4、エミーヌ・ファレス



 あの時もこんな強い日差しの強い日だった。
 私はやめてと言ったのに。
 私は言った。
 なのに……

「目が覚めたか?」
 エミーヌ・ファレスの視界に入ったのは茶色い制服を着た若い男だった。
「大丈夫?」
 男は穏やかな声でそう言った。
 エミーヌは自分がなぜこうしているのか分からなかった。少し前の事は思い出そうとしてみたが何も思い浮かばな
い。エミーヌは少し混乱した。
「あなたは……?」
「俺はショーン。モビルスーツのパイロット」
「モビルスーツ……?」
 目の前の服装が次第に何なのか思い出されてくる。
 ジオン軍だ!
 エミーヌは咄嗟に身体を起した。しかし立ちくらみを起こし身体のバランスを崩す。倒れそうになった彼女を支えたの
はショーンと名乗る青年だった。
「危ないぜ。軽い脳震盪を起してるんだから急に動かないほうがいい」
「あなたジオンでしょ?」
「そうだよ」
「コロニーを北米に落下させたジオン。何千万人も死んだ」
「あれは事故だ。予定ではジャブロー(連邦軍総司令部で南米アマゾン流域にある)に落とす予定だったんだ」
「ジャブローに落ちたとしても大勢の人が死んだ」
「戦争なんだぜ?」
「あんたも死ねばいいのよ」
 そう言ってエミーヌはショーンに平手打ちを喰らわせようとしたが、彼女の細い手首がショーンに掴まれてしまう。
「おいおい、なんだよ。助けてやったのに」
「え?」
「あんたの乗ってた車、戦闘に巻き込まれて事故ってたんだ。それを俺達の部隊が助けたんだぜ?」
 その言葉をきっかけにエミーヌの記憶が蘇ってくる。
「ジョバンヌはどうなったの?」
「でっかい方? 痩せっぽちの方?」
「でっかい方よ! 多分……」
「頑丈なヤツだ。軽い打身だけで済んだ。痩せっぽちの方は足を骨折してるのに」
「無事なんだ」
「今、別室で尋問中」
「なんで? 私達、連邦軍じゃないのよ」
「それをはっきりさせる為にいろいろ聞いてるんだ。酷い事はしてないよ。多分」
 エミーヌは手首をショーンから振りほどくとベッドに座り込んだ。
「私達、ビジネスで来てるだけなのよ。怪しくなんかない」
「戦場にビジネスなんてしにくる輩が怪しくないわけがないだろ。武器商人かなんかなのか?」
「違うわ。きちんとした会社よ。ファレス・グループは」
「ファレス・グループ? 一体、何の会社だ?」
「エネルギー資源に鉱物資源の開発。あと貿易とかいろいろと手広くね」
「そいつがこの土地に何だよ」
「鉱山を見に来たのよ。金鉱山」
「この鉱山基地をか? スパイなのかよ」
「違うっていってるでしょ! だいたいあんたたちジオンが自分の物の様に荒らしてるけど、以前は私の父の所有物だ
ったんだから」
「何?」
「え?」
 二人は、きょとんとした表情で見つめあった。
「あんたの親父さんの持ち物? ここが?」
「ここ鉱山基地なの?」
 その時、背後で咳払いをする声が聞こえた。エミーヌがショーンの肩越しに見るとショートヘアの若い女のジオン兵
が立っていた。顔だちは整っていて意思の強そうな印象を受ける。
「お邪魔だったかしら?」
 声が妙に低い。ショーンは慌てて立ち上がった。
「アキ? いや、何もないって、何も」
「そうかしら」
 アキと呼ばれた女性兵士はエミーヌを見定めるように見た。
「次は、そちらのお嬢さんの尋問の番よ」
「私、犯罪者じゃないわよ!」
 強い口調で言い返すエミーヌだったがアキは腕を組み無表情のままだ。
「ショーン、あんたが連れてけば? 仲いいみたいだし」
「仲いいって、さっき会ったばかりだぜ?」
「とにかく私は降りる。あんたに任せるわよ。その方が楽しいんでしょ?」
 アキはそう言うと背中を向けてドアを開けた。
「ア、アキ! おい! こら!」
「怒らしちゃったみたいね」
「何で怒るんだよ」
「あんた、鈍感ね」
「はあ?」
「とにかく、その取調べ室ってのに連れてきなさいよ」
「尋問室だよ」
「どっちでもいいわ。私が責任者と話をつけるから」
「責任者?」
「あんたみたいな下っ端とは話にならないしね」
「したっ……ぱ」
 女の高慢な態度にショーンは言葉を詰まらす。
「あんたの上官にファレス・グループの最高責任者であるこのエミーヌ・ファレスが話しをしたいと伝えなさい!」


「だれだって?」
 冷たい炭酸ドリンクの入ったグラスを置いてダッソー中佐は言った。
「エミーヌ・ファレス。どこかの企業のトップだと言っています」
「その企業のトップが何で戦場にいる?」
「それがその……」
「なんだ?」
「この鉱山基地は元々自分の持ち物だと」
 ダッソー中佐はため息をついた。
「本当なのか?」
「どうでしょう?」
 下士官は肩をすくめた。
「とにかく合ってみるか」



