Dファクトリー

漆黒のファントム

漆黒のファントム 本編(旧バージョン)12〜21



12、スタンバイ

二稿目

 コロニードッグに入港中の巡洋艦エイプリルの横に同型のサラミス級巡洋艦が移動していた。
「巡洋艦マイアミ入港します」
 リケンベはブリッジの強化ガラス越しにその姿を見つめていた。
「戦力が集まってきたわね」
 すぐ横にいつのまにか艦長のライスが立っていた。
「ああ、外にはあと一隻のサラミス級とジム小隊。先に捜索作戦を展開している艦隊が三隻とジム部隊。いい数だな。さらには索敵用ボールの増援も要請したしね」
 そう言ってリケンベはコーヒーを啜った。
「この間、デイモンとは?」
 ライスはニヤリとしながらリケンベの肩を叩いた。
「気になる? 」
「ん? そうだな……でも、まあいいさ」
 そう言ってリケンベはもう一度、コーヒーを啜った。
「ガンダムの装備を一新するんだ」
「何?」
「ガンダムのテストパーツを全部かき集めた。それと新型のモビルスーツ用アサルトライフルもだ。メガ粒子ビームとラ
イフル弾を兼用できるタイプ。面白いだろ?」
「最高ね」
「あともうひとつプランがある」
「一体、何を企んでいるのかしら? このイタズラ坊主は」
「おびき寄せるんだよ。ファントムを」



 格納庫ではガンダム3番機がクレーンで持ちあがげられ移動されてきた。
 損傷部分は全て改修されていて左腕に装着されたシールドはかなり厚みを増していていた。
 ミナはガンダムを見上げた。
 その横に整備兵で幼馴染のナッシュの声がした。
「ミナ、もういいのかい?」
 見上げるとガンダムの肩からナッシュが手を振っていた。
「あ、ナッシュ?」
 ナッシュはミナの横に飛び降りてきた。ドッグは無重力下にある。飛び降りるというより飛ぶといった感じだ。
「装甲シールドに特殊なコーティングをした。実験段階だけど粒子ビームの拡散を促がす。つまり防弾コーティング」
「すごい」
「計算では2、3発の直撃には耐えれるらしい。本当に計算上だけど……リケンベ中佐もよくこんなモンを見つけてくるよ」
「なんだか外装も少し変ったね、ガンダム」
「そうだろ? どう? おれのカスタムは」
「どうって? うーん……なんかその……」
「かっこいいだろ?」
 得意げなナッシュに愛想笑いをするミナ。
「ちょっと物々しすぎない? ちょっとだけど……」
「そうかなぁ」
 ナッシュは腕組みしながらガンダムの見上げた。
「好きなんだよ。男の子は、こうゆうのさ」
 そのFガンダム3号機の横を別のガンダムが隔壁ブロックに向って移動していた。
「あれは……?」
「Fガンダム2号機。ハーネットさんのだ」
 背中に巨大なガトリングガンが背負わされている。レッグパーツもどこか頑強に補強の跡がみえる。
「私のガンダムの仕様と違うね」
「ああ、俺たちも色々試してんだ。元々汎用機なんだよ、ガンダムって。リケンベ中佐がありったけのテストパーツを取り寄せたんだ」
「じゃあ、デイモン大尉も」
「あの人のガンダムはセットアップだけで改造しなかったけど武器装備に長距離型のライフルを選んだんだよ」
 サラミスの船体の上でFガンダム1号機が18mを越える銃身を振り回した。
 ルナチタン製のライフル弾を装填したモビルスーツ狙撃用長距離ライフルMSR−1はその銃口を月に向けた。
「バーン!」
 デイモンはコクピットスクリーンに向って引き金を引く仕草をした。
『どうです? 対艦アサルトライフルの感じは』
 整備スタッフの一人から通信が入る。デイモンは機嫌良さそうに返事をした。
「いいね。グラナダ※も吹き飛ばせそうだぜ」
 機嫌よさ気に答えるデイモンはシステムのチェックを始めた。
『届きますよ』
「はあ?」
『初速は保てませんが慣性で月までは到達できます』
 通信の声はあっさりとそう言った。
「益々気に入ったぜ」
※グラナダ 元ジオン公国の月面軍事拠点。現在は地球連邦軍が接収。


 ガンダム3号機のコクピットが閉じる。
 ミナはシートベルトをするとシステムチェックを始めた。
「戻ってきたよ。ガンダム」
 ガンダムは新型のMA−80ライフルを掴むと通称"キャッツ"と呼ばれるカタパルトに向った。
『"フレア3"所定の位置につけ』
 Fガンダムが指示のとおりカタパルトに足をかけた。
『お帰り、"リトル"』
 ナビゲーターが挨拶交じりの誘導をした。
「ただいま、エッグ。留守の間に何かあった?」
『あるぜ、フレア1とエイプリル1が接近だ』
「うっそ! まじで?」



 指揮席についたモニター越しにカタパルトに載ったFガンダムを見つけた。
「"リトル"の復帰ね。大丈夫なの? 彼女」
「さあね、どうなんでしょ?」
 横に立つ副官は素っ気無く言う。
「彼女はいいパイロットだわ」
「そうですね」
 ライスは足を組みなおすと口に指をやりモニターを見つめる。
「私は好き。だって彼女ってすごく、かわいいんだもの」



