3、ガンダム、強襲



「暑いわね。まったくなんとかならないの?」
 後部座席でそう言いながら若い女は手で顔を扇いだ。
「申し訳ありません、お嬢様。このタイプの車しか調達できませんでしたので」
 助手席ではサングラスをかけた大男が頭を下げた。
「あんたたち、こんなんで暑がってたらこの土地では暮らせないよ」
 運転をする現地の男はそう言って大笑いした。
「別に暮らしたいわけじゃないわよ」
 若い女は頬杖をついて景色を眺めた。
「仕事をしに来ただけだから」
 その時、正面で土煙が上がるのが見えた。
「あ……」
 車は速度を落とした。
「何?」
 女は運転席に身を乗り出した。
「まずいですよ、お嬢さん。この先で戦闘が起きてるみたいです」
「この辺りは連邦の勢力圏って言ったじゃない」
「のはずなんですがね」
「お嬢様、これ以上は危険です。戻りましょう」
「なんで来たのに? ありえないわ」
 その時、車の上を大きな影が覆いかぶさった。
 見上げる三人が目にしたのは連邦軍の輸送機だった。かなりの低空飛行だ。
「連邦軍ですよ」
 三機の輸送機は連なりながら高速で車の上を通り過ぎていった。



 周囲を囲まれたロケット砲部隊は徐々に追い込まれていた。
 護衛のRGM-79ジム部隊は、既に半数を失っていた。
 シールドに身を隠し必死で反撃の糸口を探していた。
「"スカート付き"め。ふざけやがって」
 核融合炉によって生み出された豊富なエネルギーはホバーリフトを上昇させ、80トンを越えるジオンの陸戦モビル
スーツ"ドム"を軽々と浮き上がらせ高速走行させていた。その速度はジムの狙撃を困難にしていた。
 ビームガンを構えるジムの正面にドムが突っ込む。連邦軍のパイロットには絶好の機会だった。パイロットは素早く
照準を合わせようとする。これを逃したら撃たれるのは自分だ。パイロットはロックオンを待った。
「もらったぜ!」
 しかし、先にドムの胸部に備え付けられたフラッシュビームが放たれた。
 直接的攻撃ではない。電子装置を一時的に使用不能にする装置だ。
「甘いんだよ! 連邦のモビルスーツ」
 ジムの照準が一瞬、ロストした。視界を失ったジムの真上からドムのヒートサーベル振り下ろされた!
「終わりだ!」
 その時、ドムの肩口がビームに撃ち抜かれた。遠距離の狙撃を受けたのだ。
 仲間のドムのパイロットたちが焦りだす。
 コクピットの画面ではコンピューターが狙撃地点を見つけ出していた。小さな画面が狙撃地点をズームアップで映し
出していく。
「増援か!」
 さらにズームアップさせるとライフルを構えたガンダムタイプのモビルスーツが移動を始めていた。
「連邦め、ここにまでガンダムを投入し始めたのか」
 その時、側面から砲撃が始まった。
 地平線の彼方から武装したミデアが現れ、砲撃を仕掛けてくる。臨戦体勢を取ろうと一瞬、動きを止めてドムのパイ
ロットたちは不意打ちに焦りだした。隊長機が部下たちに指示を出す。
「落ち着け! ロケット部隊を盾にするんだ。回り込め!」
 ドムの部隊は方向を変えていく。
 しかし、それは罠だった。
 少し盛り上がった丘を死角にして、いつのまにか接近していた連邦軍のモビルスーツ部隊に背を向けた格好になっ
ていた。
「友軍が近すぎるから発砲は控えろ。格闘戦でカタをつける。行くぞ!」
 指揮官の合図と共に、丘の下から連邦軍のモビルスーツの群れが一斉に姿を現した。
 気がついたジオンのパイロットが驚きの声を上げる。
「背後から敵!」
 そのコクピットにチェーンで繋がれた鉄球が直撃した。ドムは衝撃で破片を後方に飛び散らせながら吹き飛んだ。
「遅いぜ!」
 鉄球を戻すと他の敵機に向き直る。狙いを定められたドムは攻撃範囲から離れようとした。が、その機体をビームス
ピアーが貫いた。
「わああ、なんなんだよ、おまえら」
 ガンダムの排気口からガスが吹き出る。ビームスピアーを突き立てられたドムはそのままガンダムの頭上に持ち上
げられてしまう。
「よーし、2機目をいただいた」
 残ったのは隊長機であるゲラン大尉の機体だけだった。
 しかしその機体も狙撃により損傷し、本来のスピードが出せずにいる。その周囲はすぐにガンダムたちに囲まれて
いた。
「く、くそ……連邦め」
 一機のガンダムが両肩のビームサーベルを同時に抜いた。
「カスター少佐! こいつは俺にやらせてください」
 ビームサーベルを構えてにじり寄る一機のガンダム。
 ドムに乗るゲラン大尉の操縦レバーを握る手が強くなる。正面から近づくガンダムを退けても回りの仲間たちは黙っ
ていないだろう。一対一の決闘の構図ではあるが"リンチ"と大差ない。勝っても負けてもゲランの運命は同じだっ
た。
 ならば一矢報いる!
 ゲラン大尉の覚悟は決まった。
 残った腕が背中に備え付けたヒートサーベルを引き抜いた。