 エミーヌは殺風景な狭い尋問室で苛立っていた。
 出入り口のドアには拳銃で武装したジオン兵が立っている。エミーヌはそのジオン兵を呼びつけた。
「ねえ、スペースノイドってもっと紳士的かと思っていたわ」
「黙ってろ」
「黙ってろ? こんなところに押し込めておいて黙ったら頭がどうにかなっちゃうわ。せめてエアコンを効かせてよ」
 騒がしい女にうんざりしたジオン兵は小さくため息をついた。
 ドアが開き、ジオン兵は壁に寄り入ってきた指揮官に敬礼する。
「確かに暑いな、ここは。だが外に放り出されるよりましだろ?」
 エミーヌは、肩の階級章に気がつき、それがかなり高い地位の者である事に気がついた。もっともエミーヌにジオン
軍の階級章の見分けはつかない。多少凝って見えるというのが判断基準ではあったが。
「ファレス・グループというのは確かに存在した。が、君がそこの最高責任者という確認はできなかった」
「データベースが古いのよ。連邦のだったら既に更新されてるはずよ」
「生憎、連邦とは喧嘩中でね。データベースをみせてもらえそうもない」
「あなたがここの責任者?」
 ダッソー中佐は頷くとエミーヌの前の椅子に座った。
「着任して8ヶ月程になるよ」
「簡潔にいきましょう? まず、あなた方は私達を連邦軍の関係者、あるいはスパイと思っているから拘束してる。で
もそれは間違いだわ。我々は間違った情報でここに迷い込み、作戦に巻き込まれただけ。これが真実です」
「お嬢さん、何か飲むかね?」
 ダッソーはエミーヌの話を聞いているのかいないのか、そう切り出した。
「え?」
 一瞬、呆気にとられてダッソーの顔をみるとおどけた感じで眉を上げてみせた。つまり"落ち着いて話そう"というい
うことだ。確かにエミーヌは、さっきから興奮気味だ。警備のジオン兵にも少し攻撃的だった。
「え、ええ……」
「結構」
 ダッソーは部下に飲み物を持ってくる様に指示した。
 相手は自分より冷静で思慮深い。戦場の指揮官はもっと粗暴だと思っていたエミーヌは少し、拍子抜けしていた。
「で、他に何か言うことはあるかね? ミス・ファレス」
「はい?」
「飲み物が来るまで少し時間があるからね」
「わ、私たちが拘束されるのは不当です。そちらのデータベースでの照会が不完全なら、本社への連絡で補えるはず
です。なおかつそれで身元が証明されれば即時開放を要望します」
 ドアが開き、飲み物が持ち込まれた。冷たい氷の入ったアイスティーだ。
「どうぞ」
 ダッソーにそう促がされるとエミーヌはアイスティーに口をつけた。普段、自分が口にする味とは少し感じがする。も
しかしたらコロニーで作られた"宇宙産"かもしれない。
「地元のだよ。キリマンジャロのだ。ジオン産じゃない」
 ダッソーはエミーヌの考えを見透かしたようにそう言った。
「お茶は標高が高く、夜露のある様な地域で栽培するのが適してる。それに合うのがキリマンジャロの辺りだそうだ。
オーストラリアでも良い物が栽培できるようだが私は飲んだことがない」
 そう言ってダッソーはエレーヌと同じくアイスティーのグラスに口をつけた。
「さて、君の言い分は大体分かった。君の言う会社は存在するが君がそこの人間かどうかは君の言う通りジオンの
不完全なデータベースでは証明し難いよな」
「だったら」
「ここは戦場だ。ミノフスキー粒子もいたるところに散布されてるし……ああ、ミノフのことはわかるか?」
「ミノフ? ミノフスキー粒子のこと?」
「ああ」
「知ってるわ。電波に障害を起すものね。ジオンで開発された」
「その漂うミノフスキー粒子のおかげで本隊への相互通信もままならない。ましてや地球圏のどこかの会社と連絡な
ど困難だよ」
「フランスよ」
「ああ、フランスか。なおさらだな」
「電話……有線回線では? 近くの民間の……」
「お嬢さん、恥かしい話だが我々は只今、劣勢で"近くの民間"は連邦の戦力圏だ。そこにわざわざ危険を冒して出
向いて君の無実を証明するのか? これはそういったリスクを追う程のことか?」
 彼の言いたい事はわかった。最もリスクのない方法は自分達を消すことだ。スパイであってもなくても。銃弾3発で
済むし軍隊には慣れた仕事だ。エミーヌはその答えに辿り着かない様に実は必死だったが、目の前の指揮官の言
葉は、いつでもそのカードを出せるというの示唆してる。温和そうな表情の中にもいつでも冷徹な結論をだせるという
意思表示だ。エミーヌはそれを回避しなくてはならない。

