Dファクトリー

漆黒のファントム

漆黒のファントム 本編(旧バージョン)6〜10


6、黒い亡霊

二稿目


 ソーン・ダブスはコクピットの隅に貼り付けた写真に目をやった。
 写真の中では黒髪の女性が赤ん坊を抱きながら微笑んでいる。
 緊張状態の中でもその写真も見れば多少は落ち着くことが出来た。それは子供が生まれる前には無かった感情だった。ダブスはそんな変化に自分でも驚くと共に気恥ずかしさを感じていた。

 ――家族も悪くない

 『大尉』
 不意の部下からの通信にダブスは気を引き締めなおした。
「なんだ?」
『デブリ(宇宙ゴミ)が多くなってると思いませんか?』
 言われてみると残骸が多くなっているようにも思える。しかし今はサラミス級巡洋艦とコロンブス級輸送艦と共にサイド5に航行中であった。サイド5周辺では一年戦争の初戦で人類初の大規模な宇宙艦隊戦が行なわれた宙域なのだ。その当時の残骸は今でも宇宙を漂っている。デブリは決して異常なことではなかった。
「サイド5に近づいてるからじゃないのか?」
『そうかもしれませんが、"ルウム"の戦場跡は航路から外しているはずです。なのにこのデブリの多さは変です』
「つまり、艦のコースが外れている可能性があるということか?」
『かもしれません』
「わかった。確認してみる」
 ダブスは操縦桿を傾けた。搭載されたコンピューターがそれに反応するとバーニヤの角度を変えていく。モビルスーツは並行するサラミス級巡洋艦に接近していった。
 その後方には連邦軍のコロンブス級輸送艦が航行していた。サラミス級はその護衛である。
 サラミスのデッキに通信が入る。
「ダブス大尉からです。航行コースから外れていることが無いか確認して欲しいとのことです」
「通信をこちらの受話器にまわせ」
「アイサー」
 艦長は受話器を握った。
「どうした? デブス」
『艦長、我々は民間の航行コースを通ってるはずです。それにしてはデブリ(宇宙ゴミ)の量が多すぎると思いませんか?』
「それについてはこちらでも不審に思った為、位置の測量をしてみた。進路は間違っていない。おそらくデブリは月の引力にでも干渉をうけたのだろう」
『そうですか。すみません。取り越し苦労でした』
「いや、コースは外れてないが確かにこの"ルウムの残骸"どもは厄介だ。つまらん事故はしたくない。燃料を喰うのは仕方がないが迂回しよう」

 サラミス級は残骸を避けるべく船体の方向を変え始める。
 後方のコロンブス級もサラミス級を追いかけるように方向転換を始めた。
 その時だった!
 突然、サラミスの艦首に爆発が起きた。
 サラミス前にいたダブスのジムが爆発の閃光に照らされる。
「敵? だがどこだ!」
 ダブスは周囲に潜んでいると思われる敵の姿を探した。
「ダメージコントロール班! 被害状況を知らせろ!」
 サラミスの艦橋では予期せぬ突然のクルーたちが半ばパニックになっていた。
「レーダー何やってる!」
「いま索敵中です!」
「急げ! 第二波が来るぞ!」
 事故なのか攻撃なのか確認のつかないままサラミスはさらに爆発を起こした。船体が大きく左に傾いていく。
 その時、ビームの残光を見つけたデブスはその咲にサラミスを攻撃する姿を見つけていた。

 ――見つけたぜ!

 ビームの発射された先には黒く塗装されたモビルスーツがいたのだ。その見覚えのある機体は一年戦争時に対戦もした事のある型だった。
「ゲルググ? ということはあいつか!」
 ダブスはカメラの追尾装置でゲルググをロックするとバーニヤの噴射を最大限にした。
「敵もモビルスーツを発見。機種はゲルググ。多分、例の"奴"だ! 各機、俺に続け!」
 散開していた二機のRGM-79ジムがダブス機の後方につけた。ジム小隊は黒いゲルググに向っていく。

 こいつが"ファントム"? 噂では遭遇した部隊は、ほぼ全滅と聞いているが……

 ダブスはそう思うと同時に身震いした。噂の"亡霊"が自分の隊を接触したのである。可能性はあったとはいえ、いざ対峙するとそのプレッシャーの強さに怖気づきそうになる自分に気がついていた。

 ――だが、こっちは三機! たった一機にやらせるかよ!

