サバンナを18mを越す巨大な機動兵器が疾走していた。
核融合炉を有効に利用したホバーシステムは80トン余りの機体を100kmを越すスピードを叩きだす。
レーダーが使用不能に陥ったこの戦争において急速に量産された有線ミサイルもこのジオンの新型モビルスーツ
の動きには対処できていなかった。
「アルファ2! 左をカバーしろ!」
隊長機であるMS−07Sグフを腰を屈めた射撃スタイルのまま部下に指示を出した。
「了解!」
グフの左をデザートカラーに着色されたMS−08F、機体ネーム"ドム"が先行する。
「アルファ3は右をカバーだ」
「OK、 少尉」
右側も同じくデザートカラーのドムが砂塵を舞い上げ駆けぬけた。
連邦軍の戦車が砲塔をドムに向けようとしたが速度が速すぎて照準が合わなかった。
「いただき!」
その隙をついてグフの後方に配していた長距離ライフルを装備したMS−2ザクが狙撃をかけた。チタン製の貫通弾
は戦車の装甲を難なく貫いた。黒い煙が駆動部から噴出し戦車は動きを止めた。
大破した戦車のすぐ横をすり抜け敵部隊の布陣の中にドムが突っこんでいった。司令車に搭乗する指揮官はフォー
メーションを崩されるのを嫌い、部下たちに侵入したドム二機を狙撃を優先させた。しかしそれこそがジオン部隊の狙 いだった。高速移動するドムに翻弄された戦車は正面のグフとザクの射撃の的になっていく。事態を把握したときに は部隊の半分を失っていた。対して敵の損害は無しだ。
「撤退! 撤退だ!」
指揮官は慌てて後退の命令を下したが今度はドム二機の追撃に晒されることになってしまう。
空中から降下してくるドムがヒートサーベルを戦車に突き刺した。一番の弱点である上方からの攻撃を受けた戦車
は、なすすべも無く撃破された。
スナイパー仕様のザクが弾倉の交換をする頃には連邦軍戦車部隊の殆んどを撃破していた。
「攻撃中止! もういい」
隊長機から命令が出された。
「まだ生き残ってるぜ、隊長」
「深追いするな。連邦のモビルスーツの伏兵がいたら厄介だ」
「"ジム"とかいう奴? 問題ねーだろ」
追撃を止めないドムの横に別のMS−08Sドムが並行して走行する。
「過信は禁物よ、ショーン」
「"やれる時にやっとけ"っていうのを知らないのか? アキ」
「"戦は八分の勝ちを良しとする"。東洋の武将の言葉を聞いたこと無い?」
「しらねーよ」
「二人ともよせ。ショーン、俺の命令が聞けねーならリーパーに狙撃させる」
通信を聞いた旧型ザクは隊長機にモノアイを向けた。
「へへ、いつでも命令してくださいよ。隊長」
旧型ザクのパイロットはにやけながら通信を返した。
ドムのコクピット内ではパイロットのショーン・クガは不機嫌になりながら操縦桿を動かした。
MS−08Sはカウンターをあてながら急速ターンする。もう一機のMS−08Sは見事なターンで追随した。
グフのコクピットでは隊長のレイリッヒが、にやりと笑う。
「手間のかかる小僧だぜ」
側面のスクリーンで狙撃用ライフルを持った旧型ザクが映り込んだ。
「隊長、俺たちも行きましょうや。あいつら、すぐ追いついちまう」
「ああ、そうだな」
肩を並べた二機のモビルスーツは機体の方向を変えた。
アフリカは不思議な土地だ。
何百の部族が存在すれば何百もの言語と神と、そして神話が存在する。
ジオンがここに進攻した時、連邦軍の戦力は僅かだった。代わりに抵抗を示したのは連邦政府に所属していないこ
の国の旧式軍隊だ。連邦軍の最新戦車をも凌駕する"モビルスーツ"にこの国の軍隊はあっ気なく全滅させらること となる。支配者たちはいち早く国外逃亡。ジオンは苦もなくここを手に入れた。
