Dファクトリー

漆黒のファントム

漆黒のファントム 本編(旧バージョン)1〜5



1、極秘命令


 地球連邦軍の宇宙での拠点ルナツー。
 かつての重要な戦略拠点はジオンの脅威が無くなった今、その意味は変りつつあった。

 巨大なマゼラン級宇宙戦艦が歪んだ影をルナツーの表面に映す。宇宙空間に沿った光のレールが点滅していた。
宇宙戦艦を安全にドッグ入港させる為の誘導システムだ。それに沿ってマゼラン級はゆっくりとルナツーの内部に入
っていった。

 宇宙戦艦の進む姿を観るのは好きだな……

 ドッグのエアルーム越しに入港するマゼラン級を観ながらスレイ・リケンベは地球連邦軍にいることに誇りを感じて
いた。
 地球連邦の宇宙軍に志願したのはいつか宇宙戦艦を操縦したいという子供の頃からの夢の為だった。しかし彼は
宇宙戦艦を操縦する事も指揮する事も叶わなく、代わりに連邦軍が認めたのは彼の作戦参謀としての才能である。
「中佐は"ファントム"なるジオンの残党の事を知っておるか?」
 ルナツーの一室で連邦軍の上級将校は呼び出したスレイ・リケンベにそう言った。彼の参謀として引き抜かれたリ
ケンベは一年戦争時にはブレーンとして幾つかの作戦を提示したことがあった。終戦後、指揮下を離れジャブローで
仕事をしたが数日前呼び出しがかかった。
「いえ、その名前は聞いたことはありません?」
 スレイ・リケンベは奇妙なそのキーワードに眉をひそめる。
「最近、ジオンの残党らしき連中に小規模ではあるがサイド5周辺に展開中の艦船を一部襲撃されている。そいつの
"あだ名"だよ」
「ジオンの残党ですか?」
「兵どもはサイド5に単機で出没するモビルスーツを指しているようだが正体をよくつかんでおらん」
「なるほど、まさに、"ファントム"ですな」
「ふん、くだらん呼び名だ。かけてくれ」
 上官の言葉でリケンベはようやく椅子に座ることができた。椅子の横には小さなテーブルにファイルが置かれてい
るのに気がつく
「その敵はMS−14ゲルググと同型である事が確認されておる。が、我々の知るゲルググとは多少違うという様だ。
かん口令は引いてあるが損害はサラミス級が4が撃沈、マゼラン級が大破と甚大だ」
「"ゲルググ"でサラミスが4隻ですか。"赤い彗星"を思い出しますな」
「そうだな。生き残りの話では何やら対ビーム兵器用の特殊装備をしているようだ。君の任務は"ファントム"を確保。
機体を手に入れて欲しい」
「生け捕り…ですか。その必要があるので?」
「ビーム兵器が主流になりつつある現状で"ファントム"の対ビーム兵器装備は重要である、という事だ。特にモビル
スーツに搭載できるくらい小型のものはな」
「では、機体さえ確保できればパイロットは?」
「情報を取りたいところだがやむ終えん場合は……」
 上級士官は言葉を濁らせた。
「わかりました。しかし少々難しい事が」
「なんだ?」
「1年戦争中のゲルググは情報のあった性能ほど恐れるほどのMSではなかった。それはキャリアの浅いパイロット
がほとんどだったからです。しかし実績のあるパイロットが搭乗した場合のゲルググは手強い。4隻のサラミス級を沈
める"奴"は特にね」
「自信はないか」
「そうではありませんが撃墜ならまだしも生け捕りならばこちらに相当の損害を覚悟しなければなりません。パイロット
たちの無駄死には1年戦争だけで十分です」」
「この私にはっきり言う。一応言っておくが今のは上層部批判になるぞ」
「忘れていただけるのでしょ?」
 上級士官は楽しげに笑った。
「ふふ、それでこそリケンベ中佐だ」
 上官は椅子にもたれかかるとテーブルのファイルを指差した。上級士官はリケンベが気になっていたものだ。
「我が連邦も戦後、ゲルググの分析をしてみたがスペック的にはガンダム級だったという話だ。開戦が一年遅れてゲ
ルググがジオンに主力機になっていたらと思うとゾッとする。条件が揃えば手強い相手だというのは私も分かってい
る」
 リケンベはファイルを手に取るとざっとめくってみた。その中でひとつの名前に目を止めた。

"ガンダム"……?