13、ダークスター

二稿目

 死者だけが戦争の終わりを見た――

 何故かその言葉だけが頭に残る。モビルスーツに乗り込む時はいつもそうだ。
 宇宙空間に一機の黒いモビルスーツが漂っていた。
 生命維持装置のみの最小限の電力のみを残し全て停止させていた。
 パイロットは目を閉じて、じっとその時を待っていた。
 電源の落とされたコクピットは真っ暗で何も見えない。

 ガンダム

 数日前、戦ったモビルスーツの事が彼の頭に浮かんでいた。
 RX-78連邦軍最強のモビルスーツ。それを三機も相手にした。機動性はRGM-79などより格段上だった。あの動きには最初、手間取ったが対戦すればどうということはない。全て対処できる範囲だ。撃墜できる相手。
 だが、あの時、敵を追い詰めながらなぜ墜落せなかったのか?
 パイロットは手をヘルメットのシールドに当てた。
 ガンダムと対戦した時の映像がフラッシュバックする。開いたコクピットに見えた連邦のパイロット……見覚えのある気がした。

 殺してはだめだ――

 あの時、確かにそう意識の介入が入った。
「何故お前は邪魔する? 」
 酷い頭痛と手足の痺れ。
 もう"ひとり"が口を出す時はいつもそうだ。
 厄介な奴だ。だが殺せない。
 何故なら奴は"自分"だから。

 忌々しい"もうひとり"

『キングよりダークスターへ――キングよりダークスターへ――』
 暗闇の中、赤いランプが点滅しだした。本隊からの通信で思いが中断される。
 力は自分の方が強いはずだと信じていた。
 しかし、最近のあいつの予想以上に意思は大きくなっている。
 そして、あの介入!
 戦闘時に身体のコントロールを一瞬、奪われた。あれで撤退せざる得なくなった。
 パイロットは思い出すと苛立ちが増した。
 何とかしないと身体が奪われる。もうひとりの自分に。こいつは上手くない。そんな事になれば作戦の遂行もできなくなる。任務遂行こそが自分にとって"生きる証"であり目的だった。
 それを阻止する者は誰も許さない!

「こちらダークスター」
 パイロットはようやく返信をした。
『何かあったのか?』
「いや、何もない。ミノフの影響でよく聞き取れなかっただけだ。それよりなんだ?」
『獲物が接近中だ。コロンブス級2、サラミス級1、モビルスーツは確認できたものは4機だが他にも積載されている可能性がある』
「了解、キング。対処できる範囲だ。いつもどおりやる」
『OK、ダークスター。グットラック!』
 コクピット内の電源が入り各計器類の照明が点灯を始めた。ほぼ同時にスクリーンに宇宙空間が映し出される。その隅に小さく画面が割り込んだ。中には他の機のパイロットが映った。
「ヘンデ、起きろ、出番だ」
 モニターのパイロットは大きく背伸びをする。
『やっと出番? 待ちくたびれて寝ちゃったよ』
「出るぞ。援護を頼む」
『いつものようにだろ? 了解、任せて』
 宇宙空間を漂っていたゲルググのモノアイが点灯した。単発的に噴出すバーニヤが体勢を整えると背中の噴射ノズルが一気に噴出する。
 強烈な加速に一瞬、シートに身体が押し付けられる。パイロットはそのピーキーな感触に心地よさを覚えていた。制動性は悪くなるが彼は好んでこの急速発進を多用していた。パワーを押さえ込むような感覚が好きなのだ。
 高速で宇宙空間を移動するゲルググ。すぐに巡洋艦が輸送船を挟むように航行する船団が見えた。

いた!

 対空砲火が始まった。慌てているのかまだ射程距離外での発射だ。

 注意を削ぐ気だな

 パイロットは左右のモニターを確認した。数機のモビルスーツたちが展開しようとしている。
「エンジェル!」
 ゲルググに並行して飛んでいたビットが方向を変えた。周囲のモビルスーツに銃口を向けるとビームを発射した。
 黄色の高熱粒子が白い機体を打ち抜く。一瞬で4機のモビルスーツが堕ちた!
 残骸の中に身を潜めるコルベット艦の艦上にドーム状の突起物があった。ビットのコントロールコクピットである。中にいるパイロットは敵機の死を感じ取りほくそ笑んでいた。
「命中……」
 船団はパニックに陥っていた。護衛であるモビルスーツを一機に失ったからだ。生き残ったジムたちが黒いゲルググを追いかける。距離が縮まった時、ゲルググは急速に反転した。
 ジムはビームサーベルを抜いた。ゲルググもビームナギナタを始動させる。
「遅い」
 切りかかるジムを腕を回転させたビームナギナタが切り落とした。切断面に火花を散らしながらジムはゲルググから離れた。ビームライフルがジムを背中を打ち抜く。白いモビルスーツはピンク色の火球となった。
 仲間のジムがビームを撃ってくる。しかしビームはゲルググの手前で拡散してしまう。
 黒いゲルググはRGM−79ジムの部隊に向き直った。
「無駄だ。対ビームシールドにメガ粒子は効かないんだよ」
 RGM−79の一群に黒いゲルググが突入していく。攻撃を全て弾き返す敵に連邦軍のモビルスーツ部隊はパニックに陥っていた。
「こんな相手、どうすりゃいいってんだよ!」
 一機のジムのパイロットが機体を反転させた。背後からゲルググが襲い掛かる。
「哀れだぜ! 連邦さんよぉ!」
 ゲルググの放ったメガ粒子ビームが逃げるRGM−79ジムたちの機体を貫いていった。