 プレッシャーを振り払うかのようにダブスはアタックしていく。一斉にビームがゲルググ目がけて放たれてた。しかし、敵はそのタイミングを予測するかのように回避していく。しかも同時に応戦のビームが撃ち返してきた。右翼側にいた部下のジムの機体が黄色いビームの光線に貫かれるのが見えた。次の瞬間、ジムは爆発を起こしピンク色の火球になっていた。恐らく脱出の余裕もなかっただろう。
「ちっ!」
 舌打ちしたダブス大尉は残った部下に散開を命じた。敵の射撃は非常に正確だった。攻撃を各方位から同時に行って敵の集中力を切り崩す戦法をとったつもりだった。
 デブス機のメインカメラがゲルググを捉えた。照準をロックさせるとコンピューターが自動追尾を開始する。
「いただき!」
 照準がロックしたと同時にビームが放たれた! 光線が暗闇の中を突き進んでいく。数秒後、目標点の周辺に光の点滅した。手ごたえはあったはずだが爆発らしくものは確認できなかった。その代わりに小さな光が粒が広がるように点滅している。
 次の瞬間、無数のビームの光線がソーン機に向って放たれてきた。
「くそ! まだだ! まだ……」
 ダブスは、ビームを避けようと必死でジムのバーニヤを操作したが、それは報われなかった。
 コクピットの直撃を受けたソーン・ダブスのモビルスーツは宇宙に散っていった。



7、ガンダム搭乗


「すみません! 迷いました!」
 入港中のエイプリルに戻ったミナが言った第一声はそれだった。ブリーフィングルームにはすでにデイモンとハーネットが待機していた
「まったく……まあいいさ。それからリトル、宇宙(そら)では俺の隊から逸れるなよ」
「はい! 大尉」
「おそいぜ、ルーキー」
 ハーネットが丸めた紙くずをミナに投げつけた。寸でのところでそれを避けたミナは得意げに、にこりと笑う。
「うっ、この……」
 続けて紙くずを投げつけるハーネットだったがミナはそれを全部、避けきった。
 咳払いが聞こえた。あきらかにミナたちに対するものだ。
「君前らロースクールの生徒かね?」
 振り向くとリケンベ中佐が眉をしかめて立っていた。
「す、すみません」
 頭を下げるミナ。ハーネットも照れくさげに頭を掻いた。
「ん? ところで君が手に持っているのは何だ?」
 リケンベは丸めたスケッチ用紙に気がついた。
「こ、これは…なんでもありません!」
 ミナは慌てて描いてもらったスケッチを後ろに隠した。
「そうか? なんだか動揺しているように見えるが……」
「ははは! なんでもないです。あっ! それより何か話があるんで召集したんでしょ? 中佐」
「確かにそうだが……大尉、ユニークな部下が集まったな。本当に、これでいいのか?」
「ユニークさがこの小隊の"ウリ"でして。なあに、なんとか"格好"にしてみせます」
 そう言ってデイモン大尉は肩をすくめた。
「まあ、いい……早速、本題に入ろうか」
 リケンベは前に立つと咳払いをした。
「Fガンダムのメインテナンスは予想外に早く済んだ。それで君らには休暇を切り上げてもらったわけだ。すまいないとは思うが本来の目的は友軍にちょっかいを出している"亡霊"狩りが優先であるのでね。現在、換装を行っているがそれもすぐ終わる」
 リケンベについて来てきていた下士官がデイモンたちにデータボードを渡す。室内の照明に照らされて液晶の画面が虹色に反射していた。
「標的の"亡霊"は推定ではビーム兵器を退ける装置を装備してるらしい。今、連邦軍の主力兵器の殆んどはビーム兵器に移行している。したがってFガンダムは対"亡霊"用の特別装備で対応する。そいつはそのマニュアルだ」
 リケンベは腕時計を見た。
「順調なら一時間後には君らはガンダムに搭乗する事になる。それまでにそのマニュアルの内容を頭に叩き込んでおいてくれ」
「お勉強は苦手だ」
 ハーネットが嘆く。
 ミナは渡されたマニュアル用のデータボードの画面にタッチした。
「これ……?」
 表示されたのはリケンベの言った"特別装備"の画像だった。
「ザクマシンガン?」
 それは見慣れたかつての敵兵器だった。
「そのとおり。ザクの120mmマシンガンを改造したFガンダム用の兵装だ。特殊弾頭は発射速度を150%アップしている。頼りになるぞ」
「撃墜しちまいませんかね」
 画面に表示された120mmマシンガン改のスペックに目を通した後、デイモンが質問した。
「敵をMS-14ゲルググと想定した場合、装甲の貫通はするが一発で大破ということはないだろう。計算上だがね。だから作戦上、セミオートでの攻撃が妥当だと思う」
「頼りになるんだかならないんだか……」
 ハーネットがぼやく。
「この後、Fガンダムの"慣らし"とガンの発射テストを並行して行なってもらう。時間がないので、きついスケジュールになるが君らならやり遂げると信じている。以上だ」
 説明を終えたリケンベは下士官と共に部屋から出ていった。
 ドアから出たと同時に何かがリケンベの身体に当たった。
「おっと」
「ごめんなさい!」
 リケンベが顔を上げると胸元に顔をうずめるように黒髪の上級士官がよりかかっていた。
「出入り口付近では慣性での浮遊は禁止ですよ。"艦長"」
 ライスは悪戯っぽく微笑むとリケンベから離れた。
「部下にもよく言われるの。駄目ね」
「"士官は兵士の手本であれ"。士官学校で習いませんでしたか?」
「私、デキの悪い生徒だったの」
 リケンベは悪びれないライスが何だか可笑しくなり笑った。
「ところでリケンベ中佐、お仕事は御終い?」
「途中までね。これからモビルスーツのテストに移ります」
「そうすると"エイプリル"もコロニーから出ないといけないわね」
「いや、発進はドッグからで十分でしょう。索敵用の"ボール"を出して映像をこっちに送らせるし」
「そう……ねえ、私もテストの様子を見せてもらって構わない?」
「は? まあ、構いませんが」
「よかった。楽しみにしてたのよね」
「モビルスーツのテストを、ですか?」
「だって興味が湧くじゃない? "ガンダム"って」
 そう言ってライス中佐は微笑んだ。
 その笑みはどこか悪戯っぽくあり魅力的だった。