 「"ファントム"の戦闘力を情報部は熟練パイロットが搭乗したガンダム級と同等と算出した。そこでこの作戦にはRGM-79ではなくガンダムを用意した」
「ガンダム…をですか? プロトタイプ全機、1年戦争で失ったと聞いていますが」
「実はガンダムは量産機のモデルタイプとして作られた"F"型が何機かある。ガンダムの性能を残しつつ低コスト設
計した実験機だ。パーツの多くはRGM-79の物を流用。戦闘力はほぼRX78と同等だ。ジオンが崩壊した今、我々に
は多少、余裕がでた。"数打ち"のジムで応急の戦力補強の必要性も薄れてきたという事だ。その為の"量産型ガン
ダム"だよ。問題点を改善し新装備もある。決してゲルググには劣らんよ」
 リケンベはファイルをめくった。
「確かにガンダムタイプなら捕獲作戦の成功率が格段に跳ね上がる」
 再びページをめくるリケンベ。
「パイロットの人選は任せる。一応、こちらでもファイルに腕のいいパイロットをリストアップした。参考にしてくれ」
「知った顔もいます。うん、こいつは腕がいい」
「好きに選ぶといい。尚、作戦展開の司令部として改修型サラミス級"エープリル"を貸す。艦長は少々変わり者だが
優秀だ。艦長は同格の中佐であるが貴公の指揮下に入るように指示してある」
「全力を尽くします」
 リケンベはファイルを閉じ後、力強くそう言った。



2、召集


 ジオンの軍事拠点であり最終防衛ラインの一旦をになった月面基地グラナダは今では連邦軍に接収されていた。
その周辺では大規模な軍事訓練のできる区域を設置。ジオンの残したMS-06ザクなどのモビルスーツを利用して模
擬戦が行なわれていた。


 N・T・F(模擬戦闘訓練場)―月面グラナダ周辺―

「お久しぶりです。中佐」
 浅黒い男が握手の為に手を差し出した。
「元気そうだな、デイモン大尉」
「ええ、ここは緊張感があって居心地がいいんでね」
「敵側をやってるって?」
「そうです。訓練にやってくる部隊をコテンパンにやっつけるのが楽しくてしかたがなくてね。ザクにも慣れましたよ。あ
れはいいモビルスーツだ」
 この訓練場では接収したジオン軍のモビルスーツやその他の兵器を動員し仮想敵軍を編成していた。各地からやってくる連邦軍部隊と連日、模擬戦を繰り広げていた。デイモン大尉はその仮想敵軍のエースだった。
 レーザー照射で勝敗をコンピューターが判定するシステムとはいえ、実戦に近い緊張感で望むこの訓練場を彼は、大いに気に入っていた。
「でも中佐がこんなところに何の用です?」
「実はスカウトをして回っていていてね。モビルスーツパイロットを集めている」
「ほう……」
「君も候補だ」
「自分が? もうロートルですよ?」
 リケンベはファイルを開いた。
「模擬戦において158の演習に参加。158戦中撃墜は一度だけ。これのどこがロートルなんだい? それに君ら模
擬敵軍はほぼ3日に一回は訓練ながら戦闘をおこなっている。この経験は現在の連邦軍において最高の実績とは思わないか?」
 デイモンは肩をすくめた。
「最高のモビルスーツを与えてやる。ザクなど二度と乗りたくなくなるような奴だ」
「なんです? それは」
 リケンベの大げさな言いっぷりにデイモンは興味深げに訊ねた。
「ガンダムだ。聞いた事はあるだろ?」
 その名前にデイモンの目の色が変った。
「分かりました。中佐、お受けしますよ」
 二人の男は再び握手を交わした。
「実は他のパイロットも探しているんだ。心当たりはないかい?」
「それなら"いいの"がいますよ」