14、もう一人


一機のガンダムがコロニーから姿を現した。
ガンダムはコロニーの壁面を数十メートル歩くと停止した。
『リトル、準備はいいか?』
「いつでもどうぞ」
 ターゲットが発射された。それと同時にガンダムも宇宙空間に飛び出す。無人ターゲットはガンダムの周りを取り巻くように散開すると模擬レーザーを放つ。ミナの操作するガンダムはそれを避けながらターゲットを射撃した。

モニターを見つめるナッシュは脇に置いてあったコーラを掴む。
「70%撃墜。初めてにしては上々じゃないか?」
『だめだよ、そんなんじゃ。リセットしてもう一回トライする』
無線を聞きながらナッシュは首を振った。
「熱が入ってるわね」
その声にナッシュは慌てて立ち上がった。
「ライス艦長!」
「気にしないで続けて」
ライスは椅子を引っ張ってくるとナッシュの横に座った。
「どう? 彼女の様子は」
「いい線いってると思うけどミナ准尉は納得していないみたいです」
「ふーん……」
 曖昧な返事をしながらライスはモニターを見た。
画面の中では白いモビルスーツが宇宙空間を駆ける姿を映し出していた。
「彼女とは長いの?」
「は?」
「ミナ准尉とは軍に入る前から知り合いだと聞いてるわ」
「は、はい。サイド2で育ちました」
「どんな子だった?」
「ミナ…いえ、ハンサカー准尉ですか?」
 ライスは軽く頷いた。
「あいつ…いえ准尉とは家が近所でした」
 ライスは手に持ったカップのストローを銜えた。
「どんな子だった?」
「どちらかというと内気でした。モビルスーツのパイロットになったのが今でも信じられません。ただ……」
 ライスはナッシュの顔を見た。
「直感というか、勘がよかったです。そいつとモビルスーツのパイロットとしての能力は何か関係あるかも。そういえばあいつ一度キレた事があって…」
「ミナが? 想像つかないわね」
「よくあることです。いじめっ子の度の過ぎる悪戯。毎日からからかわれてね。ところがある時、ミナがそいつを伸しちまったんです」
 ライスは口笛を吹いた。
「あの時は驚いたなぁ」
「彼女、格闘技を?」
「いえ、何も」
「そんな子がどうやって」
「当たり所が良かったのかどうなのか…とにかくラッキーパンチでしたね。面白かったな」
 ライスは笑いながら別のモニターを見た。白いノーマルスーツのパイロットが忙しなくレバー操作をしている。
「勘のいいパイロットか……」
 ライスは、そう呟いた。


 訓練を続けるミナは再びターゲットに集中していた。

 何?

 その時、背後に何かを感じた。
「ターゲットじゃない?」
 バーニヤをコントロールして機体を急旋回させる。背後には広大な宇宙が広がるだけだった。残留するミノフスキー粒子の為、多少、障害を起こし気味ではあったがレーダーに機影はなかった。ただ彼方にデブリ群が映りこんでいるのみ。
 ミナは感覚を研ぎ澄ました。漠然とした何かの感じる方向を探した。
 デブリ群の方向を見つめる。
『どうした? ミナ』
 ナッシュから通信があった。
「うん? なんでもない」
 ガンダムは再び機体の方向を変えた。


 デブリ群の中から彼方のガンダムを見つめる視線があった。
 ムサイ級らしき残骸の中に潜んでいたそれはかつてニュータイプ用の攻撃兵器として開発されたエルメスに酷似している。
 コクピット内のパイロットはバイザーを上げた。
「あのパイロット、さすがに勘がいい」
 少年の面影を残すパイロットはそう呟くとニヤリと笑った。
 気がつくと計器パネルにシグナルが点滅するのを見つけた。単純な信号を感知しランプに連動させた単純なシステムだがそのパターンは当然、暗号化されている。そしてこのサインは帰還命令だ。
「ちっ、ガンダムめ……命拾いしたな」
 漂わせていた遠隔攻撃ユニットである"ビット"に撤収の指示を出すとエルメスはゆっくりと残骸から離れていった。
それに追随するように"ビット"の群れが集まってくる。後部のハッチにビットを収容するとモビルアーマーはその宙域
から飛び去っていった。


