7、ガンダム搭乗


「すみません! 迷いました!」
 入港中のエイプリルに戻ったミナが言った第一声はそれだった。ブリーフィングルームにはすでにデイモンとハーネ
ットが待機していた
「まったく……まあいいさ。それからリトル、宇宙(そら)では俺の隊から逸れるなよ」
「はい! 大尉」
「おそいぜ、ルーキー」
 ハーネットが丸めた紙くずをミナに投げつけた。寸でのところでそれを避けたミナは得意げに、にこりと笑う。
「うっ、この……」
 続けて紙くずを投げつけるハーネットだったがミナはそれを全部、避けきった。
 咳払いが聞こえた。あきらかにミナたちに対するものだ。
「君前らロースクールの生徒かね?」
 振り向くとリケンベ中佐が眉をしかめて立っていた。
「す、すみません」
 頭を下げるミナ。ハーネットも照れくさげに頭を掻いた。
「ん? ところで君が手に持っているのは何だ?」
 リケンベは丸めたスケッチ用紙に気がついた。
「こ、これは…なんでもありません!」
 ミナは慌てて描いてもらったスケッチを後ろに隠した。
「そうか? なんだか動揺しているように見えるが……」
「ははは! なんでもないです。あっ! それより何か話があるんで召集したんでしょ? 中佐」
「確かにそうだが……大尉、ユニークな部下が集まったな。本当に、これでいいのか?」
「ユニークさがこの小隊の"ウリ"でして。なあに、なんとか"格好"にしてみせます」
 そう言ってデイモン大尉は肩をすくめた。
「まあ、いい……早速、本題に入ろうか」
 リケンベは前に立つと咳払いをした。
「Fガンダムのメインテナンスは予想外に早く済んだ。それで君らには休暇を切り上げてもらったわけだ。すまいないと
は思うが本来の目的は友軍にちょっかいを出している"亡霊"狩りが優先であるのでね。現在、換装を行っているが
それもすぐ終わる」
 リケンベについて来てきていた下士官がデイモンたちにデータボードを渡す。室内の照明に照らされて液晶の画面
が虹色に反射していた。
「標的の"亡霊"は推定ではビーム兵器を退ける装置を装備してるらしい。今、連邦軍の主力兵器の殆んどはビーム
兵器に移行している。したがってFガンダムは対"亡霊"用の特別装備で対応する。そいつはそのマニュアルだ」
 リケンベは腕時計を見た。
「順調なら一時間後には君らはガンダムに搭乗する事になる。それまでにそのマニュアルの内容を頭に叩き込んで
おいてくれ」
「お勉強は苦手だ」
 ハーネットが嘆く。
 ミナは渡されたマニュアル用のデータボードの画面にタッチした。
「これ……?」
 表示されたのはリケンベの言った"特別装備"の画像だった。
「ザクマシンガン?」
 それは見慣れたかつての敵兵器だった。
「そのとおり。ザクの120mmマシンガンを改造したFガンダム用の兵装だ。特殊弾頭は発射速度を150%アップして
いる。頼りになるぞ」
「撃墜しちまいませんかね」
 画面に表示された120mmマシンガン改のスペックに目を通した後、デイモンが質問した。
「敵をMS-14ゲルググと想定した場合、装甲の貫通はするが一発で大破ということはないだろう。計算上だがね。だ
から作戦上、セミオートでの攻撃が妥当だと思う」
「頼りになるんだかならないんだか……」
 ハーネットがぼやく。
「この後、Fガンダムの"慣らし"とガンの発射テストを並行して行なってもらう。時間がないので、きついスケジュール
になるが君らならやり遂げると信じている。以上だ」
 説明を終えたリケンベは下士官と共に部屋から出ていった。
 ドアから出たと同時に何かがリケンベの身体に当たった。
「おっと」
「ごめんなさい!」
 リケンベが顔を上げると胸元に顔をうずめるように黒髪の上級士官がよりかかっていた。
「出入り口付近では慣性での浮遊は禁止ですよ。"艦長"」
 ライスは悪戯っぽく微笑むとリケンベから離れた。
「部下にもよく言われるの。駄目ね」
「"士官は兵士の手本であれ"。士官学校で習いませんでしたか?」
「私、デキの悪い生徒だったの」
 リケンベは悪びれないライスが何だか可笑しくなり笑った。
「ところでリケンベ中佐、お仕事は御終い?」
「途中までね。これからモビルスーツのテストに移ります」
「そうすると"エイプリル"もコロニーから出ないといけないわね」
「いや、発進はドッグからで十分でしょう。索敵用の"ボール"を出して映像をこっちに送らせるし」
「そう……ねえ、私もテストの様子を見せてもらって構わない?」
「は? まあ、構いませんが」
「よかった。楽しみにしてたのよね」
「モビルスーツのテストを、ですか?」
「だって興味が湧くじゃない? "ガンダム"って」
 そう言ってライス中佐は微笑んだ。
 その笑みはどこか悪戯っぽくあり魅力的だった。