 4機のRGM−79ジムがビームサーベルを振りかざし接近戦を繰り広げていた。ビームサーベルの一撃がある度に
モニター室では歓声が起きる。その中にリケンベとデイモンは入っていった。
「どういう設定の戦闘なんだ? 」
 隣でデイモンがにやける。
「"お薦め"の奴です。モビルスーツの格闘戦をやらしたらピカイチです」
 3体のジムが一機に同時に攻撃を仕掛ける。リケンベはこれが3対1のハンデ戦であることにようやく気がついた。
 攻められていたジムは攻撃をかわすと避けながら一機の腕を蹴り上げる。ビームサーベルが弾けとんだ。サーベルを飛ばされたジムは焦ったのか一瞬、動きを止めた。相手はその隙を見逃さなかった。すぐにサーベルの洗礼をうけるとこになった。同時にモニタールームから通信が入れられた。
「レッド1、お前は死んだ。フィールドから抜けろ」
『ッデム!』
 スピーカーから悔し紛れの悪態が聞こえてきた。
 宙に舞っていたビームサーベルが掴まれた。掴んだのは3機を相手にしていたジムだ。切れていたビームが放出さ
れ一瞬で剣状に形勢されていく。ジムは両手に一本ずつのサーベルを持つと腕を広げた。
「ほう……」
 その姿にリケンベは思わず感心する。
 二機のジムは一気に突っこんだ。攻められた後退しながらもジムは繰り出されるビームサーベルを二本のサーベルで器用に受けていった。そのうち攻め疲れなのか一方のジムの攻撃が荒くなる。大振りされたサーベルを受けずに
避けてかわすとコクピット部分ががら空きになった。
「決まったな」
 デイモンが呟いた。結果はその通りだった。ビームサーベルの剣先がコクピットに押し込まれていった。貫通はしなかった。模擬戦用のビームは同じく模擬戦用のビームサーベルのみに反応し、反発と衝撃を起こす。しかしチタンの
装甲を溶かす程の熱量はない。影響を与えるのはジムの機体数十箇所に取り付けれた判定用のセンサーだけだった。
「レッド2、お前も終わりだ」
 モニター監視員は冷たく言い放った。
 残りは一機は相手の攻撃力に後ずさりしていく。反撃が始まった。二刀流での攻撃は容赦なく相手を追い詰めていった。防戦のジムは受けるのが精一杯のようだ。明らかに攻撃スピードは相手の方が上だ。
「アン!」
 サーベルが突きつけられジムは避けようとして体勢を崩す。
「ドゥ!」
 ビームサーベルが弾き飛ばされた。
「トゥア!」
 上がった腕の隙間からサーベルが突き刺された。模擬戦用のビームは貫通はしないもののコクピットにしっかりと直撃していた。ジムの構えはまるでフェンシングの選手の様だ。
「レッド3、お前も死んだ。これで小隊全滅だ」
 モニター監視員は、そう素っ気無く言うと置いてあったコーヒーをすすった。
 その一部始終を観ていたリケンベは、ただ呆気にとられるだけだった。隣のデイモンは、どこかしら得意げだ。
「どうです? 中佐」
「悪くない。決まりだ」



3、リトル

 2mほどのスクリーンにいくつものスクエアマーカーが映っていた。それがスクリーン上で目まぐるしく展開している。
 リケンベたちは宇宙戦の監視モニター室に来ていた。
 マーカーにひとつが消えると観覧していた他のパイロットたちから歓声が上がった。
「盛り上がってるな」
「そのはずですよ。見てください」
 デイモンはスクリーンを指差した。マーカーの色はグリーンとホワイト。その対比は9対1だ。
「どういうことだ?」
「こっちもハンデ戦ってことです。しかも三個小隊相手の。遊びとは思いますがこんなのは自分も見たことはない」
「そんな事がありえるのかい?」
 グリーンのマーカーがまたひとつ消えた。歓声が再び上がる。
「ありえるかも」
 グリーンはホワイトを包囲しようと詰めていくようだが、いいポジションになるとホワイトは難なくすり抜けていく。それを何度も繰り返していた。
「上手いな」
 またグリーンのマーカーが消えた。
「"リトル"!  "リトル"!  "リトル"!  」
 コールが湧き上がった。
 声援がパイロットに届いたかのようにマーカーが連続して消えた。さらに室内は盛り上がった。すでにグリーンのチ
ームの数は半数を割った。
「このまま勝つかな?」
「一年戦争では一機で12機のリック・ドム※を撃破した記録があります」
「ありえんことではないわけだ」
 その後、ホワイトマーカーの快進撃は続き、ものの数分で残りのマーカーの殆んどを消し去った。そして最後のグリーンマーカーが消えた時、大喝采が起こった。
「このパイロットにぜひ会いたいね」
「すぐに帰還するはずです。ドッグに行きましょう」 ※リック・ドム(MS-09R)一年戦争後期のジオン公国軍主力モビルスーツ