 ガンダムの訓練の様子に飽きたのかふいにライスはモニターに向うナッシュに声をかけた。
「あっ、ところでミナは誰と付き合ってるの?」
「えっ!」
 突然の上官の質問にナッシュは目を丸くさせた。 しかも予想外の。
「あ、あのどういうことでしょう?」
「どういうことって、彼女、恋してるように見えたから」
「本当ですか?」
「君、知らないの?」
「知りません。何も」
 ナッシュは動揺した。
「私はてっきり君だと思っていたのに」
「そんな…ありえません!」
「君とミナが付き合ってる事? それともミナに男がいた事?」
「後の方……いえ! その……」
 焦るナッシュの横でスピーカーが鳴った。
『今のどうだった? ナッシュ』
 慌ててマイクを取ろうとしたナッシュだったが手が滑って落としてしまう。
『ナッシュ?』
「ターゲット撃墜率85%。まずまずじゃない?」
 マイクを拾ったのは艦長のライスだった。
『だれ? 艦長ですか?』
「ごきげんよう。ミナ」
『ど、どうも。なんで艦長がそこに?』
「ちょっとした調査」
『調査? で、何か分かりました?』
「どうかしら。まだ私の知りたい事は分かってないし」
『そうですか……あの、訓練を続けても?』
「いいわよ。がんばって」
『ありがとうございます』
 通信は切れた。
 ナッシュは横で迷惑そうな顔でライスを見た。
「まったく……一体、何しに来たんですか? 艦長」
「ん? 暇つぶし」
 ライスは笑顔で肩を竦めた。


 民間のサルベージ船に偽装したコルベット艦がライトを点滅していた。
 グレー色のモビルアーマーがそれを目指して接近を続ける。
「ミハエル・ヘンデ、着艦する」
 コルベット艦の先端の甲板が開かれていった。モビルアーマーはその上方まで接近すると静止した。細いワイヤーフックが掛けられるとゆっくりとモビルアーマーを回収していく。しばらくするとモビルアーマーは甲板に上部だけを突き出して収まった。開いていた甲板が閉じられていく。
 ダークグリーンのジオン軍のノーマルスーツを着たパイロットが気圧室から出た、スモークのかかったヘルメットを取ると鮮やかな金髪が一瞬広がった。
 パイロットが息をつくと通路の壁に寄りかかった人影を見つけた。同じくジオン軍のノーマルスーツを着ている。
「やあ、ファントム。君もミッション終了?」
 少年はそう軽口をたたいた。
 壁に寄りかかったファントムと呼ばれた男は少年を睨みつけた。
「どこに行っていた?」
 その視線の鋭さに少年は一瞬怯んだ。
「ど、どこって、偵察任務だよ」
 目を逸らす少年の胸倉が突然、掴まれる。
「な、なんだよ!」
 男の手が少年の身体が勢いよく壁に押し付けられた。はずみで頭が壁に当たる。
「偵察任務なんて出てねえ。てめえの独断行動というのは分かってるんだ」
「だから何? あんただけが特別扱いだと思ってるの? ファントム」
「なめた口を聞くなよ? 小僧」
「ガンダムを仕留めそこなったくせに」
 ファントムの眉が上がる。右手が少年の首にかけられた。
「よ、よせ……」
 手に力の込められていく。
「何やってる! よせ!」
 通りがかったクルーが二人を見つけて止めに入った。
 ファントムは少年の首から手を離しすと背を向けた。喉を詰まらせその場にうずくまる少年。
「アンタ、最近なんだか様子がおかしいよ」
 少年は咳き込みながら言った。
「あのガンダムに関わったからだ。」
 ファントムは無視してその場を去っていった。少年はまるで主人を見上げる犬の様な目でその場を離れる男の背中を追っていた。
「ぼ、僕はアンタの事を心配してんだ……ファントム」


 ノーマルスーツから普通の服に着替えたファントムは医務室にやって来た。
「聞いたぞ。ミハエルを痛めつけたそうだな。手荒な真似はするな。あれもお前と同じ貴重なジオンの戦力なんだ」
 ツナギ姿の男はそう言うと注射器を取り出した。
「余計な真似をするからだよへンデンブルグ教授。あのガンダムは俺が仕留める」
 ファントムは右手を腕まくりした。
「それにあの小僧には出撃命令も偵察命令も出てねえんだろ? 制裁を加えただけだ」
「そいつは大佐の役目だ。お前がやることじゃない。それに……」
 言葉を止めるヘンデンブルグにファントムは顔を向ける。
「あの子はお前さんが心配なんだよ。表現の仕方は不器用だがな」
「……早くしてくれ、頭が痛くてかなわねえ」
 催促するファントムの腕に注射器の針が当てられた。
「ところでロウの様子はどうだい?」
「ああ……あいつ、最近浮かれてやがる」
「そうか、例の連邦軍の女だな?」
「あの女は……」
 血管に流れていく薬品のせいでファントムの意識が次第に遠のいていく。
「……何とかしねえと」
 意識がなくなりそのままファントムはベッドに横たわった。
 へンデンブルグはそれを見届けると受話器を取った。
「大佐、ファントムを"収容"しました」
 