 落ち着かなくっちゃ……相手の真意を読み取るのよ。彼はまだ結論を出してない。もし、私達を殺す事で解決しよう
と思っているなら総指揮官自ら会いに来るわけが無い。部下に任せておけばいい筈。
 そうよ! 彼も迷ってるんだわ。

 エミーヌ・ファレスは戦法を変える事にした。
「確かに司令官……大佐の言われるとおりですわ」
「中佐だよ。私は」
「失礼しました。中佐。確かに中佐の言われるとおりです。私がここの指揮官だとしても同じ様に考えるでしょう。大勢
の部下たちの命を預かってらっしゃるんですもの。彼らにもコロニーに家族が待っているんですものね」
 エミーヌの表情が悲しげになる。
「私のママはコロニーの出身で、このアフリカで父と知り合いました。この鉱山は父と母の出会いの場所なんです。地
元の軍のクーデターがあるまでは、実は私もここで暮らしていたんです」
「クーデター……アイシード将軍か。我々が追い出したクソヤロウだ。酷い圧政を強いていた」
「成長した私はいつか思い出の地に戻ろうと思っていた。あなた方ジオン軍がアイシード将軍を追い払ったと聞いた
時は、地球への進攻だったとしても正直、嬉しかった。誰にも言えなかったけど」
 ダッソーはグラスを手に持ったまま、エレーヌの話に聞き入った。
「私はママとパパの……家族の思い出が残るこの場所を見たかっただけなんです。愚かにも戦場の中に紛れ込んで
しまったのは地元の人間から連邦軍がこの辺りを制圧したと聞いたから」
 涙ぐむエミーヌに壁の傍に立つジオン兵も罵声を浴びせられたのも忘れて心が動かされていた。
 エミーヌは切なそうな表情でダッソーの顔を見ながら秘かに表情を監察した。
 自尊心をくすぐり、相手への理解。身内が同胞である事。望郷の想い……今のエレーヌの考えら得るだけの手札を
使った。彼らの同情を引ければ作戦は成功だ。彼らが疑っている部分をエレーヌの身の上話というピースで埋めてく
れれば、きっと結果はエミーヌの思うとおりになる。
 黙りこむダッソーは目をエミーヌから反らした。考えてる証拠だ。

 ほら、 はやく落ちなさいよ!

 エミーヌは心から願った。
 沈黙を破ったのは、ダッソーの傍にいた下士官だった。ダッソーに何かを耳打ちした。ダッソーは、それに何度か頷
くと、ようやく切り出した。
「ミス・ファレス。お母上の名前は?」
「え? ああ……ナディア・ファレスと言いますが」
「旧姓は?」
「ピュアフェイ……ナディア・ピュアフェイ」
 ダッソーは下士官に合図した。下士官は壁に掛かった受話器を取るとどこかに連絡を取った。
 ダッソーは椅子の背もたれ寄りかかると腕を組みながら険しい顔でエレーヌを見つめた。その表情にエレーヌは彼
が何かを決めたのを察した。
 それは自分達を生かすことか。それとも殺すことか?
 しばらくして連絡を終えた下士官が再び、ダッソーの傍に来て耳打ちする。ダッソーは先程と同じように何度か頷い
たが表情は変えなかった。
「ごくろう」
 ダッソーは下士官にそう言った後、エレーヌの方を見た。
「ミス・エミーヌ。君の母親が分かったよ。同じ名前は7名いたが地球に降りたのは1人だった。ピュアフェイ家はいい
家柄だな」
「ママはコロニーでの話はあまり話したがらなかったけれど……」
「苦労された方のようだね」
 彼らは母親について自分よりもよく知ってる気がした。
「君の画像もあったそうだ。今より少し若いようだがね」
「ママの事がジオンのデータベースにあったのね?」
「そういう事だ。どうやら君達は本当に戦場にうっかり紛れ込んでしまっただけの"間抜け"ようだな」
「じゃあ、開放を……」
 ダッソーは首を横に振った。
「とはいえ、完全に信用したわけじゃない。安易な結論を出すことは可能だが個人的には処刑というのは好きな選択
肢ではない。よってしばらく拘留はさせてもらう。待遇は改善させよう。以上だ」
 そう締めくくるとダッソー中佐は席から立ち上がった。部下が素早くドアを開ける。エレーヌの話に少し同情していた
この兵士も実のところ結果を秘かに喜んでいた。
 が、開放までこぎつけなかった当のエミーヌの方は少し、納得がいっていない。

 ビッチ!

 エミーヌは心の中でそう呟いた。
「何か言ったか?」
 部屋から出ようとした中佐は立ち止まってエミーヌをじろりと見る。

 か、勘のいいオジサンね……ニュータイプかしら?

「い、いえ、何も。寛大なご配慮感謝します。中佐」
 そう言ってエミーヌは笑顔を見せた。
 中佐が部屋を出て行った後、エミーヌは大きくため息をついた後、机に顔を伏せた。

 ふう、なんとか、乗り切った……

 エミーヌは勝ち取ったささやかな勝利に安堵していた。




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