「"君らならやり遂げると信じている"だってさ。あの中佐」
 ハーネットは肩をすくめた。
「でもさっき私たちの事、"本当にこれでいいのか?"って言ってましたよね」
「やだねぇ、エライさんは。"本音"と"建前"ってやつを使い分けやがる」
「リケンベはそんな奴じゃねえさ。お前らもしばらく付き合ってみれば分かる。奴は決して部下を見捨てない。さっきのは俺に対してのジョークだ」
「大尉はリケンベ中佐とは長いんで?」
「ああ、奴が新米士官のときからな。一年戦争より前の話だよ」
 ミナとハーネットは顔を見合わせた。
「モビルスーツもない時代」
「旧世代だ」
「うるせえ!」
 デイモンがハーネットの胸をデータボードで叩いた。バランスを崩したハーネットがミナにぶつかる。
「あっ……」
 はずみで持っていたスケッチ用紙が床に落ちた。
「何? これ」
 デイモンがスケッチを拾い上げた。
「わーっ! 大尉! だめだめ!」
「何で? いいじゃないか。上手よ、これ。知らなかったよ。お前に絵の才能があったなんて」
 ハーネットも絵を覗き込んだ。
「本当だ。良く描けてるぜ。リトル」
「ち、違うんです。それ私が描いたんじゃないんです」
「そうなのか?」
「わかった。これを描いてもらっていたから戻るのが遅れたんだな」
 ハーネットが意地の悪そうな笑いを浮かべてミナを見た。
「それは……」
「それと、これを描いたのは男で、そいつとはいい感じになった」
「な、な、なんで」
 動揺するミナ。デイモンは不思議そうな顔でハーネットを見た。
「何でそんな事、言える。お前、ニュータイプか?」
「ここ、絵の隅にEメールアドレスが書いてあるんですよ]
「あっ…ほんと」
 ミナはデイモンの手からスケッチを奪い取った。
「か、勝手なことばっかり言わないでください! 本当に!」
 顔を真っ赤にしたミナはそのままブリーフィングルームから出て行ってしまった。
「怒らしちゃったみたい」
 そう言ってハーネットはにやけた。
「お前……きっとミナに後ろから撃たれるぞ」
「ははは、まさか……」
 笑っていたハーネットだったがデイモンの顔は真剣だった。
「は……ま、まじっすか!」



 数十分後、ドッグに白い三機のモビルスーツの姿があった。
 核融合炉が点火される。コクピットの電装部品が一斉に点灯し中を明るくした。モニターのゲージがグリーンになっている。
 胸部の排気口からガスが吹き出し周辺の塵を一緒に吹き飛ばした。
 白いモビルスーツの足元にいた整備兵が周囲を確認すると"GO"の合図を出しす。
 18メートルを越す、巨大な人型の戦闘兵器はゆっくりと射出カタパルトに向って歩き始めていた。



