26、出会いと別れ


「これだけの戦力を投入してこの結果とはな」
 リケンベの上官にあたる大佐は窓越しに月のクレーターを眺めながらそう言った。
「ご期待に添えなくて申し訳ありませんでした」
「ゲルググに乗り込んだらしいじゃないか?」
「はい、特別部隊のパイロットが」
「そこまでいっていながら……惜しいな」
「はっ、もう少し様々な状況を想定すべきでした」
「貴公の処遇は追って通達する」
 結局、大佐は最後までリケンベに振り向く事はなかった。




 ミナは荷物を詰めたバッグを担ぐと部屋のドアを開けた。
 廊下でるとハーネットが壁に寄りかかってい待っていた。
「足がないだろ? 送るぜ」
 いつもと同じ無愛想な表情だったが彼なりの気遣いだ。
「ありがとう」
 ミナはにこりと笑う。
「ミナ・ハンサカー」
 その声に振り向くとデイモン大尉とライス中佐が立っていた。
「本当に辞めるの?」
「ええ。いろいろ考えたんですけどそう決めました」
「残念ね、いい友達になれそうだったのに」
 ライスはミナにハグをした。
「いままでありがとう。お前のお陰で随分助かった」
 横にいたデイモン大尉がそう言った。
「でも作戦は失敗です」
「お前がいなければ友軍の被害はもっと酷かったさ」
 そう言ってデイモンは片目をつぶってみせた。
「元気でな」
「大尉も」
 出口に向って歩き始めるミナとハーネット。それを見送りながるライスとデイモンはどこか寂しげだ。
「いいコだったのに」
「ええ。あいつはいい意味にで兵士らしくなかった。俺の娘もああ育ってくれればいいな」
 ライスはその言葉に驚いた表情でデイモンの顔を見た。
「大尉、結婚してるの?」
「い、や、まあ、別れた女房との間に……女房についていっちまいましたが」
 すこししどろもどろになるデイモンをその場に置いてライスは廊下を歩き始めた。
「あ? 中佐? 中佐……レイチェルってば!」
 トゥーティ・デイモン慌ててライスの後を追った。



 車に乗り込もうとしたミナに人影が駆け寄った。
 整備兵でミナの幼馴染でもあるナッシュ・スガワだった。
「ミナ!」
 息を切らして車の傍まで走ってきたナッシュは呼吸を整えるながら車に寄りかかった。
「本当に行っちまうのかよ。今回の事はお前は悪くないぞ」
「そんな責任感どかじゃないよ。ちょっと考えたい事があったから。メールアドレスは変えないしまた連絡頂戴?」
「あのさ、ミナ」
 呼吸がまだ整わないながらもナッシュはなんとか言葉を搾り出した。
「俺も来月、軍を退役する」
「えっ? 」
「仲間と民間向けのモビルスーツの販売会社をやるんだ。アナハイム社の人間ともコネができたし、将来はオリジナ
ルのモビルスーツの開発まで行き着くつもり」
「ナッシュは目標があってうらやましい」
「自分でも大変だとおもうけど……なんというか、うん、つまり、俺も頑張るからお前も頑張れ」
 言葉はつぎはぎだったが気持ちはミナにしっかり伝わった。
「うん、ありがとう。ナッシュ」
 ミナは自分の大事な友達に心からの礼を言った。
「行くぜ、ミナ。そろそろシャトルの発進時間が近づいてる」
 催促するハーネットにミナが頷いた。
「じゃあね、 ナッシュ」
 そう言ってミナは車に乗り込むと窓越しに手を振った。車はその場から走り出した。
「……必ず迎えに行くからな。ミナ」
 それを見送るナッシュは小さくそう呟いた。


