Dファクトリー

漆黒のファントム


 0、プロローグ


 今では一年戦争と呼ばれた人類初の宇宙戦争。
 それはスペースコロニー群最大規模を誇るサイド3が名乗った"ジオン公国"の降伏で幕を閉じた。
 最終戦闘での内紛ともいえる出来事に指導者を失い、最も不利な条件を受け入れる事になってしまったジオン公国は、"ジオン共和国"と名称を変える事になる。
 しかし既に広大な宇宙に展開したジオン公国宇宙軍と地球に展開していた戦力の一部は降伏を受け入れる事なく戦後を迎える。
 それを受け入れるにはあまりにも強烈な思想が残存軍の兵士たちに刷り込まれていたからだ。
 彼らには、不屈の意思と強力な戦力がまだ手元に残ってたという事も"ジオン公国軍"の復活を期待させるだけの要素になっていた。
 一部は、小規模ながらサボタージュ(破壊活動)で地球連邦軍に抵抗していた。
 侮れないジオン軍残党の力に気付き地球連邦軍が反宇宙移民思想を持つ"ティターンズ"を組織するのはもっと後の事だ。
 これはそれ以前の物語である――



―― サイド5宙域 ――
 初の宇宙艦隊戦のあった場所


 ソーン・ダブスはコクピットの隅に貼り付けた写真に目をやった。
 写真の中では黒髪の女性が赤ん坊を抱きながら微笑んでいる。
 緊張状態の中でもその写真も見れば多少は落ち着くことが出来た。それは子供が生まれる前には無かった感情だった。ダブスはそんな変化に自分でも驚くと共に気恥ずかしさを感じていた。

 ――家族も悪くない

 3機のモビルスーツ・RGM-79が輸送船と巡洋艦で構成された第102輸送船団に先行していた。
 コロニーはまだ少しあるが、船団は手持ちのモビルスーツを交代で発進させ、脅威に備えていた。
 脅威とは、ジオン公国のモビルスーツであった。
 すでに亡国となった宇宙国家のモビルスーツ隊が地球連邦軍の艦船を遊撃しているのである。

『大尉』
 不意の部下からの通信に、遠く離れた家族に想いをはせていたダブスは気を引き締めなおした。
「なんだ?」
 デブスは写真から目を離した。
『デブリ(宇宙ゴミ)が多くなってると思いませんか?』
 言われてみると残骸が多くなっているようにも思える。
 このサイド5周辺では一年戦争の初戦で人類初の大規模な宇宙艦隊戦が行なわれた宙域なのだ。その当時の残骸は今でも宇宙を漂っている。デブリは決して異常なことではなかった。
「サイド5に近づいてるからじゃないのか?」
『そうかもしれませんが、"ルウム"の戦場跡は航路から外しているはずです。なのにこのデブリの多さは変です』
「つまり、艦のコースが外れている可能性があるということか?」
『かもしれません』
「わかった。確認してみる」
 ダブスは操縦桿を傾けた。搭載されたコンピューターがそれに反応するとバーニヤの角度を変えていく。モビルスーツは並行するサラミス級巡洋艦に接近していった。
 その後方には連邦軍のコロンブス級輸送艦が航行していた。サラミス級はその護衛である。
 サラミスのデッキに通信が入る。
「ダブス大尉からです。航行コースから外れていることが無いか確認して欲しいとのことです」
「通信をこちらの受話器にまわせ」
「アイサー」
 艦長は受話器を握った。
「どうした? デブス」
『艦長、我々は民間の航行コースを通ってるはずです。それにしてはデブリ(宇宙ゴミ)の量が多すぎると思いませんか?』
「それについてはこちらでも不審に思った為、位置の測量をしてみた。進路は間違っていない。おそらくデブリは月の引力にでも干渉をうけたのだろう」
『そうですか。すみません。取り越し苦労でした』
「いや、コースは外れてないが確かにこの"ルウムの残骸"どもは厄介だ。つまらん事故はしたくない。燃料を喰うのは仕方がないが迂回しよう」

 サラミス級は残骸を避けるべく船体の方向を変え始める。
 後方のコロンブス級もサラミス級を追いかけるように方向転換を始めた。
 その時だった!
 突然、サラミスの艦首に爆発が起きた。
 サラミス前にいたダブスのジムが爆発の閃光に照らされる。
「敵? だがどこだ!」
 ダブスは周囲に潜んでいると思われる敵の姿を探した。
「ダメージコントロール班! 被害状況を知らせろ!」
 サラミスの艦橋では予期せぬ突然のクルーたちが半ばパニックになっていた。
「レーダー何やってる!」
「いま索敵中です!」
「急げ! 第二波が来るぞ!」
 事故なのか攻撃なのか確認のつかないままサラミスはさらに爆発を起こした。船体が大きく左に傾いていく。
 その時、ビームの残光を見つけたデブスはその咲にサラミスを攻撃する姿を見つけていた。

 ――見つけたぜ!

 ビームの発射された先には黒く塗装されたモビルスーツがいたのだ。その見覚えのある機体は一年戦争時に対戦もした事のある型だった。
「ゲルググ? ということはあいつか!」
 ダブスはカメラの追尾装置でゲルググをロックするとバーニヤの噴射を最大限にした。
「敵もモビルスーツを発見。機種はゲルググ。多分、例の"奴"だ! 各機、俺に続け!」
 散開していた二機のRGM-79ジムがダブス機の後方につけた。ジム小隊は黒いゲルググに向っていく。

 こいつが"ファントム"? 噂では遭遇した部隊は、ほぼ全滅と聞いているが……

 ダブスはそう思うと同時に身震いした。噂の"亡霊"が自分の隊を接触したのである。可能性はあったとはいえ、いざ対峙するとそのプレッシャーの強さに怖気づきそうになる自分に気がついていた。

 ――だが、こっちは三機! たった一機にやらせるかよ!

 プレッシャーを振り払うかのようにダブスはアタックしていく。一斉にビームがゲルググ目がけて放たれてた。しかし、敵はそのタイミングを予測するかのように回避していく。しかも同時に応戦のビームが撃ち返してきた。右翼側にいた部下のジムの機体が黄色いビームの光線に貫かれるのが見えた。次の瞬間、ジムは爆発を起こしピンク色の火球になっていた。恐らく脱出の余裕もなかっただろう。
「ちっ!」
 舌打ちしたダブス大尉は残った部下に散開を命じた。敵の射撃は非常に正確だった。攻撃を各方位から同時に行って敵の集中力を切り崩す戦法をとったつもりだった。
 デブス機のメインカメラがゲルググを捉えた。照準をロックさせるとコンピューターが自動追尾を開始する。
「いただき!」
 照準がロックしたと同時にビームが放たれた! 光線が暗闇の中を突き進んでいく。数秒後、目標点の周辺に光の点滅した。手ごたえはあったはずだが爆発らしくものは確認できなかった。その代わりに小さな光が粒が広がるように点滅している。
 次の瞬間、無数のビームの光線がソーン機に向って放たれてきた。
「くそ! まだだ! まだ……」
 ダブスは、ビームを避けようと必死でジムのバーニヤを操作したが、それは報われなかった。
 コクピットの直撃を受けたソーン・ダブスのモビルスーツは宇宙に散っていった。


機動戦士ガンダム

漆黒のファントム



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