 開きっぱなしのゲートにジムの部隊が次々と侵入してくる。先ほどまで模擬戦を展開していた集団だ。
「多分あれだ。最後にくるやつ」
 エアルームの窓越しからデイモンは後方のRGM-79"ジム"を指差した。
「分かりますか? 機体ナンバーが07のジム」
 エアルームの前にちょうどジムが停止した。コクピットが開かれた。黄色いノーマルスーツが見えた。
「彼と話したい」
 デイモンは頷くと壁に掛けられた受話器を取るとボタンを押した。
「管制室か? デイモン大尉だ。悪いが"リトル"を呼び出してくれないか? 」
 ジムのパイロットに通信が入れられたらしくコクピットから出ようとしていたところで動きを止めていた。デイモンの内線はパイロットに繋げられた。
「"リトル″か? 私はデイモン大尉。ちょっとそばのエアルームを見てくれないかな」
 パイロットは受話器を持ったデイモンを見つけた。デイモンは軽く敬礼をする。
「話がしたい。来てくれないか?」
 パイロットは了解の合図に手を振って見せた。
「OK、待ってる」


 しばらくするとルームのドアが開かれた。
 入り口に立つパイロットの姿にリケンベの予想は大きく裏切られた。
「失礼します」
 その容姿はとてもモビルスーツ9機を相手にしていたとは思えないほどきゃしゃで小柄だった。中に入るとグリーンがかったショートヘアがなびいた。
 パイロットはリケンベたちの少し前に立つと敬礼した。
「何でしょうか? 大尉」
 その声は涼やかで聞き心地がよかった。
「楽にしてくれ、准尉」
 パイロットは直立不動の姿勢を崩すと腕を後ろに組んだ。
「こちらの中佐殿が君に用事があるそうだ」
 デイモンが目配せするとリケンベは咳払いする振りをして彼に呟いた。
「間違いじゃないのか?」
「いえ、彼女があのジムのパイロットです」
 平然とでイモンは言い放つ。リケンベは半分納得しないような面持ちでパイロットを見た。
 女性パイロットは珍しくない。しかしこの娘には戦闘MSのパイロットらしさは全く感じられない。ましてや9機のジムを撃墜した人物と同じとはリケンベの頭の中では、どうしても″変換″できなかった。
 リケンベに半ば睨みつけられるような感じで見られたパイロットは少し不安げな表情になる。その顔つきは戦闘兵器のパイロットというよりは、客のクレームに戸惑うレストランのウェイトレスといった感じだ。
「えーと…君の氏名は?」
「ミナ・ハンサカー准尉! コールサインは"リトル"です。中佐」
「そうか……リトル・ハンサカーね」
「いえ! ミナ・ハンサカーです。中佐!」
 二人のやり取りをそばでデイモンが楽しげに見ていた。
「ハンサカー准尉」
「はい! 中佐」
「君はガンダムに乗りたくはないか?」
 一瞬、呆気にとられたミナだったがすぐにその表情が喜びに変っていくのが分かった。



4、コロニー入港

二稿目

 人類が宇宙にその生活圏を求めて半世紀以上が過ぎていた。”星Wともいえる目の前の人工建造物はその巨大な姿を太陽光に照らされていた。円筒状の巨大衛星の内側には大量の土と植物が持ち込まれていて、そこではもはや地球上と変わらぬ生活が営まれていた。
 コロニーの外壁に黒い影が映る。
 宇宙巡洋艦はコロニーの進入路を求めて移動していた。サラミス級と呼ばれるその宇宙戦闘艦はその百メートルを超える船体を斜めに傾け旋回を開始していた。
「レーザーロックオン。誘導に従います」
「許可する」
 艦長は携帯食料のチューブを咥えると指揮椅子に備え付けてあった受話器をとった。
「ブリッジです。サイド5に到着しました」
 返事を聞き受話器を下ろした艦長のライスは軍帽を取ると止めていた髪を解いた。無重力状態の空中でブロンドの髪がまるで水の中に沈めたかのように広がった。
「これで、ようやく一息つけるわね」
 金髪を無造作にまとめた艦長は大きく伸びをした。
「あの艦長、まだ入港してませんが」
 副官が咳払いをして言う。
「任せる。やってみせて」
 そう言って微笑んだライスはブリッジから出て行ってしまった。
「……了解」
 副官はため息をついて指揮席に向った。通信兵が笑いを洩らす。
「笑うなよ」副官は通信兵の頭を軽く小突くと艦長席に座った。



