせは終わったかな?」
 老人が顔を出した。 この会合をセッティングした人物だ。
「まあね」
 ルントヘッド大佐は肩を竦める。
「さてムサイ級が3隻、あと……モビルスーツは?」
「ザクU6機、リックドム3機」
「いい数だ、大した戦力になる」
「あなたは? 大佐」
「モビルスーツとモビルアーマーが1機ずつ。それとこの偽装したコルベット艦」
「いい戦力です」
 そう言ったスワインは手持ちの戦力に優越感を持ったのか口元が笑っていた。
「大佐の部隊にいるのは黒いゲルググだ。スワイン少佐」老人が少佐を睨みつけた。
「黒い…? あの"ファントム"ですか?」
 大佐は黙って頷いた。スワインの顔色が変る。
「双方納得いったかな?」
「あ…いえ」スワインが慌てて言う。
「君たちは知らないだろうが私は幾つも君らの様な兵士を支援している。その意思は明確、ザビ家の意思の存続とジ
オン・ダイクン氏の理想実現の為だ。君たちも全く同じとは言わないが似たような信念を持っていると思っている。そ
れが君らを支援する理由だ」
「感謝してます、ルッテンハウトさん」
「戦争は消耗戦だ。この数ヶ月で行なった"サボタージュ"で連邦軍に与えた損害は私が使った金の数十倍に達す
る。連邦軍全体に対しては微々たるものだが私はそれを更に増やしたい」
「私設軍隊を作る気ですか?」
「いや、そこまでの力は私にはない。ただ連邦軍に与える損害を大幅に拡大させたいのだよ。それができる情報を私
は掴んだ。そのために君たちに協力を頼みたい」
「情報?」
「近いうち核を輸送した隠密の輸送船団が付近を通過する」
「核?」
 ルントヘッドとスワインの顔つきが変った。
「そいつを奪う気か?」
「そのとおり。大佐の"ファントム"はいい"手駒"だが核を奪取する作戦には人手がいる。少佐の艦隊は小規模では
あるが輸送艦に乗り込んで"物"を奪取するだけの人員がある。協力して作戦を行なえば成功の確率は高くなるだろ
う」
「すばらしい!」
 スワイン少佐は笑みを浮かべた。
「これで連邦に一泡ふかせられる」
「慌てるな、少佐。まだミッションプランの詳細もできてない」
「久しぶりの吉報につい。すみません、大佐」
「作戦は君ら専門家に任せるということでいいかな?」
「結構です。ルッテンハウトさん」
「それから、ささやかだがスワイン少佐の艦への補給物資を持ってきている。後で積み込むといい」
「あ、ありがとうございます。このミッションは必ず成功させてみせますよ。アースノイドに死を、だ!」
 一人はしゃぐスワインをルントヘッドは怪訝そうな顔で見た。







 ミナはナッシュに呼び出され格納庫に向かった。
 整備作業は珍しく全て終わっているらしく照明は殆ど消されていた。通路を照らす小さなライトがあるだけだった。
「ナッシュ! どこ?」
 薄暗い格納庫の中、ミナは並ぶMSの間を歩いた。3機目のガンダムを通り過ぎようとした時、突然、ライトが照らさ
れた。
「え?」
 ガンダムの手に誰かが乗っていた。逆光の中、目を凝らして見るとそれはミナの上官だ。
「デ、デイモン大尉?」
 玩具のメガネと鼻を付けたその姿はミナが知ってるデイモンではなかった。
「……ですか?」
 デイモンは咳払いをすると後ろに隠していたマイクを取り出した。
「レディース&ジェントルメン! 今宵はミナ・ハンサカー19回目の誕生日だ! みんな思い切り祝ってくれ!」
 格納庫中の照明が点灯すると軽快な音楽が流れ始めた。それと同時にどこに隠れていたのか、整備スタッフや他
の部署の兵士たちがクラッカーを鳴らす。
「ハッピーバースデイ! ミナ」
「おめでとうございます! ハンサカー准尉」
 口々に祝いの言葉をいう仲間たち。ミナはサプライズな出来ことに呆気にとられていた。
「あ、ありがとう…でも」
「おめでとう、准尉」
「か、艦長。どうも」
 艦長のライスが包みを渡す。
「ありがとうございます! 艦長。でも私……」
「恋は女を綺麗にするのよ。いい恋をしてね」
 そう言ってライスは片目をつぶってみせた。
「はい……」
 肩に誰かの手が置かれた。振り向くとデイモン…らしき人がいた。
「リトル、オメデトウ」
 ヘリウムガスを吸っているのかその声は甲高い。
「た、大尉。自分は何がなんだか……」
「オマエの誕生日だろ? 楽しめよ!」
 そう言ってデイモンはミナの背中を勢いよく叩いた。
「うわっ は、はい。でも……大尉?」
 ミナが何か言いかけたがデイモンはさっさと、どこかに行ってしまった。彼はこのパーティーを楽しむ気満々の様
だ。
 会場と化した格納庫では音楽に合わせてダンスする者もいるもいれば談笑する者たちもいる。
 もうミナの誕生日パーティーではなくなっているようだ。参加者全員が楽しみハジけている。
 ミナは椅子に座り込んで出された飲み物を飲みながらパーティーの様子を眺めていた。時折、見慣れない乗員がミ
ナに祝いの言葉を言ってくる。そのたびに愛想笑いをしていた。
「ここいいかい?」
 ナッシュがミナの横に座った。
「ああ、ナッシュ。一体、どうなっているの?」
「何って、お前のバーズデイパーティーでしょ」
「でも……」
「何?」
「私の誕生日は3ヶ月後だよ?」
「気にすんな」
「気にするなって言ったって」
「でも、誰が言ったのかしら?」
 目をそらすナッシュにミナが気づいた。
「ナッシュね!」
「いいじゃないか! ほんの1440時間ほど早いだけだろ?」
「いいわけないじゃない。これで本当の誕生日が来たとき、どんなに気まずいか」
「その時はまたパーティーすればいいさ」
 そう言ってナッシュは無邪気に笑った。
「プレゼントもう一度貰える」
 ミナは額を押さえた。
「貰えるわけないじゃない!」
「まあ、気にしない、気にしない」
 この騒ぎにナッシュが関わっているのは明白だたが彼に悪気はなさそうだ。
「もう……」
 ミナは抗議を諦めテーブルに置いてあったグラスのドリンクを一気に飲み干した。
「あ…それ俺の酒だぜ」
 ミナの顔が一気に赤くなる。
「うわ……なんか頭がクラクラする」
「当たり前だ。そんなに一気に飲むもんじゃないぞ」
「なんだかもう、どうでもよくなっちゃった」
 ミナの様子に変化が起きていた。表情はどこかにこやかだ。
 音楽が変わった。ミナの好きな曲だ。
「私も踊るぅ!」
 ミナはそう叫ぶとダンスを楽しむ人の中に飛び込んでいった。
 
 様々な人々の思惑を抱え宇宙での時間は過ぎていく。
 そして双方の衝突も近いのだ。


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