8、突発戦


 カタパルトからでない発進は衝撃がないからつまらない。
 コクピットの中でミナはそう思った。
 コンピュータとCGを駆使した多包囲型のキャノピースクリーンの視界は足元までが映りこむ。まるでモビルスーツの頭に立っているような気分だ。
「フレア2、ハーネットいくぜ!」
 横にいた白いモビルスーツがバーニヤに点火し、コロニーの鋼壁から飛び立った。前方の宇宙空間にはすでに発進したデイモン大尉のガンダムが先行している。
 ミナは大きく深呼吸をするとスロットルレバーを握った。
「フレア3、リトル行きます!」
 バーニヤが噴射する。ミナの白いガンダムが暗い宇宙空間に飛び出していった。
「うっ!」
 予想外に強い加速感に一瞬と惑う。
 やはり、ジムとは違うね……
 コロニーから3つの白い光が飛び出していった。
 バーニヤの噴射ガスは真っ暗な宇宙空間に白い線を残す。
「目標接近。俺に続け」
 3つの白い光が綺麗に散開していく。
「まずはひとつめ」
 どこからか引っ張ってきたムサイ級の残骸がスクリーンに映った。コンピュータは障害物として感知しそれを指し示す。ミナの焦点がそれを見定めようとすると機械はそれを感知しズームアップした。
「動かない敵なんて……」
 そう思いながらミナはマシンガンの発射の準備をしようとした。そのときハーネットの通信が入り込む。
「フレア1、俺からやります!」
 左の方にハーネット機のガンダムが視界に入ってくる。
『許可する』
 デイモン大尉はあっさりと許可を出した。
「もう!」
 ミナは口を曲げた。
 最初は自分がしかけたかったのに!
 そんなミナの気持ちを知ってか知らずか先行していく一機のガンダム。
「でかいマトだぜ」
 ハーネットはトリガーを引いた。
 120oの炸裂弾がムサイの残骸に放たれた。弾丸は"元"艦橋を貫く。ピンク色の爆発が起き、ムサイは大きく反対側に傾いた。
『古臭いガンもいいねぇ!』
 ハーネットは叫んだ。
『次、リトル。行け!』
「了解!」
 ミナのガンダムはトリガーを握った。ミナの角膜が目標を選別していく。コンピュータはそれを読み取りスクリーンに照準をつけていく。瞬時に標的部分を選び出す。
 まずは戦闘力を無くすべき……あそこだ!
 マシンガンの弾丸は主砲跡を直撃した。
 コロニードッグ内のサラミス級巡洋艦エイプリルでは白いモビルスーツたちの様子をモニター越しで見つめていた。
「わおっ、すごい。いい腕ね、二人とも」
 ライス艦長はドリンクパックのチューブを咥えながらそう言った。
「さすがにデイモン大尉推薦の事はある」
「それに面白いところがもうひとつ」
「何です?」
 リケンベ中佐はこの危なっかしい艦長の言葉に耳を傾けた。
「指示は曖昧な目標狙撃だったのに一人は司令塔、一人は攻撃力の排除。個性がはっきりしてるわ。こういった部下を扱うのは面白そう」
「なるほど……」
 リケンベはライスの言葉に納得した。

「各自、機体の挙動を身体で覚えとけ。そいつは無反動式だが機体の損傷加減で照準が狂う事がある。基準となる挙動を覚えていれば異状を察知し易い。覚えておけ。人間の感覚はICチップより優秀なんだ」
 デイモン大尉は120mmライフルをセミオートに切り替えるとムサイのエンジン部分、格納部分、前部と3箇所を撃ち抜いた。
「やるじゃねえの。あのオッサン」
 デイモン機に接近していたハーネットは見事な射撃に思わずそう呟いた。
 爆発が続くムサイの上方を通過する三機のガンダム。
『破片に巻き込まれないように少し離れて飛べ』
 先頭をいくデイモン機をミナが見やる。
「大尉、すごい」
 その時、ミナは左側方に何かを感じとった。

 何?