「まった! まった! まったーっ!」
 割り込んでくるノイズ混じりの通信にモビルスーツたちのパイロットたちは一瞬困惑した。
 周囲を見渡したが何処にも声の主らしき姿は見えない。
 その時、破損したドムに迫るガンダムの目の前に一機の重モビルスーツが着地した。
「こ、こいつ、どこから!」
 構えた120mmライフルの弾丸がガンダムの頭部に集中攻撃される。メインカメラと補助カメラを同時に破壊された
ガンダムはその場によろめいた。
「装甲、馬鹿みたいに硬いんだってな! だがこの距離ならどうだ! ガンダムさんよぉ」
 頭部を失ったガンダムがドムに蹴り上げられひっくりかえった。
「しょ、ショーンか?」
 ゲランの破損したドムがぎこちない動きで近づく。
「はい、大尉! おーまたせしましたぁ! レイリッヒ隊、ただいま到着です!」




 ショーンのドムは120mmライフルを構えると取り囲むガンダムたちに掃射した。
 シールドを構え身を伏せるガンダムたち。ガンダニウム製のシールドが120o弾を弾き返す。
「敵は一機だ! 焦るな!」
 指揮官が部下たちに叱咤する。しかし、その横で直撃を受けた部下のガンダムが吹き飛んだ。
「ちいっ! 他にもいるのか!」
 コンピューターが砲撃地点を探すが敵は発見できなかった。コクピットのスクリーンに"索敵中"の表示が映り続け
る。
「各機、散開して迎撃態勢に入れ!」
 取り囲んでいたガンダムたちは、ショーンと半壊したドムを放り出して離れていった。
「レイリッヒ隊か! 助かったぜ」
「ショーン・クガです。グラン少尉、立てますか?」
 ショーンのドムは片腕を無くした味方のドムを助け起こした。破壊されたドムの腕の根元から青白い火花が飛び散
っているのが見える。
「なんとか……だが、ああ、くそったれ! ホバーは出力が出ない」
「ならジャンプでいきましょう。俺も付き合います」
「2機いっぺんに? 無理だ!」
「俺のは特別製です。いきますよ!」
 ホバーと背中のブースターを全開にして2機のドムは宙に飛びあがった。
 それに気付いた一機のガンダムが照準を合わせようとしていた。
 その時だ!
 ビームライフルを構えたガンダムが発射直前に狙撃を受けた。

「へへ、まずは一機」
 ターゲットの直撃を確認したリーパーは狙撃弾の再装填をした後、次の獲物を探した。
 狙撃用ライフルを構えた旧型ザクは砲身をわずかに動かす。
 グフに搭乗したレイリッヒ少尉は援護射撃を確認すると前進を始めた。
「アキ、連中を足止めする。ショーンたちを援護するんだ」
『了解』
 土煙を上げてドムが高速で突っこんでいた。ガトリングガンを構えると射撃を開始した。無数の薬莢が後方に飛んで
いく。ガンダムたちの周囲に着弾した炸裂弾が爆破した。赤い土煙があがり、周囲の視界を遮っていく。
 その上をジャンプした2機のドムが飛んでいった。
「よーし、アキ! 撤収だ」
「ロケット砲部隊は?」
「敵の数が多すぎる。これ以上の交戦は分が悪い」
「了解」
 アキのMS-09ドムはガトリングガンを掃射を続けながら後退を始めた。
 レイリッヒのグフも狙撃をしながら後退しはじめる。
 応戦するガンダムたちの中で一機が追撃しようと前に出が、その途端、狙撃をされる。
「本日二機め! 最高だな。おれって」
 旧型ザクは次の弾丸を装填させた。
 ガンダム部隊の各機は、シールドを立てながらその場に立ち止まる。
「敵には狙撃用ライフルを装備したモビルスーツがいる。防御隊形! そのまま!」
 後方の指揮車ではモニターで戦闘の様子をガンダム部隊の指揮官デニス・カスター中佐が見つめていた。
「敵の装備は充実してるな。損害はどうか?」
「ラプター2と4が損傷しましたが戦闘は継続できるレベルです。他の機は無傷です」
「ドムを3機潰し、一機は半壊。まずまずといったところか。各機に伝えろ。"深追いはするな"とな」




 戦場のすぐそばをカーキ色の四輪駆動車が鉱山目指して走行していた。
 タイヤの回転が渇いた土を舞い上げる。
「お嬢様。戦闘はかなり近いです。危険です。引揚げましょう」
 助手席の男は、きつい口調で言った。
「何いってるの? ここまで来て? だったら今までの道のりって一体何?」
「と言われましても戦闘地帯です。しかも予想以上に激しい」
「駄目よ!」
 その時、車の周辺が暗くなった。
「え?」
 次の瞬間、目の前は土煙に覆われ視界は一瞬で失われた。同時に車体が激しく揺れる。
 激しくだ。





 2機のドムは着地に成功した。
 ほぼ同時にモノアイが周囲の状況を映し出す。
「上手く抜け出たようですね」
「ああ、ありがとよ。しっかし、無茶なヤツだな、おまえは」
「へっへ、よく言われますがね、それよりもコロニーにいる少尉のお子さんたちの泣き顔は見たくないと思ってね」
 その時、カメラは障害物を感知した。小画面がそれを映し出す。
「あ……」
 四輪駆動車がワイパーを動かしたまま横転している。
「民間人を巻き込んじまったみたいだ」
 ショーンはモニターに映る車を見つめた。



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