14、もう一人


一機のガンダムがコロニーから姿を現した。
ガンダムはコロニーの壁面を数十メートル歩くと停止した。
『リトル、準備はいいか?』
「いつでもどうぞ」
 ターゲットが発射された。それと同時にガンダムも宇宙空間に飛び出す。無人ターゲットはガンダムの周りを取り巻
くように散開すると模擬レーザーを放つ。ミナの操作するガンダムはそれを避けながらターゲットを射撃した。

モニターを見つめるナッシュは脇に置いてあったコーラを掴む。
「70%撃墜。初めてにしては上々じゃないか?」
『だめだよ、そんなんじゃ。リセットしてもう一回トライする』
無線を聞きながらナッシュは首を振った。
「熱が入ってるわね」
その声にナッシュは慌てて立ち上がった。
「ライス艦長!」
「気にしないで続けて」
ライスは椅子を引っ張ってくるとナッシュの横に座った。
「どう? 彼女の様子は」
「いい線いってると思うけどミナ准尉は納得していないみたいです」
「ふーん……」
ライスはモニターを見た。
画面の中では白いモビルスーツが宇宙空間を駆ける姿を映し出していた。
「彼女とは長いの?」
「は?」
「ミナ准尉とは軍に入る前から知り合いだと聞いてるわ」
「は、はい。サイド2で育ちました」
「どんな子だった?」
「ミナ…いえ、ハンサカー准尉ですか?」
ライスは軽く頷いた。
「あいつ…いえ准尉とは家が近所でした」
 ライスは手に持ったカップのストローを銜えた。
「どんな子だった?」
「どちらかというと内気でした。モビルスーツのパイロットになったのが今でも信じられません。ただ……」
 ライスはナッシュの顔を見た。
「直感というか、勘がよかったです。そいつとモビルスーツのパイロットとしての能力は何か関係あるかも。そういえば
あいつ一度キレた事があって…」
「ミナが? 想像つかないわね」
「よくあることです。いじめっ子の度の過ぎる悪戯。毎日からからかわれてね。ところがある時、ミナがそいつを伸しち
まったんです」
 ライスは口笛を吹いた。
「あの時は驚いたなぁ」
「彼女、格闘技を?」
「いえ、何も」
「そんな子がどうやって」
「当たり所が良かったのかどうなのか…とにかくラッキーパンチでしたね。面白かったな」
 ライスは笑いながら別のモニターを見た。白いノーマルスーツのパイロットが忙しなくレバー操作をしている。
「勘のいいパイロットか……」
 ライスは、そう呟いた。

 訓練を続けるミナは再びターゲットに集中していた。
 何?
 その時、背後に何かを感じた。
 ターゲットじゃない?
 バーニヤをコントロールして機体を急旋回させる。背後には広大な宇宙が広がるだけだった。残留するミノフスキー
粒子の為、多少、障害を起こし気味ではあったがレーダーに機影はなかった。ただ彼方にデブリ群が映りこんでいる
のみ。
 ミナは感覚を研ぎ澄ました。漠然とした何かの感じる方向を探した。
 デブリ群の方向を見つめる。
『どうした? ミナ』
 ナッシュから通信があった。
「うん? なんでもない」
 ガンダムは再び機体の方向を変えた。



 デブリ群の中から彼方のガンダムを見つめる視線があった。
 ムサイ級らしき残骸の中に潜んでいたそれはかつてニュータイプ用の攻撃兵器として開発されたエルメスに酷似し
ている。
 コクピット内のパイロットはバイザーを上げた。
「あのパイロット、さすがに勘がいい」
 少年の面影を残すパイロットはそう呟くとニヤリと笑った。
 気がつくと計器パネルにシグナルが点滅するのを見つけた。単純な信号を感知しランプに連動させた単純なシステ
ムだがそのパターンは当然、暗号化されている。そしてこのサインは帰還命令だ。
「ちっ、ガンダムめ……命拾いしたな」
 漂わせていた遠隔攻撃ユニットである"ビット"に撤収の指示を出すとエルメスはゆっくりと残骸から離れていった。
それに追随するように"ビット"の群れが集まってくる。後部のハッチにビットを収容するとモビルアーマーはその宙域
から飛び去っていった。