 その感覚に思わず120mmマシンガンを向けるミナ。銃口はハーネット機に向けられる格好になった。
「り、リトル! てめえ! 何、根にもってやがる!」
 慌てて機体を避けるハーネット。
「違うよ、"サムライ"。向こうに何かいる」
 デイモンはレーダーを見た。戦時のミノフスキー粒子が今だ滞留するこの宙域ではレーダーもろくに効果がないエリアがある。遠距離であればあるほどその影響力は高い。ガンダムのレーダーも広域のエリアをカバーできなかった。
「何も映ってないが……いや!」
 レーダーにいきなり光点が現れた。
 コンピューターは瞬時に識別を確認する。
『コロンブス級輸送艦……リバプール? 味方だ。ガンを下ろせ、リトル』
「は、はい!」
 ミナのガンダムは120mmライフルの銃口を下ろした。
 連邦の輸送艦だった? でも、すごく攻撃的な感覚を感じたのに……
 その時、無線が割り込んできた。コロンブス級からのものらしい。
『こちら第202輸送船団所属”リバプール”。途中、正体不明のモビルスーツの攻撃を受けて被害を受けた』
「正体不明・・・?」
”ファントム”!
 ミナの頭にその名前が浮かんだ。
「了解、リバプール。ここはもうコロニーだ。我々もいる。安心して寄航しろ」
『助かる』
 次の瞬間、コロンブス級は火の玉に包まれた。
 爆発が周囲を明るく照らし出す。
 ミナたちは一瞬状況が理解できなかった。
「敵だ!」
 デイモンが叫ぶ。
 炎の背後から光に照らされた黒いモビルスーツの輪郭が見えた。
「ファントムか! くそ! ガンダム投入直後に出くわすとはな……」
 逃げ出すわけにはいかないし逃げる理由も無い。装備は初めてのものばかり。好ましい状況とはいえない。だが部下は優秀でマシンは最高だった。デイモンは意を決した。
「各機、フォーメーションに入る。作戦はデスク上のみのぶっつけ本番だがやるぞ!」

 黒いモビルスーツもガンダム小隊に気がついたようだ。
 スクリーンのウインドウ画面に黒いモビルスーツの拡大映像が映し出されていく。遠近で確認し難い部分はコンピューターが補正をし、機体は鮮明に映し出された。画面には"MS−14ゲルググ?"と表示されていた。
「あれが……ファントム?」
 スロットルを握るミナの鼓動が早くなっていく。
 ガンダムたちは黒いモビルスーツに向って銃口を向けた。



9、ゲルググ


 方向転換するガンダムたちがエイプリルのモニターに映し出されていた。
「ファントム?」
 ライスは受話器を掴んでいた。
「ブリッジ! 出航準備を! 私もすぐ上がる」
「艦長、ファントムの艦艇撃沈率は90%だ。モビルスーツ隊に任せて出撃は少し待て」
「なんで? エイプリルは闘う艦なのよ」
 ライスはそのまま艦橋に向ってしまった。
 リケンベは舌打ちするとマイクを握った。
「デイモン、いけるか?」
『いける? そいつはファントム捕獲ってことですかい?』
「もちろん」
『5分ですかね』
「期待してるぞ」
『任せて……とは言えないんですよね、これが』
 黒いモビルスーツが続いている爆発の光の中に消えた。
「見失った! 誰かレーダーで捉えてるか!」
 デイモンが怒鳴った。
『フレア2、駄目です!』
「くそっ!」
『フレア3! レーダーはロストしてますが見えます!』
「いいぞ! ミナ! 先頭を行って俺たちを引っぱれ」
『了解!』
 ミナのガンダムが前に出た。爆発の光の中に躊躇なく突っこんでいく。
「大尉、撃墜しちゃだめなんですよね?」
『死なない程度にしとけ』
「死なない程度?」
 ミナは120mmマシンガンをセミオートに切り替えた。
「いた……」
 ミナの視界に黒いゲルググが入る。同時にゲルググからビームが放たれた。狙いは正確だった。寸でのところでそれを避けたがビームの熱は左手に装備していたシールドをかする。装甲が溶かされ一瞬火花が散った。
「もらった」
 照準を合わすとトリガーを引いた。マシンガンの弾丸はゲルググに向ったが悠々とそれを交わされてしまう。
「何これ?」
『ビームとは違う! 撃つのが早すぎるんだよ。もっと接近しなければだめだ』
 デイモンの声が無線に入った。
「そんなこと今頃……」
 移動したゲルググを目で追うミナ。
『今日、教えるつもりだったんだよな、これが』
 デイモンのガンダムはマシンガンを連射した。さらにそれを避け続けるゲルググは右に移動していく。
『弾幕の網を作る! 誰か右翼から撃ち込め!』
 ハーネットがそれに呼応した。ハーネット機は回り込んで狙撃を開始した。二方向同時射撃にゲルググも反撃を試みる余裕がないようだ。体制を立て直そうと上に逃げた。
「待ってました!」
 いつの間にか接近したミナのガンダムはゲルググの上方を取っていた! デイモンたちに気をとられていたゲルググがようやくミナに気付いた。
 撃墜しないように……
 ミナはゲルググの肩に狙いを絞った。ビームライフルがミナに向けられる。
「させるか!」
 それより早くミナはトリガーを引いた! 120mm弾がゲルググの肩に被弾した。
「とどめ!」
 その時、ミナは右翼から殺気を感じた。

 何?