15、サプライズ

 その日、サラミス級巡洋艦エイプリルは極秘に出航した。
 サイド5のコロニーがゆっくりと遠ざかっていく行く。
 ミナはガンダムのコクピットにいた。
 制御装置の調整をひたすら続けていた。整備兵のナッシュが顔を出す。
「俺たちの整備じゃ心配なのかい?」
 開かれたキャノピーに手をかけてナッシュが言った。
「ん? そんなわけじゃないけど……」
「こう見えてもミナの好みのセッティングは知ってるつもりだぜ」
 そう言ってナッシュが笑いかけた。
「そうだね、ナッシュは昔から私の事知ってるもんね」
 笑顔を返すミナの顔はどこか寂しげだ。
「何してんだ? 二人とも」
 無重力の中、デイモン大尉が飛んできた。
「大尉」
「整備か。いい心がけだが、けどお前、ちゃんと寝てないんじゃないのか?」
「い、いえ……」
「体調管理もパイロットの重要な仕事だぞ」
「でも」
「いいから寝とけ。なんなら命令するか?」
「いえ……はい」
 ミナはコクピットから出ると出入り口に向かって飛んだ。
 体がゆっくりと降りていく。その姿をデイモンとナッシュの二人は見送った。
「コロニーから出航する直前から彼女の様子が変だ。何か心当たりはあるか?」
「は、はあ、特に……いえ」
「どっちだ?」
「あ、あります。多分ですが……」
 ナッシュは言葉を濁した。
「はっきりしろ」
「男だと思います」
 デイモンは片眉を上げた。
「恋愛で?」
「相手は知りません。でもコロニーで知り合った奴だと思います」
 デイモンは首を横に振る。
「どうしましょう?」
「どうする? 俺に聞くか」
「だって大尉は小隊の指揮官じゃないですか?」
「ま、そうだが……俺だったらヤケ酒飲んで騒いでウサを晴らすがな」
「そんなタイプじゃないでしょう」
「だが思いついたことがある。お前も協力しろ、曹長」
「はっ?」


 ― サイド5コロニー群に近いデブリ宙域 ―

 サイド5周辺はルウム戦役において連邦軍とジオン軍の本格的戦闘が行なわれた場所である。ジオンはモビルスーツの実戦投入を行いその後の戦闘のカタチを変えた。ジオンの圧勝とはいえ、双方数千人の戦死者を出す。さらにはコロニーが破壊され数万の民間人を巻き込んだ。
 そして現在でも死体を積んだままの宇宙戦艦の残骸が宇宙を漂っている。


 コロニー11バンチの残骸が漂う中、ムサイ級巡洋艦数隻がひっそりと航行していた。艦同士の距離は近く、操舵手の腕の良さが辛うじて接触を起こさずにいた。
「今のはやばかった」
 残骸を寸前で回避した操舵手は思わず口走る。
 目的のポイントに到着した3隻のムサイ級は推進エンジンを停止すると赤いライトを点滅させ始めた。それに反応するようにコロニーの残骸から返信もライトが点滅する。同時に暗い宇宙空間に幾つもの光が一斉に点灯した。それは滑走路の様に宇宙空間に道を作りコロニーの中に繋がっていた。
「手際がいい」
 ムサイの艦橋からその様子を見つめながら艦長のスワイン少佐は呟いた。
 内部に入ると一隻のサルベージ船が待機していた。
「識別不能な艦を一隻確認しました。表面上は武装は確認できません」
「合図を送れ」
 オーソドックスな点滅信号がやり取りされ、かつてジオン公国軍の主力艦とサルベージ船が接触しそうなくらいに接近した。ムサイの中からノーマルスーツを着た数人が出るとサルベージ船に乗り込んでいく。
「ジークジオン」
 サルベージ船に乗り込んだジオン軍将校が手を上げた。
「ジークジオン」
 サルベージの船長が返す。
「元ジオン軍第102遊撃艦隊所属スワイン少佐だ」ジオンの将校がそう名乗った。
「特殊作戦部隊のルントヘッド大佐。"現"だ」
「失礼しました、大佐」
 目の前の人間が上官だと気付くとスワインは慌てて敬語になった。
「我々は"寄せ集め"ですので。皆、他の艦隊からの生き残りでして」
「分かっている。戦いを生き抜いた精鋭だ」
「ありがとうございます」
 スワインは敬礼した。
「顔を合わせは終わったかな?」
 老人が顔を出した。 この会合をセッティングした人物だ。
「まあね」
 ルントヘッド大佐は肩を竦める。
「さてムサイ級が3隻、あと……モビルスーツは?」
「ザクU6機、リックドム3機」
「いい数だ、大した戦力になる」
「あなたは? 大佐」
「モビルスーツとモビルアーマーが1機ずつ。それとこの偽装したコルベット艦」
「いい戦力です」
 そう言ったスワインは手持ちの戦力に優越感を持ったのか口元が笑っていた。
「大佐の部隊にいるのは黒いゲルググだ。スワイン少佐」老人が少佐を睨みつけた。
「黒い…? あの"ファントム"ですか?」
 大佐は黙って頷いた。スワインの顔色が変る。
「双方納得いったかな?」
「あ…いえ」スワインが慌てて言う。
「君たちは知らないだろうが私は幾つも君らの様な兵士を支援している。その意思は明確、ザビ家の意思の存続とジオン・ダイクン氏の理想実現の為だ。君たちも全く同じとは言わないが似たような信念を持っていると思っている。それが君らを支援する理由だ」
「感謝してます、ルッテンハウトさん」
「戦争は消耗戦だ。この数ヶ月で行なった"サボタージュ"で連邦軍に与えた損害は私が使った金の数十倍に達する。連邦軍全体に対しては微々たるものだが私はそれを更に増やしたい」
「私設軍隊を作る気ですか?」
「いや、そこまでの力は私にはない。ただ連邦軍に与える損害を大幅に拡大させたいのだよ。それができる情報を私は掴んだ。そのために君たちに協力を頼みたい」
「情報?」
「近いうち核を輸送した隠密の輸送船団が付近を通過する」
「核?」
 ルントヘッドとスワインの顔つきが変った。
「そいつを奪う気か?」
「そのとおり。大佐の"ファントム"はいい"手駒"だが核を奪取する作戦には人手がいる。少佐の艦隊は小規模ではあるが輸送艦に乗り込んで"物"を奪取するだけの人員がある。協力して作戦を行なえば成功の確率は高くなるだろう」
「すばらしい!」
 スワイン少佐は笑みを浮かべた。
「これで連邦に一泡ふかせられる」
「慌てるな、少佐。まだミッションプランの詳細もできてない」
「久しぶりの吉報につい。すみません、大佐」
「作戦は君ら専門家に任せるということでいいかな?」
「結構です。ルッテンハウトさん」
「それから、ささやかだがスワイン少佐の艦への補給物資を持ってきている。後で積み込むといい」
「あ、ありがとうございます。このミッションは必ず成功させてみせますよ。アースノイドに死を、だ!」
 一人はしゃぐスワインをルントヘッドは怪訝そうな顔で見た。


