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1、空の旅の途中でA



三稿目


「おやおや、浮かない顔ですねえ。もしかしたらこの国には何かあるのかな?」

 表情の暗くなった少女に人間に姿を変えていた怪物が問いかけてみた。
 いままでも些細な誤解で人間たちともめごとになったことがあった。それ以来、人間たちの生活にはできるだけ干渉しないように心がけていた。

 しかし目の前の少女の表情がどうしても気になったのだ。

 しばらく考えこんだあと少女は言った。

「むかしはここはとてもいい国だって他の国の人たちに羨ましがられたわ」

「今は違うってことなのかい?」

 少女は悲しそうに頷いた。

「うん、王様は変わってしまった。税金はどんどん高くなるし、なにかというと無理やり貢物をよこさせるしね」


「良い王様が突然、悪い王様に変わってしまうことっていうもの不思議だな」

「誰にもわからないの。とても急にだったから」

 怪物は好奇心に駆られた。どうも魔物の関わっている感じがする。

 "人間たちの生活にはできるだけ干渉しない"そう決めたはずだったのに今はこの目の前のトラブルに胸が躍っている節もある。


 いけない、いけない……僕には関係ないことだ。


 怪物は自分にそう言い聞かせた。


「ああ、ところでお嬢さん。城下にはどうやって行けばいいのでしょう?」

「それなら、わたしの馬車でいっしょに行きましょう。ちょうど帰るところだし」

「それはありがたい。何しろ地面の上を歩くのはあまり得意じゃないんだ」

「え? おかしことを言うのですね、ここまで旅をしてきた人が"歩くのが得意じゃない"なんて」

「あ! いや、その、こんな森を歩くのは苦手なんだ。私は街道ばかり歩いてきたから」

 また苦しい言い訳だった。さっきは自分は山道を通ってきたと言ったはずなのに。

 しかし少女はそこまで気にしていないようだった。

 

「ふふふ、愉快な人ですね。さあいきましょう」

 怪物は少女の後について行った。

 草むらを抜けると小さな馬車が置いてあった。馬一頭でつないであるその馬車の荷台には袋やら木箱やら細々したも のが積まれる。

「さあ、乗って」

 少女と怪物は馬車に乗った。少女は慣れた手つきで手綱を振り叩くと馬はゆっくりと歩き出した。

「ははは、動いた、動いた」

「え? だって馬がひっぱってるんだもの、当たり前でしょ? 本当に変わった人」

 そんな言葉にはお構いなく怪物は馬車の上ではしゃいでいた。

 何しろ"馬車"なんてものに乗るのは初めてなのだ。怪物には自分が何も動かなくても前に進んでいく感覚が新鮮で仕方がない。
 森を抜け、しばらくすると怪物の耳に蹄の音が聞こえてきた。馬車を引く馬のものではない。

 遠くからこちらへ真っ直ぐ向かってくる。二頭の馬。それもものすごい勢いだ。

「どうしたの?」

 隣に座る怪物の様子に気がついた少女が尋ねる。


「いや、蹄の音が聞こえるんですよ。たぶん、馬二頭だ」

「あっ」

 言っている矢先に正面からこちらに向かってくる騎馬の姿が見えた。
 それを見つけた少女は慌ててフードをかぶった。
 次第に近づく二頭の馬。
 怪物は様子が変わった少女を横目で見ながら成り行きを見守った。
 もの凄い勢いで通り過ぎる二頭の馬。乗っているのは軽装備だったが騎士のようだった。鎧の上から紋章を描いた衣を羽織っていた。

 ここの騎士団か.…・・・僕が怪物だと分かれば、きっとあいつらがやってくるんだろうな。

 そんな事を考えながら通り過ぎる騎士たちを見送った。
 騎士たち姿が見えなくなった頃、少女はそっと顔を上げた。


「なにかワケありですか? お嬢さん」

「誰にも頭の痛い事のひとつはあるものでしょ? わたしには、あれがそう。理由は聞かないでくださいね」

 怪物は少女の言うとおりそれ以上は詮索しなかった。興味はあったが本人が聞かないでくれと言っているのだ。 それに従うのが礼儀だと思ったからだ。なによりも怪物には少女に助けてもらった義理がある。

 道が開けてくると目の前に街が見えてきた。


「見えてきたわ! あれがレイクキャッスルよ」


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