 黄色いビームの閃光がガンダムに向って放たれてくる。
「仲間がいたのか?」
 ミナのガンダムは機体をひねりながら連射されるビームを避けた。
 反撃をしようとマシンガンを向けたミナだったが敵の姿を確認することはできなかった。殺気もすでに消えている。
「どういうこと?」
 その時、衝撃が起きた!
「うっ!」
 目の前にゲルググの機体がアップで映されている。狙撃されたゲルググが衝突をしてきたのだ。
「つっ!」
 マシンガンを向けたミナだったが銃身をつかまれ潰されてしまう。
「なら!」
 ビームサーベルに手を伸ばした。しかしその手はゲルググに掴まれてサーベルに届かない。
 頭部のマシンガンを発射した。しかしゲルググの装甲はそれを弾き返してしまった。
「こいつ……只のMS−14じゃない!」
 ゲルググの膝がコクピットに直撃しキャノピーが吹き飛んだ! 酸素が塵と共に宇宙空間に吐き出されていく。
「きゃああああ」
 モニター越しではないゲルググの姿がミナの目の前に現れる。
 ゲルググのモノアイがコクピットに焦点を合わせた。黄色い光がミナを見つめた。
「……え?」
 ゲルググがゆっくりとガンダムから離れていく。
 ミナは一瞬、何が起きているのはわからなかった。
『ミナ! 離れろ!』
 ハーネットのガンダムがビームサーベルで切り込んできた!
 ゲルググはあっさりと一撃を交わすとカプセル状の物体を放出した。
『やばい、離れろ! ミナ!』
 ハーネットはミナのガンダムを掴むとアフターバーに点火してそこから離脱した。次の瞬間、強烈な光が周囲を包み込んだ。かく乱用の閃光弾らしい。強力な電磁波も放出しているらしくハーネットのガンダムのモニターが一瞬、乱れた。
「ちっ! ムカつかせる奴だぜ!」
 ハーネットはそう吐き捨てるとスロットを全開にした。悔しいが今はここからできるだけ距離を取るのが最良だった。
 デイモン機が飛び去るゲルググにマシンガンを撃ち込んでいるのが見えた。
 敵は撤退したのだ。それに気付いたハーネットはようやくスロットルを緩めた。
 ハーネットは捉まえている寮機にカメラを向けた。
 キャノピーを破損させたガンダムのコクピットの中ではミナがぐったりしているのが見えた。
「マジかよ……くそっ! リトル!」
 ハーネットはガンダムのコクピットから出るとミナのガンダムに取り付いた。中に入ってぐったりしたままのミナに近づくハーネット。
「おい! リトル! しっかりしろ! おい!」
 緊急発進した巡洋艦エイプリルが漂うガンダムたちに接近していた。
「くそっ!」
 リケンベは拳を握りしめた。
「ちゅ、中佐?」
 珍しく感情を露にしている上官に副官が心配げに声をかけた。
「サイコミューだ! まさかあんな物まで装備してるとは……情報不足だった」
 リケンベは悔しげにモニターの宇宙空間を見た。そこには黒いゲルググの姿はもうない。
 エイプリルは破損したガンダムの収容を開始した。



10、窓の外の風景

二稿目

 ミナが目を覚ましたのは病院の一室だった。
「なんでこんな所に……」
 朧気に記憶が蘇ってくる。ゲルググの巨大な姿でその記憶は止まった。
 そうだ……コロニーの外にいたんだ。
「気がついたみたいだな」
「ナッシュ…?」
 傍に立っていたのは巡洋艦エイプリルで整備兵をしているミナの幼馴染だった。ガンダム小隊のパイロットとして配属された時、彼と出くわした偶然は驚きだった。
 ミナより二つほど歳上のナッシュは小さい時は兄のような存在だった。彼の家族が引っ越していってしまった時は随分ショックだったのを覚えている。お互い成長して再会したわけだが今でもナッシュはあの時のようにミナを気遣っ
てくれた。
「よかった。このまま目を覚まさなけりゃどうしようかと思ってたぜ」
「わたしどうなったの?」
「例の"亡霊"に撃墜されそうになった。あの時、ハーネットさんが飛びこまなかったらどうなったことか」

