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銃弾がロウのヘルメットをかすめた。
背後のモニターが割れ画像が映らなくなっている。
「なにをする……」
ロウ・モリガン……いやファントムはハンドガンを構えるミナを睨みつけた。
目を逸らさずファントムを見つめるミナ。ハンドガンを握る手は震えていた。
「やめて、ロウ」
涙声で訴えるミナをファントムはしばらく黙って見つめていた。
そして間を置いた後のファントムの態度はミナが予想していなかったものだった。
「それはだめだよ」
ロウではなくファントムの言葉と分かったがそのトーンは穏やかで先ほどまで憎悪をむき出しにしていた態度とは全
く違っていた。
ミナは戸惑いつつもファントムに語りかけた。
「なんで? あなたたち僅かなジオン公国軍の生き残りが連邦軍に反抗したとしても何も変らないし、みんなだって…
…ジオンの人も地球圏の人も戦争なんて望んではいない! 戦争を望んでいるのは一部の政治家や権力者の自分 が死に直面しない人たちだけよ! あなたたちは、それに踊らされているだけなんだわ! 」
ミナは自分でも驚くほど饒舌にファントムに訴えた。普段は連邦軍のパイロットとして働いていても政治の事には感
心のないフリをしていた。仲間内でそんな話が盛り上がっていてもわざと加わらないようにしていたはずだった。一年 戦争の時もパイロットに志願したのは正直なところ衣食住と進学資金の為だった。隠れた才能は発揮され今はガン ダムのパイロットとしてここにいる。とはいえモビルスーツのパイロットになったのは決して思想からではない。
この時、ミナの口からは、タガが外れた様に今まで心の底で感じていた事が一機に吹き出ていた。
それは考えまいとして心の中で目をつぶっていたことだった。
「それは分かっている……ミナ・ハンサカー 」
ファントムは驚くほどあっさりとミナに同意した。
「だが知ってるか? お前と俺は実は同じなんだぜ。誰かの思惑の為に人を殺す。俺は連邦の人間を。おまえはジオ
ンに関わる人間を。やってることは同じ。立場が違うだけなのさ。おれたちは"手段"なんだよ」
「でも私たちには"意思"がある! 間違っていると思えば止めれる意思が! 私、あなたが人を殺さなければ手を出
さない。軍だって抜ける。だからお願い、ロウ! これ以上、人を殺すのはやめて!」
ミナはすがるようにファントムに抱きついた。ファントムは飛び込んできたミナの頭を包むように抱いた。
「だがな……だめなんだよ。俺たちにまだなんだ。ルントヘット大佐も俺もケリをつけてないんだよ」
「ケリってなに? 戦争はもう終わっているのよ?」
「いや! 終わっていない。俺たちはまだ負けてはいないんだ!」
「無意味よ 手を汚さない人間の為にこれ以上闘う事はないわ」
「違うんだよ」
ファントムはミナの身体を離した。
「違うんだよ……」
ファントムの顔を見るミナは彼の深い哀しみの目を見た。
「俺を助ける為に死んでしまった人たちがいる。研究所での生活は死んだほうがマシと思える事も多かったけど、そ
れを支えてくれた人たちの事だ。大佐も命を救ってくれた。見た事も話した事もない、おエライさんの為なんかじゃな い。これは俺を……俺を救ってくれた人たちのためなんだ」
「そんなの断ち切ってよ。そんなの……哀しいよ……」
ミナはそれ以上、言葉を続ける事ができなかった。涙が目の前を曇らす。もはや目の前にいるのがファントムでもロ
ウでも関係なくなっていた。ただこの人を死なせたくない。その気持ちだけだった。
触れた手が俯くミナの顔を上げる。
「ミナ、さよならだ。君に逢えてよかった」
その時、コクピットのハッチがいきなり開かれた。充満していた機内の酸素は一気に宇宙に放出される。それと同
時にシートベルトをしていないミナの身体ももっていかれそうになった。踏みとどまろうとしたミナをロウが強引に押し 出した。
「ロウ! 」
ミナの叫びが遠ざかっていく。ハッチの閉まっていく中、ロウは離れていくミナの姿を目に焼き付けながら見送った。
ハッチが閉じると同時に通信回線を開いた。
「ガンダムのパイロット。レーザー通信をかけていたのは気付いている。今、お前の仲間を宇宙に放り出した。無事に
回収してやれ。でなけりゃ殺すぞ」
配慮にも脅しとも聞こえる黒いゲルググからの通信にハーネットは舌打ちした。
「ちっ、ナメやがって」
メインカメラが宇宙空間に漂う連邦軍ノーマルスーツの姿を捉えていた。
「ミナ。お前の位置は分かっている。今、助けてやるから安心しろよ」
ミナはハーネットからの通信が聞こえていたが返事はしなかった。
暗い宇宙の中で今は一人でいたかった。
今は……
黒いゲルググは被弾したコルベット艦に取りついた。
それに気付いたサラミス二隻は警戒し艦長たちはコルベットへの接触に慎重にならざる得なかった。
「奴には白兵戦用兵器しか手持ちがない様です」
副官が艦長にそう報告する。
「なら砲撃はしてこないな。モビルスーツ隊はまだか?」
「Fガンダムが一機が付近で展開中! デブリ帯に行っていたチームも駆けつけます。それとムサイ艦隊と交戦中だ
ったエイプリルとモビルスーツ隊もがこちらに向っています」
「なら、今は奴の動きを止めるだけいい。威嚇射撃で肝を冷やしてやれ」
行動を決定したサラミスは攻撃態勢に入っていった。
宇宙に流されたミナの目の前に白いモビルスーツが現れた。
ハーネットの駆るFガンダム2番機だ。
『ミナ! 大丈夫か?』