「"君らならやり遂げると信じている"だってさ。あの中佐」
 ハーネットは肩をすくめた。
「でもさっき私たちの事、"本当にこれでいいのか?"って言ってましたよね」
「やだねぇ、エライさんは。"本音"と"建前"ってやつを使い分けやがる」
「リケンベはそんな奴じゃねえさ。お前らもしばらく付き合ってみれば分かる。奴は決して部下を見捨てない。さっきの
は俺に対してのジョークだ」
「大尉はリケンベ中佐とは長いんで?」
「ああ、奴が新米士官のときからな。一年戦争より前の話だよ」
 ミナとハーネットは顔を見合わせた。
「モビルスーツもない時代」
「旧世代だ」
「うるせえ!」
 デイモンがハーネットの胸をデータボードで叩いた。バランスを崩したハーネットがミナにぶつかる。
「あっ……」
 はずみで持っていたスケッチ用紙が床に落ちた。
「何? これ」
 デイモンがスケッチを拾い上げた。
「わーっ! 大尉! だめだめ!」
「何で? いいじゃないか。上手よ、これ。知らなかったよ。お前に絵の才能があったなんて」
 ハーネットも絵を覗き込んだ。
「本当だ。良く描けてるぜ。リトル」
「ち、違うんです。それ私が描いたんじゃないんです」
「そうなのか?」
「わかった。これを描いてもらっていたから戻るのが遅れたんだな」
 ハーネットが意地の悪そうな笑いを浮かべてミナを見た。
「それは……」
「それと、これを描いたのは男で、そいつとはいい感じになった」
「な、な、なんで」
 動揺するミナ。デイモンは不思議そうな顔でハーネットを見た。
「何でそんな事、言える。お前、ニュータイプか?」
「ここ、絵の隅にEメールアドレスが書いてあるんですよ]
「あっ…ほんと」
 ミナはデイモンの手からスケッチを奪い取った。
「か、勝手なことばっかり言わないでください! 本当に!」
 顔を真っ赤にしたミナはそのままブリーフィングルームから出て行ってしまった。
「怒らしちゃったみたい」
 そう言ってハーネットはにやけた。
「お前……きっとミナに後ろから撃たれるぞ」
「ははは、まさか……」
 笑っていたハーネットだったがデイモンの顔は真剣だった。
「は……ま、まじっすか!」



 ――数十分後、ドッグに白い三機のモビルスーツの姿があった。
 核融合炉が点火される。コクピットの電装部品が一斉に点灯し中を明るくした。モニターのゲージがグリーンになっ
ている。
 胸部の排気口からガスが吹き出し周辺の塵を一緒に吹き飛ばした。
 白いモビルスーツの足元にいた整備兵が周囲を確認すると"GO"の合図を出しす。
 18メートルを越す、巨大な人型の戦闘兵器はゆっくりと射出カタパルトに向って歩き始めていた。



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