 違う……あれは…"亡霊"が……あいつが攻撃を止めたんだ。

「その時にゲルググから出た目くらましの何かが炸裂したんだ。強烈な光と強力な電磁波。おかげでハーネットさんとお前のガンダムは電子装置の再点検中」
「あ……ごめん」
「ミナが悪いわけじゃないさ。相手はあの"亡霊"だしな。考えてみたら奴を相手にして生還したモビルスーツはミナが初めてなんだぜ?」
「でも、負けちゃった」
「次のチャンスがあるさ。作戦は続行中」
「うん……」
 うつむくミナにナッシュは余計な事を言ったと後悔した。
「そういえばミナ、覚えてるか? 小さいころ近所にいた変なおばさん。それが驚きなんだよ! そっくりな人をここでみかけちゃってさ」
 ナッシュは話を幼いころの思い出話にした。
 今はミナの心も休ませるべきだ。
 ナッシュはそう思っていた。


 基地の外のバーではデイモン大尉とリケンベ中佐がカウンターに座り話込んでいた。
「おれのせいだ」
 そう言うとリケンベはグラスをテーブルに置いた。
「奴の能力を過小評価してた。それに情報不足。君らを不用意に投入してしまった」
「気にするな。戦場は成り行きだ」
 デイモンはグラスのアルコールを飲み干すと追加オーダーをした。
「しかし貴重な機体に優秀なパイロット。このふたつを同時に失うところだったんだぞ」
「無傷では欲しいものを手に入れられんってことだよ」
「おふたりさん、何しかめっ面してるの?」
 デイモンとリケンベの間に女の顔が割って入った。香水の香りが漂う。
「中佐、いいんっすか? サラミスは待機中なのでは?」
 デイモンはライスが間に入り易いように席をずらす。ノースリープのブラウスに裾の短いジーンズのライス中佐の姿
は軍服姿の二人の男と随分とギャップがあった。
「いいの、いいの。私にも素敵な部下たちがいて留守を預かってくれてるわ。それより飲みましょう? ね?」
 そう言うとライスは二人の間に椅子を持ってきて座り込む。
「何か深刻なこと? デイモン?」
「いや、おれよりこっちの中佐殿がね」
「私はただ自分の不手際を反省していただけだ」
 ライスは大笑いしだした。
「失敗を恐れない英雄も好きだけど……」
 そう言ってライスはデイモンに顔を近づけた。その後すぐ踵を返してリケンベに顔を近づける。
「過ちを認め未来の糧にできる男も魅力的」
 リケンベは照れくさげに頭を掻いた。
「指揮官は部下に"死ね"と命令するものだと誰かが言ったわ。つまり犠牲無き勝利はないということよね。けど、あな
たはそれに抵抗を感じてる。軍人としてはどうかと思うけど私は好きだよ」
 そう言ったライスを見ると瞳はリケンベをじっと見つめていた。その瞳は真っ直ぐでリケンベは、この女は酔っていな
いのではと思った。
「俺もそうだぜ」
 横からデイモンが口を挟む。
「あら、妬かせちゃった? 大尉」
「そんなわけじゃないっすがね。中佐の下なら戦えるってことっすよ」
 ライスはデイモンの腕にしがみつく。背後に流れる曲は激しく軽やかだ。
「ね、踊らない? 大尉」
「いえ、残念ですが自分は実は足を痛めてまして」
「それって命令?」
 ライスは肩を竦める。
「行けよ、大尉」
 リケンベはデイモンの背中を押した。
 立ち上がった二人が席を離れようとすると音楽が変る。
「あら?」
 曲は静かで優しいラブソングになっていた。
「あ…どうしようか?」
 デイモンは照れくさそうな笑いを浮かべる。
「チークもいいんじゃない?」
 そう言うとライスはデイモンの肩に手を置いた。
「……そうだな」
 デイモンはライスの細い腰に手を回す。
「チークも悪くない」



 病室の窓はいつの間にか暗くなっていた。
 コロニー内に夜はない。時間割で太陽光の取り込みを中止し、夜の演出をしているだけに過ぎない。そこに住む人間の体調管理の為にこの演出は必要なのだ。そうすることによって"時間"を意識する事ができる。それは遺伝子に刷り込まれたものでもあるからだ。