 エイプリルの展望室で一人のパイロットがコロニーの外壁を眺めていた。
 強化ガラスに手を押し付けながら外を見るその姿はまるで子供だ。
「おい! ”リトル”。もうすぐ入港だぞ」
 その声に外を見つめていたパイロットは振り向いた。整備兵がドリンクパックのチューブを咥えながら展望室に入ってきた。 軽くジャンプすると惰性で展望室の窓まで飛んだ。
「特にする事ないよ?」
 ミナは見知った整備兵にそう言った。彼の身体は壁に垂直になったままで会話を続ける。
「でも休暇をもらえるって噂だぜ」
 ミナは顔を横に曲げて整備兵の向きに合わせた。
「ほんと? ナッシュ」
 顔を触れそうなくらいまで近づけるミナに整備兵は少し焦った。
「あ? ああ、きっと、すぐお達しがあるだろうさ」
「そっか"陸"にあがれるのかぁ……」
 パイロットは再び窓の先のコロニーの目を向けた。"陸"とはコロニーの事を差す。宇宙船乗りのスラングだ。
 しかし先ほどまでの態度と変ってミナの表情が急に沈み込む。
「なんだよ? うれしくないのかよ」
「ん? うれしいよ……でも」
「でも、なんだよ?」
「なんでもない…」
「わかった。この作戦が不安なんだな。ガンダムに乗る自信がないんだ」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「当たりだな。おまえって分かり易いんだよ」
「ナッシュにはわからないよ」
 ミナは顔を背けた。ナッシュはミナの頭を軽く叩いた。
「悪い。言い過ぎた。大丈夫、お前ならやれるさ」
「……うん」
 自信無さ気に返事をするミナの声は頼りなかった。
 その時、館内放送が流れる
『ミナ・ハンサカー准尉。至急ブリーフィングルームに出頭して下さい。ミナ・ハンサカー准尉。至急……』
「ごめん、ナッシュ。行かなくっちゃ」
 ミナは無重力状態の中、壁を蹴り上げると展望室の出入り口に飛んだ。
「ああ、がんばれよ」
「うん! ありがとう!」
 ミナは壁に備え付けられた移動用のスティックを掴むと進む方向にスイッチを入れた。浮いた身体は移動するスティ
ックに引っぱられ廊下を進んでいく。
「がんばれか……」
 ナッシュはため息をついて幼馴染の後姿を見送った。



5、スケッチ

二稿目

 ドッグにシートに覆われた三機のモビルスーツが搬入されていった。
 それを見上げるミナはシートが外されるのを見守っていた。整備員が数人がかりでシートを引っぱりだす。
 やがて白い機体がその姿を現した。
「これが…ガンダム」
 ミナたちが搭乗するはずの3機のRX-78F"ガンダム"はサラミス級エイプリルの出航時ではなく作戦のベースとなるサイドに届けられた。テスト調整が遅れたという理由だったがガンダムならばと、妙な納得で製造メーカーであるアナハイム社に対して特にクレームはつけられなかった。
 並べられFガンダムに集まった整備チームが仕事を始めだした。その中に 幼馴染のナッシュを見つけたミナは手を振った。それに気付いたナッシュも手を振り返した。
「おい、ハンサカー」
 突然の大声に驚き振り返るとミナが編入された部隊の隊長が立っていた。
「デイモン大尉……」
 その後ろには同部隊のナーネットが退屈そうな顔で立っていた。ミナの顔を見ると軽く手を上げる。
「何してる」
「何って……ガンダムの様子を見に」
「そいつは整備チームの仕事だ。俺たちが見守っていても役には立たんさ」
「そうかもしれませんけど」
「それより飯を食いにいくぞ。休暇が出たんだ」



 サイド5は最初の大規模な宇宙戦争が起きた場所である。幾多のサイドの中でもコロニーの損傷率は突出していた。宇宙に出れば一年戦争の傷跡である破壊されたコロニーや宇宙戦艦の残骸がいまだに漂っている。これは交易上、一般貨物宇宙船の航行を大いに妨げるものだった。コロニー公社は、その残骸を処理すべく多くの"宇宙ゴミ"の処理を専門とする民間企業と契約、周辺宙域の再開発を開始していた。やがて荒廃したコロニーに処理会社の人間以外にも人が集まり始めるようになる。悲惨な歴史を刻まれたサイドのコロニーに再び活気が戻り始めていた。