 ミナはナッシュに呼び出され格納庫に向かった。
 整備作業は珍しく全て終わっているらしく照明は殆ど消されていた。通路を照らす小さなライトがあるだけだった。
「ナッシュ! どこ?」
 薄暗い格納庫の中、ミナは並ぶMSの間を歩いた。3機目のガンダムを通り過ぎようとした時、突然、ライトが照らされた。
「え?」
 ガンダムの手に誰かが乗っていた。逆光の中、目を凝らして見るとそれはミナの上官だ。
「デ、デイモン大尉?」
 玩具のメガネと鼻を付けたその姿はミナが知ってるデイモンではなかった。
「……ですか?」
 デイモンは咳払いをすると後ろに隠していたマイクを取り出した。
「レディース&ジェントルメン! 今宵はミナ・ハンサカー19回目の誕生日だ! みんな思い切り祝ってくれ!」
 格納庫中の照明が点灯すると軽快な音楽が流れ始めた。それと同時にどこに隠れていたのか、整備スタッフや他
の部署の兵士たちがクラッカーを鳴らす。
「ハッピーバースデイ! ミナ」
「おめでとうございます! ハンサカー准尉」
 口々に祝いの言葉をいう仲間たち。ミナはサプライズな出来ことに呆気にとられていた。
「あ、ありがとう…でも」
「おめでとう、准尉」
「か、艦長。どうも」
 艦長のライスが包みを渡す。
「ありがとうございます! 艦長。でも私……」
「恋は女を綺麗にするのよ。いい恋をしてね」
 そう言ってライスは片目をつぶってみせた。
「はい……」
 肩に誰かの手が置かれた。振り向くとデイモン…らしき人がいた。
「リトル、オメデトウ」
 ヘリウムガスを吸っているのかその声は甲高い。
「た、大尉。自分は何がなんだか……」
「オマエの誕生日だろ? 楽しめよ!」
 そう言ってデイモンはミナの背中を勢いよく叩いた。
「うわっ は、はい。でも……大尉?」
 ミナが何か言いかけたがデイモンはさっさと、どこかに行ってしまった。彼はこのパーティーを楽しむ気満々の様だ。
 会場と化した格納庫では音楽に合わせてダンスする者もいるもいれば談笑する者たちもいる。
 もうミナの誕生日パーティーではなくなっているようだ。参加者全員が楽しみハジけている。
 ミナは椅子に座り込んで出された飲み物を飲みながらパーティーの様子を眺めていた。時折、見慣れない乗員がミナに祝いの言葉を言ってくる。そのたびに愛想笑いをしていた。
「ここいいかい?」
 ナッシュがミナの横に座った。
「ああ、ナッシュ。一体、どうなっているの?」
「何って、お前のバーズデイパーティーでしょ」
「でも……」
「何?」
「私の誕生日は3ヶ月後だよ?」
「気にすんな」
「気にするなって言ったって」
「でも、誰が言ったのかしら?」
 目をそらすナッシュにミナが気づいた。
「ナッシュ、あなたね!」
「いいじゃないか! ほんの1440時間ほど早いだけだろ?」
「いいわけないじゃない。これで本当の誕生日が来たとき、どんなに気まずいか」
「その時はまたパーティーすればいいさ」
 そう言ってナッシュは無邪気に笑った。
「プレゼントもう一度貰える」
 ミナは額を押さえた。
「貰えるわけないじゃない!」
「まあ、気にしない、気にしない」
 この騒ぎにナッシュが関わっているのは明白だたが彼に悪気はなさそうだ。
「もう……」
 ミナは抗議を諦めテーブルに置いてあったグラスのドリンクを一気に飲み干した。
「あ…それ俺の酒だぜ」
 ミナの顔が一気に赤くなる。
「うわ……なんか頭がクラクラする」
「当たり前だ。そんなに一気に飲むもんじゃないぞ」
「なんだかもう、どうでもよくなっちゃった」
 ミナの様子に変化が起きていた。表情はどこかにこやかだ。
 音楽が変わった。ミナの好きな曲だ。
「私も踊るぅ!」
 ミナはそう叫ぶとダンスを楽しむ人の中に飛び込んでいった。
 様々な人々の思惑を抱え宇宙での時間は過ぎていく。
 そして双方の衝突も近いのだ。