 ミナが意識を戻してから6時間ほどが経っていた。
 ナッシュは既に"エイプリル"に帰りガンダムの修理を始めているだろう。ミナは念のため24時間、様子を見ることになった。医者の言う話では強烈な光とパニックによる"癲癇"的な症状だろうという言う。コクピットが破壊されゲルグ
グの使った"目くらまし"を直接受けてしまったのがまずかったらしい。

 次は……

 ミナの脳裏に不安が浮かぶ。それを隠すかのように腕で顔を覆った。
 その時、静かな病室の中で何か小さな音が聞こえた。
 音は窓から聞こえた。何かが窓に当たったようだったが何も様子は変っていない。
 気になったミナはベッドから起き上がって窓の前に立った。
「あっ……」
 そこから見えたのは下から手を振る見覚えのある人間だった。

 ロウ……ロウ・モリガン?

 それは街で出会った絵描きの青年だった。



11、let go

二稿目

 人工の夜の闇の中、二人は芝生の上に座った。
「一体、どうやって入って来たの? ここは一応、軍の施設なんだよ」
 ロウは悪戯っぽく笑うと肩を竦める。
「得意なんだ、こういうの」
「得意って? 忍び込むのが?」
 ミナは眉をしかめてロウを見た。
「まあね」
「泥棒でもやってるの?」
「お金に困った時、たまにね」
 そう言ってロウはニコリと笑った。
「そんなことより大丈夫かい?」
 急に真面目な顔つきになりミナを見つめた。ミナは一瞬、呆気に取られた。
「え? まあ……」
「軍港に行ったら病院に運び込まれた女性パイロットがいるって聞いたんだ。もしやと思って。でも元気そうだね」
「うん、大したことないよ。気絶しただけみたいだから。一晩、様子も見て何もなかった復帰する」
 ミナは笑った。
「また宇宙に出るのかい?」
「多分……でも私の乗るモビルスーツは修理をするからすぐにってわけじゃないと思うけど」
 ロウは手を後ろについた。
「でも、ミナがモビルスーツに乗ってるなんて想像できないな」
「こう見えても結構、上手いのよ。モビルスーツの操縦」
「へえ……」
 ミナは得意げに言ったが話を聞いているのかいないのか、ロウの返事は少し上の空的だった。
「自分にはMSパイロットが合ってるのかも」
「そういえば、なんで、ミナはモビルスーツのパイロットになったの?」
「うーん、なんとなく自分に合ってるかなって。適正検査をやったら合格しちゃってそのままここまできちゃった」
「適正?」
「うん、宙返りしても自分の位置が把握できるとか、動体視力とか……他にもいろいろとね。そいうのが合わなければ陸戦用モビルスーツのパイロット候補に回されたりする事もあるんだよ」
「ふーん」
「ロウはさ、なんで絵描きをしてるの?」
「仕事がないから」
「あっ……ごめん」
 慌てるミナの様子を見てロウは笑った。
「なーんてね。ミナといっしょだよ。合ってると思ったからさ」
「ああ、ロウ、絵が上手だものね」
「まだまださ。ストリートで絵を描いてるのは生活費の為もあるけど練習も兼ねてる」
「もらった絵ね、仲間に上手く描けてるって褒められたよ」
「本当かい? うれしいね」
「それから……」
「何?」
 隊のハーネットにからかわれた事を話そうとしたミナだったがそれは控える事にした。
「なんでもない……」
 視線を外すミナ。
 しばらく沈黙が続いた。
「今日ね……死ぬかと思ったんだ」
 その言葉にロウがミナを見る。
「ここでこうしている事がちょっと実感できない。だってほんの数時間前には……宇宙空間で…たった一人で死んでいくのかもしれなかったのに」
 そう言ってミナは頭をうなだれた。
「怖かった……」
 小さな声で一言そう呟いた。ロウはうなだれるミナを見つめた後、そっと頭を撫でた。
「今は、こうして僕と話してる。君はツイてる。これからもきっとそうさ。僕には分かる」
 ミナは顔を上げた。
「僕に君を守ることができれば……」
 視線が重なる。
 二人の瞳はお互いを見つめ合っていた。
「ロウ……」
 その時、動くライトの光が見えた。
「まずい! 警備だ!」
 ロウは素早く立ち上がった。
「じゃあ、ミナ」
 ふいに唇に何かが触れた。
 ミナはその感触に一瞬、戸惑う。
「またね」
 ロウは闇に紛れて去っていった。

 けれど……ミナの唇にはまだ彼の感触が残っていた。



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