 繁華街に出てみた3人は食事のできる場所を探した。デイモン大尉は、せっかく来たのだから面白い店がいいと主張した。残りの二人は同意はしたもののいざ、面白い店といってもデイモンの納得する店は中々見当たらない。随分な時間を"探索"に費やしていた。
「あっ、すみません」
 人ごみのなかミナは誰かとぶつかった。
 何かが道端に広がった。ミナの物ではない。ぶつかった相手のものだ。
「わぁ、大変!」
 ミナは慌てて散らばったいた物を拾い上げた。ミナは手を止めてそれを見た。落ちていたのはスケッチブックの紙だった。そこに描かれていたのは人であったり物であったり様々。ミナに絵のことはわからなかったがそのタッチは彼女を惹きつけた。
「どうもありがとう」
 持ち主がミナに声をかけた。顔を上げたミナをも目の前にいたのは眼鏡を掛けた若者だった。
「こっちこそごめん。前をよく見ていなかったもので」
「いや…僕も同じさ。ごめんなさい」
 少し気弱そうな感じな若者は申し訳なさそうに謝った。
「絵、上手ね」
「え? ああ、仕事でね。ストリートで似顔絵を描いてるんだ」
「へえ……"絵描き"?」
「そうだよ」
 ミナは改めて絵に見入った。
 その様子に気がついた若者はミナに申し出をする。
「そうだ、お詫びに君のスケッチを描いてあげるよ」
「でも、連れが……」
 ミナはそう言って背後を見たがデイモン大尉とハーネットの姿がどこにも見えない。どうやらミナに気付かす行ってしまったらしい。
 雑踏の中、取り残されていたミナは少し心細くなった。
 横を見ると眼鏡の若者がにこりとした。




 若者は慣れた手つきでペンを走らせていた。
「ああ、今日入ってきた宇宙戦艦の人なんだ」
「ええ、こう見えてもパイロットなの」
 若者が用意した簡易タイプの小椅子に座ったミナはスケッチする若者の方を見ていた。
「すごいな。宇宙戦闘機?」
「いえ、モビルスーツ」
 男の手が止まった。
「そう……」
「どうかした?」
「なんでもないよ。ところで僕の名はロウ・モリガン」
「私はミナ・ハンサカー」
「ミナか、いい名前だね」
「ロウもね」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「よし! できた」
 ミナは立ち上がるとスケッチブックを見るため男の横にまわった。
「わぁ……」
 そこに描かれていたのは白い紙の中に微笑むミナ。
「上手ね」
「どうも」
「私じゃないみたい」
「君の内面さ」
「え?」
「僕は感じるまその人を描く。目に映った姿をそのまま描くだけじゃ写真と変わらない。心に感じたものを描くのがアーティストさ」
「つまり私はあなたにこう思われてるってこと?」
「ああ、君はいい人だ」
 ミナはスケッチを見直した。なんだか照れくさい。
「会って間もないのに?」
「眼をみればわかるよ」
 そういうものなのだと感心しながらミナはスケッチブックの絵を見つめた。
「いつまでここに?」
「うーん……わからないな」
「また、会いたいんだけど」
「え? あ……うん」
「かして」
 ロウはミナの見ているスケッチを取った。そして何かを記すと再びミナに手渡した。
「これ僕のアドレス」
 そのとき、ミナの携帯電話のアラームが鳴った。
「ああ、くそっ!」
「え?」
「い、いえ、なんでも」
 ミナ慌てて携帯電話を取った。
『おい! リトル! どこにいる?』
「ああ、大尉。ここの場所ですか??」
 ミナは周囲を見渡した。
「タレンB地区」ロウが小声でいう。
「今、タレンB地区です」
『何でそんな所にいる?』
「迷ったみたいで」
『俺たちはもう飯を済ましちまったぞ』
「そうですか、私もどこかで適当に食事します」
『好きにしろ。ああ、それから休暇が途中で切り上げられた。寄り道せずに戻って来い』
「えー!」
『何か進展があったようだ。今度は迷うなよ。わからなくなったらタクシーで来い。じゃあな』
 無線は切れた。
「怖そうな人」
「デイモン大尉? 少しね。でもユーモアのある人よ」
「そう?」
「ごめんなさい。部隊のみんなが船に戻ったみたい。行かなくっちゃ」
「うん」
 走り去るミナをロウは見送った。
「絵、ありがとねー!」
 途中、振り向いたミナは丸めた絵を持った手を大きく振った。




 目次   12へ