16、ハウンド


 連邦軍の輸送船団が宇宙空間を進んでいた。
 戦後、急造されたのか大型ではあるが見慣れない船体形状だった。
 その航路は"問題の多い"サイド5周辺を避けた"燃料を喰う"ものだった。しかしこの日だけはいかに燃料を消費しようと危険は冒すわけにはいかなかった。護衛もないその船団は6隻あるうちの5隻はカモフラージュだった。一隻には南極条約において使用を禁止された数個の"核兵器"を積み込んでいた。連邦軍が最悪な事態に備えてあるコロニーに隠していたものだった。連邦は秘密裏にルナツーに運び込み何事も無かったように処理するつもだった。
 当然のその輸送航路も秘密で輸送作戦部外者に漏れるはずなどないはずだった。

 しかし――

 ジオン残党のスポンサー、ルッテンハウトの情報網には、そのコースは"筒抜け"だった。
 彼の運営する会社は連邦軍の補給展開に大きく関わっているのだ。そして彼の正体は反連邦政府主義だ。
 そして輸送船団がある宙域に接近した時、ある行動が開始されていた。


 彼らは暗黒の宇宙に身を潜めていた。
 忍耐強く寝物が傍に近づくのを獲物を待ち構えていた。
 ノーマルスーツに着替えたファントムはゲルググのコクピットに乗り込むとシートに深く座り込んだ。
 マルチスクリーンの小画面が映る。
『"ダークスター"、調子はどうか?』
 指揮官の顔が映りダークスターと呼ばれて男の顔を見つめる。
「よくねえ、頭痛が酷い」
『いつから』
「ついさっきからだよ。薬は飲んだぜ」
『待ってろ、ドクターをまわす』
「必要ねえよ。きっとすぐ収ま……」
 "ダークスター"は指揮官の背後が慌しくなるのに気がついた。
『目標が近づいたようだ。すまんな』
「大丈夫だ」
「念を押すが本当にいけるのか?』
「やってみるさ」
『そうか……グットラック、"ダークスター"いや? 今では"ファントム"と呼んだ方がしっくりくるかな?』
「ふん、つまらねえ」
『期待してる』
 ルントヘット大佐はニヤリと笑うとモニターを切った。
「やってみせるさ……やるしかねえんだろ?」
 格納庫のライトは消されていて誘導の為の僅かな光だけが宇宙空間への"道"を照らしていた。
 闇の中から黒く塗装された特殊装備で不恰好になったジオンのモビルスーツ、MS−10ゲルググが姿を現した。
闇の中でモノアイが一瞬光る。同時に腹部のガス噴出口からガスが排気された。
 格納庫のハッチが開かれ空気が一気に噴出されていった。傍にいた整備兵が手すりに捕まりながら敬礼をする。
黒いゲルググは巨大な手を頭に持っていき敬礼のポーズをとった。
「"ダークスター"ゲルググ改。出るぜ」
 黒いゲルググは宇宙空間にダイヴするように艦から発進した。ゆっくりと艦の後ろにつくと用意していた宇宙空間でのカモフラージュ用の通称"凧"と呼ばれる黒いシートを宇宙空間に広げた。ゲルググの姿は隠れ、正面から見る限りはシートは宇宙空間の闇と同化していた。


「救難信号キャッチ!」
 オペレーターの声に輸送船の艦長レインウッド少佐が振り向いた。
「レーダーは使えるか」
「濃度の濃いミノフスキー粒子が残留していますのでなんとも……」
 別のオペレーターが船外の何かに気付いた。
「正面にライトの点滅を確認しました」
 その声に艦長は顔をデッキの外に向けた。見ると前方で光が点滅している。一定のパターンで繰り返される点滅は宇宙艦乗組員なら誰にでも読み取れる救助要請の合図だった。
「どうします?」
 不安げなクルーの問いに艦長は頭を掻いた。
「放っておくわけにもいかんだろう。とにかく接近して状況を見る」
 輸送船団は予定のコースを外れて救難信号を送る船に接近していった。
 しかしそれは飢えた狼の群れの中だったのを船団のクルーは知らない。