集中力を無くしかけていたミナの耳に聞きなれた声が入ってくる。いつも怒り気味に聞こえるハーネットの声も今は
安心できる。
「はい、平気です」
ミナは姿勢を接近するFガンダムに向けた。機械の手がミナの方に伸びていく。
『まってろ、今助けてやる』
初めてハーネットと会った時は彼を気難しそうな人間だと思っていた。
いつも眉間にしわを寄せている彼には話しかけるのも気をつかっていたものだ。しかし長い時間、接していると彼の
不機嫌そうな顔は外にではなく自らに向けられているものなのだと気がついた。ハーネットは自分に厳しい人間なの だ。常に自らに課題を課し、それを克服しようと試みている。"サムライ"のコールサインも彼らしいと思えてくる。
さらには気がつくとミナのフォローに回っている機転の良さは実に感心させられるものだ。 それは危なっかしい妹を
気にする兄の様でもあった。そして今がそういう時だった。
ガンダムの金属の手が滑らかに手を伸ばし、ミナを捕らえた。いくら高性能コンピューターで制御されているとはい
え機械の手は生身の人間に対するタッチは難しいものだったがハーネットはそれを難なくやってのけた。
「ありがとう、ハーネットさん」
『いいさ。それよりお前、ガンダムはどうしたんだよ?』
「いろいろあって」
『いろいろ? まったく、手間をかけさせやがる奴だぜ……』
ハーネットはその時、レーダーに接近する機体に気がついた。識別反応は友軍で表示されているのは量産型モビ
ルスーツのジムが二機ともう一機だ。
「ガンダムだと? 」
一機のジムが抱えているは片腕の無いガンダムだった。
「おいおいミナ。あれ、おまえのじゃないのか?」
ハーネット機の手の中で接近するモビルスーツを目視したミナは見慣れた機体に驚いた。
「は、はい。そうみたいです」
ジムから通信が入る。
『ファントムの捜索中にムサイ級の残骸から見つけました。ガンダムの機体は軍事機密扱いと判断し回収してきまし
た』
ジムのパイロットの真面目そうな声がそう告げる。
「ミナ。お前を掴んでいちゃあ身動きがとれない。早く自分のガンダムに戻れ」
『りょ、了解です!』
ハーネット機はガンダムを掴んだジムに近づくとミナを持った手を向けた。ガンダムの指が開かれるとミナは親指を
蹴飛ばして自分の愛機に飛んだ。
サラミスが放った数発のメガ粒子ビームがコルベット艦の傍をかすめた。
「大佐! 砲撃が開始されました」
「脅しだ。当たるものか。通信をゲルググに繋げ」
ルントヘット大佐は冷静に指示する。こういった時、どっしり構えた指揮官の下では部下は安心できるものだ。
『ファントムだ』
スピーカーからファントムの声が聞こえるとルントヘット大佐は受話器を取った。
「ゲルググはまだいけるのか?」
『ライフルを無くしちまった。だがシールドは使える』
「結構。ではフィールドを使った例のアタックはできるということだな?」
『……ああ』
「どうした? できるのか、できないのか」
ルントヘットはきつい口調で言った。
『やれる』
「よし、では正面の連邦軍を排除しろ」
『コルベットにシールドの干渉があるかも』
「お前がここから離れたら連中に狙い撃ちされる。それよりはマシだ」
『了解』
エネルギーコンバーターを作動させたゲルググは青白く光り始めていく。
「エネルギーリンク開始。フィールド展開。冷却装置は……」
ファントムは冷却装置の異状に気がついた。エネルギーコンバーターが出力を上げるのと比例して機体は熱を帯び
ていくのが分かる。
オーバーロードだな……どこかを撃たれたってのか?
これ以上、出力を上げ続けるれば、どうなる事のかファントムには容易に想像できた。
コンバーターを停止させようと延ばした彼の手が止まる。
こんなものか……
ファントムはそうつぶやくと手を戻した。
ゲルググを覆う光の波が次第に大きくなっていく。その光は現場に辿り着こうと接近中のエイプリルのブリッジから
も確認できていた。
「一体、何が起きてる?」
リケンベ中佐はその光景から、あらゆる可能性を頭に思い描いていた。
さらに強さを増していく光のフィールドが、ついにはコルベット艦をも覆っていった。
危険を察知したサラミスは接近を中止する。
「全砲門をコルベット艦に集中させろ」
艦長が怒鳴った。
「艦長、対ビームシールド装置の奪取がまだ……」
副官が耳打ちしたが艦長は首を振った。
「私はニュータイプではないが"あれ"が危険なのは分かる! 命令を復唱しろ、少尉」
強くなるフィールルドの光が周囲に集まったモビルスーツ隊を照らし出す。
ガンダムに乗り込んだミナもその様子を見守っていた。
「ロウ……」
光は強さを増し、やがて中のゲルググもコルベット艦も目視できなくなっていった。
ゲルググのコクピット内でファトムはシートにもたれかかると目と静かに閉じた……
(おい、ロウ。いい娘だったぜ? ミナっていうあの連邦のパイロット)
(ああ、知ってるよ。ファントム……よく知っている)
ロウ・モリガンの意識もファントムの意識も次第に遠のいていく。
同時に、フィールドの光が一気に広がった!
それが僅か数秒で収まった時、次に現れたのは爆発の炎の赤い光だった。
その爆発の規模は小型の戦闘艦であるコルベット級とは思えない巨大なものだった。取り囲んでいたサラミス艦や
モビルスーツ隊を爆発の光が照らす。
ミナはモニター越しにその光景を見つめていた。
そして、その目からは流れる涙は止まらなかった……。
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