 ガンダムの訓練の様子に飽きたのかふいにライスはモニターに向うナッシュに声をかけた。
「あっ、ところでミナは誰と付き合ってるの?」
「えっ!」
 突然の上官の質問にナッシュは目を丸くさせた。 しかも予想外の。
「あ、あのどういうことでしょう?」
「どういうことって、彼女、恋してるように見えたから」
「本当ですか?」
「君、知らないの?」
「知りません。何も」
 ナッシュは動揺した。
「私はてっきり君だと思っていたのに」
「そんな…ありえません!」
「君とミナが付き合ってる事? それともミナに男がいた事?」
「後の方……いえ! その……」
 焦るナッシュの横でスピーカーが鳴った。
『今のどうだった? ナッシュ』
 慌ててマイクを取ろうとしたナッシュだったが手が滑って落としてしまう。
『ナッシュ?』
「ターゲット撃墜率85%。まずまずじゃない?」
 マイクを拾ったのは艦長のライスだった。
『だれ? 艦長ですか?』
「ごきげんよう。ミナ」
『ど、どうも。なんで艦長がそこに?』
「ちょっとした調査」
『調査? で、何か分かりました?』
「どうかしら。まだ私の知りたい事は分かってないし」
『そうですか……あの、訓練を続けても?』
「いいわよ。がんばって」
『ありがとうございます』
 通信は切れた。
 ナッシュは横で迷惑そうな顔でライスを見た。
「まったく……一体、何しに来たんですか? 艦長」
「ん? 暇つぶし」
 ライスは笑顔で肩を竦めた。


 * * * * * * *


 民間のサルベージ船に偽装したコルベット艦がライトを点滅していた。
 グレー色のモビルアーマーがそれを目指して接近を続ける。
「ミハエル・ヘンデ、着艦する」
 コルベット艦の先端の甲板が開かれていった。モビルアーマーはその上方まで接近すると静止した。細いワイヤー
フックが掛けられるとゆっくりとモビルアーマーを回収していく。しばらくするとモビルアーマーは甲板に上部だけを突
き出して収まった。開いていた甲板が閉じられていく。
  ダークグリーンのジオン軍のノーマルスーツを着たパイロットが気圧室から出た、スモークのかかったヘルメットを
取ると鮮やかな金髪が一瞬広がった。
 パイロットが息をつくと通路の壁に寄りかかった人影を見つけた。同じくジオン軍のノーマルスーツを着ている。
「やあ、ファントム。君もミッション終了?」
 少年はそう軽口をたたいた。
 壁に寄りかかったファントムと呼ばれた男は少年を睨みつけた。
「どこに行っていた?」
 その視線の鋭さに少年は一瞬怯んだ。
「ど、どこって、偵察任務だよ」
 目を逸らす少年の胸倉が突然、掴まれる。
「な、なんだよ!」
 男の手が少年の身体が勢いよく壁に押し付けられた。はずみで頭が壁に当たる。
「偵察任務なんて出てねえ。てめえの独断行動というのは分かってるんだ」
「だから何? あんただけが特別扱いだと思ってるの? ファントム」
「なめた口を聞くなよ? 小僧」
「ガンダムを仕留めそこなったくせに」
 ファントムの眉が上がる。右手が少年の首にかけられた。
「よ、よせ……」
 手に力の込められていく。
「何やってる! よせ!」
 通りがかったクルーが二人を見つけて止めに入った。
 ファントムは少年の首から手を離しすと背を向けた。喉を詰まらせその場にうずくまる少年。
「アンタ、最近なんだか様子がおかしいよ」
 少年は咳き込みながら言った。
「あのガンダムに関わったからだ。」
 ファントムは無視してその場を去っていった。少年はまるで主人を見上げる犬の様な目でその場を離れる男の背中
を追っていた。
「ぼ、僕はアンタの事を心配してんだ……ファントム」



 ノーマルスーツから普通の服に着替えたファントムは医務室にやって来た。
「聞いたぞ。ミハエルを痛めつけたそうだな。手荒な真似はするな。あれもお前と同じ貴重なジオンの戦力なんだ」
 ツナギ姿の男はそう言うと注射器を取り出した。
「余計な真似をするからだよへンデンブルグ教授。あのガンダムは俺が仕留める」
 ファントムは右手を腕まくりした。
「それにあの小僧には出撃命令も偵察命令も出てねえんだろ? 制裁を加えただけだ」
「そいつは大佐の役目だ。お前がやることじゃない。それに……」
 言葉を止めるヘンデンブルグにファントムは顔を向ける。
「あの子はお前さんが心配なんだよ。表現の仕方は不器用だがな」
「……早くしてくれ、頭が痛くてかなわねえ」
 催促するファントムの腕に注射器の針が当てられた。
「ところでロウの様子はどうだい?」
「ああ……あいつ、最近浮かれてやがる」
「そうか、例の連邦軍の女だな?」
「あの女は……」
 血管に流れていく薬品のせいでファントムの意識が次第に遠のいていく。
「……何とかしねえと」
 意識がなくなりそのままファントムはベッドに横たわった。
 へンデンブルグはそれを見届けると受話器を取った。
「大佐、ファントムを"収容"しました」



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