 電気動力の車は騒音も殆んど出さずに基地施設の中を走った。
「大きなお世話かもしれないが、これからどうするんだ? 」
 バックミラーの位置を直しながらハーネットはミナに訊ねた。
「地球に降りてみようと思うの。いろいろ見てみたいし」
「そうか……悪くない」
「確かハーネットさんは地球圏出身ですよね」
「ああ、小さな漁港町だ。ちょっとガラが悪い所でね」
「それでそんなしかめっ面になったんですね」
「おまえ、真顔でそんな事言うなよ。傷つくぜ」
「ははは、冗談ですよ」
「ふふん、まあいいさ。それよりやっと笑顔が出るようになったな。少し安心した」
 ミナの顔が急に沈んだ。
「……ええ、まあいろいろと考えましたから」
「そういえばさっきの整備兵って知り合いだったよな」
「ナッシュはコロニーで暮らしていた時の幼馴染なんです」
「あいつ、お前の事が好きなんだな」
「私も好きですよ」
「そういう意味じゃないがね」
 ハーネットは飛び出してきた他の車を避ける為にハンドルを切った。冷静に最小限のハンドル操作で激しい揺れも
なくスムーズなものだった。ミナは何気ない車の運転にハーネットの巧みさを感じ取っていた。
「俺も退役後は、あいつの会社に雇ってもらうかな」
「ハーネットさんも軍を離れるんですか?」
「いつかはな。だがこの特別部隊が解散した後の行き先は決まってる。テストパイロット部隊に配属される事に決まっ
た」
 テストパイロットは最先端のモビルスーツ工学を習得し常に新型機に触れるポジションだ。その為、選抜された優秀
なパイロットたちが集まる所でもある。ハーネットの配属は当然の結果だとミナは思った。
「お前はこの後何をするつもりだ? 」
「私は……」
 ミナはしばらく窓越しの景色を見た後答える。
「教師になろうと思ってます」
「教官?」
「いえ、子供たちに勉強を教える学校のです」
「ああ、先生か。ああ……ん、合ってるかもな。容易に想像できるよ」
 ハーネットそう言ってニヤリと笑った。彼の数少ない笑顔だった。
「そうか、そういうのも悪かないかもな」
「そうですね……」
 短いドライブの後、車はシャトルの発進エリアに到着した。

「それじゃ、ハーネットさん。手紙書きますから」
「よせよ、返事は書けないぜ」
「お元気で」
「お前もな」
 ミナは車から降りるとポートに向った。
「ミナ!」
 ハーネットが呼び止めた。振り向くミナ。
「お前は、俺の次に、いいパイロットだったぜ」
 そう言ってハーネットは敬礼した。
 唇を噛み締め無理の笑顔をつくるミナは敬礼を返す。


 やがて出発の時間が来た。
 ミナを乗せたシャトルがグラナダから離陸していく。
 窓越しに月の景色を見つめる。
 こんなにも荒れた地表だが地球から見る月は太陽の反射で美しく見えるらしい。クレーターだらけの地表を見る限り
ミナにはそれが想像できなかった。
 巨大なクレーター内に建設されたグラナダが離れていく。
 二度と来ることもないだろう。
 そしてモビルスーツに乗ることも。
 闘うことも……
 途中、シャトルのそばを訓練中のRGM-79の編隊が通り過ぎた。それを目で追うミナ。
 かつて自分が駆っていた機体と同じだ。
 そして最後に乗ったのはRX-78Fガンダム。
 宇宙世紀0080最高の機体だったとミナは思う。機体の挙動、エキサイトする発進、直撃にも耐える被弾の衝撃。何
故かその全てが思い浮かんだ。そして最後の相手はMS−14ゲルググ改。宇宙世紀0079で消滅したジオン公国軍
最強の機体だった。
 そしてそのパイロットはミナの大事な人間だった。

「どうしたんだい?」
 
 隣に座っていた若い士官が涙を流しているミナに気がつき声をかけた。
「いえ、別に。ちょっと哀しいことを思い出しちゃって」
 若い士官は笑顔を作ってみせた。
「僕はこう思うようにしてるんだ。辛かった時の中にも良い思い出ってやつが必ずあるはずなんだ。どうせ思い出すな
らそっちも思い出そうって」
 士官はそう言うとハンカチをミナに差し出した。
「そして辛い思いをしてる時に癒してくれるのは人の優しさかもね」
 ミナはハンカチを受け取ると涙を拭いながら笑顔を作って見せた。

 シャトルが月を離れていく。
 距離と置くと共に太陽の光に反射した月は白く輝いて見えてきた。
 歪なクレーターもその形を覆い隠されていく。
 
 美しい月

 その時、ミナは素直にそう感じていた。


 『漆黒のファントム』おわり

   目次   あとがき 



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