ジオンが、この地域に進攻したのは政治的意味合いではない。地下資源の奪取であった。
ザビ家の戦略方針により、その主体はヨーロッパであったがアフリカの地下資源も魅力的だった。
事実、ここでの金の採掘量はジオンに、特に一部の上層階級に恩恵をもたらしていた。
戦争時、紙幣の価値は変動が大きい。しかし、黄金だけは、どの世紀をみても価値は不変である。
宇宙世紀0079でもそれは変らなかった。
ジオンのモビルスーツ部隊が帰還した時に、真っ先に出迎えたのは基地の司令官でもなく仲間の兵士でもなかっ
た。出迎えたのは村の子供たちだった。
ドムの脚部から放出されるホバージェットの風は一瞬ではあるが周辺にとてつもない風と砂埃を舞い上げる。その
風が周りに吹き上がる度に子供たちはどこからか持ってきた大きな布を広げて待ち構える。風が到着するとその勢い で布が舞い上がろうとする。当然、それを掴んだ子供たちも一瞬で低い高さだが宙に浮かぶ。
村の子供たちのお気に入りの遊びだった。
「まったく、飽きねーもんだ」
通り過ぎる際にカメラが風に遊ぶ子供たちを捉えた。ショーンはそれを横目に見ながらにやりとする。
帰還したモビルスーツ部隊の内、まずはドムのコンビがドッグに入った。
遅れてグフと旧型のザクがエリアに入る。
鉱山基地の防衛隊にあたる戦力は寄せ集めのモビルスーツ部隊で編成されていた。アフリカ戦線の多くの戦力が
オデッサ戦線に投入され、アフリカでのジオンの戦力は数ヶ月前に比べると見る影もなく目減りしていた。
その日、モビルスーツ部隊の指揮官たちが集められていた。
大がかりな作戦行動があるのではと囁かれたが、実際は、違った。
「オデッサが落ちたって?」
基地司令官の言葉に指揮官たちは動揺を隠せなかった。
「2時間前の情報だ。マ・クベ大佐以下多くの上級士官が撤退した」
「撤退って、こっち(アフリカ)ですか?」
「いや、宇宙だ」
ブリーフィングルームがざわめく。
宇宙への撤退は戦略的ではないのは分かってる。
宇宙軍総司令部がどう言おうが、地球に残る多くのジオン兵にとって"敗北"としか思えないのだ。宇宙からの降下
作戦にどれほどの物資と労力が必要なのかは、開戦の準備を知っている者たちには十分すぎる程、理解できること なのだ。
"ジオンに兵なし"
連邦軍の名将レビルが自軍の部下たちに言った言葉はジオンの実状を的確に現していた。
「俺たちも撤退ですか?」
「司令部からの命令はまだだ。恐らくまだ混乱が収まっていないのだろう」
「少佐はどう、お考えで?」
「オデッサを制圧した連邦の戦力の余力がこっちに牙を剥くか可能性はある。支援を期待できなければ敗北は目に
見えている」
「捕虜はごめんだぜ」
「とにかく司令部より明確な指示が来るまで軽率な行動は避けたい。諸君らには部下たちに説明する際、十分注意
してくれ」
司令官の通達が終了した。
レイリッヒ少尉はポケットから煙草を取り出すと口に咥えた。
「頭が痛いな」
隣に座る他の部隊長がそう言う。
「まあな」
「撤収か死守。どちらも気に入らん」
「戦争がいいと思えるのは勝ってる時だけさ。後は糞と同じだ」
「言えてる」
「だが撤収か死守を選ぶとしたら……」
レイリッヒは煙草に火をつけながら曖昧に答えた。先端が赤く光り、煙が漂う。
「……俺は死守だな」
「ジオン軍人としての"意地"ってやつか?」
「いや」
レイリッヒは煙をふかした。
「ここが好きなんだ。離れるのはちょっと寂しくてね」
そう言ってレイリッヒはニヤリと笑った。
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