 カモフラージュの黒い"凧"を全面に広げたムサイはゆっくりと獲物に近づいていた。
 既に手持ちのモビルスーツ群も既に発進済みでムサイの後方に寄り添う様に進んでいた。当然、それに隠れて機体は正面からでは確認する事ができない。
 後方につけたモビルスーツのパイロットたちは交信をせず、忍耐強く合図を待った。
「艦長、まだでしょうか?」
 痺れを切らした副官が艦長のスワイン少佐に問う。
「アタックのタイミングは大佐に任せてある。我々は従うだけだ」
「少佐はあの大佐を信用しているので?」
「俺がここまで生き残ったのは偶然ではない。戦局を見抜く"直感"だ。俺の勘は、あの大佐を"やる"男だと告げている」
「そうでしょうか? 自分にはどうも得体の知れない感じがして……」
「そうだな。俺も実は全部、信用しているわけではない。だが何かあればこちらの方が戦力は上だ」
 スワインはそう言ってニヤリと笑った。



 輸送艦ではモニターをズームアップさせていた。
「残骸が散乱しているな。何かと衝突したのか?」
 クルーが映像の状況を簡単な推理をして言った。
「通信はどうか?」
「それが、雑音が酷くて」
「妙だな……ルウムの暗礁宙域からは離れているのに」
「ジオンの生き残りにでも襲われたんじゃないの?」
 気の良さそうなクルーの一人がそう言った。その言葉に周りが一瞬押し黙る。そのクルーも自分の言った一言が余計だった事に気がついた。
「通信、捕まえました!」
「スピーカーに」
 艦長の言葉で通信はスピーカーに切り替えられた。
『こちらはサルベージ船"バナナフィッシュ"。海賊に襲われて航行不能に陥った。救助も求める』
 通信は繰り返された。
「やはり海賊か。宇宙航行法によれば救助は最優先事項だな」
 艦長は軍帽を被りなおした。
 不恰好な輸送船たちはゆっくりと漂うサルベージ船に近づいていった。


 その頃、サイド5のあるコロニー……

 住宅地から離れた場所にその豪邸は建てられていた。
 それはサイド5の有力者で資産家でもあるルッテンハウトの家だった。金に糸目をつけてないようなゴシック調の建
物は彼が"特別"だというステータスの証でもあった。
 建物の周りは大きな柵で囲まれていたが、その道路沿いには数台の黒いバンが停まっていた。見たような会社の名前が書き込まれたボディだったがその中はまるで違う目的の為に集まった人間たちがいた。
「監視カメラのシステムに入った…他のセキュリティーも……」
 コンピューターのキーボードを叩き終えた若い男が言った。
 モニターの画面が一気に切り替わる。
「制圧完了」
 男は眼鏡を掛け直すと得意げにそう言った。
「各ユニットスタンバイ。合図を待て」
 傍に立っていたリーダーらしき男が手に持ったトランシーバーに向って言った。
「よし、やれ」
 それを合図にコンピューターのキーボードが再び叩かれ始める。屋敷内のカメラの映す画面は瞬きする間に静止画面に切り替えられた。
 アサルトライフルを構えたアーマースーツの隊員が突入を見計らう。
「ユニット、"眼"と"耳"を奪った。突入開始!」
 情報部の人間の合図と共に戦闘部隊が屋敷に突入が開始された。訓練して動きで素早く出入り口から侵入していく。
「抵抗するな!」
 ボディガードの殆んどは突然の奇襲に抵抗もしなく手を上げたが数人がそれを拒んだ。
 銃に手をかけようとした瞬間、あるいはそれに似た仕草をした時、特殊部隊の隊員は躊躇なく引き金を引いた。
「クリア!」
 屋敷の各所を制圧するごとに声がかけられる。ものの数分も立たないうちに屋敷は特殊部隊によって完全掌握されてしまう。
 鍵の掛かったドアが乱暴に蹴破られる。
「動くな!」
 アサルトライフルを構えながら突入していく数名の隊員。だがその部屋にいたのは椅子に座った老人ひとりだけだった。
「騒がしいな」
 老人は静かに言った。
「ルッテンハウトか?」
 隊員の一人がライフルを構えたまま言う。
 老人はゆっくりと頷いた。
「逮捕状が出ています。大人しく同行してください」
 攻撃的な様子とは裏腹に言葉は丁重だった。
「何の容疑だね」
「テロ行為の幇助と違法な取引の疑いです」
 ルッテンハウトは薄ら笑いを浮かべた。
「連邦はこの老人に夢もみせてくれんのか」
 ルッテンハウトは椅子から動こうとしなかった。
「ミスタールッテンハウト、どうか我々にご同行を……」
 その時、隊員はルッテンハウトの右手に握られた何かの装置に気がついた。
 ルッテンハウトの表情は連行されえるというのに勝ち誇った表情だ。

 この老人は、なぜ笑う?

 その時、手に持った装置とが彼の頭の中でリンクした。
 これは危険な事なのだ。
「危ない! 下がれ! 下がるんだ!」
 危険を察した隊員は他の隊員を押し出すように叫んだ。
 次の瞬間、部屋は光と炎に包まれた。
 爆発の轟音が響いた。ガラスを吹き飛ばしながら黒い爆煙が上がる。
 それはジオンの亡霊の一人の最後だった。



17、エネミネート

二稿目

「栄光あるジオンの兵士諸君、作戦開始だ」
 それを合図に次々と発進するジオンのモビルスーツ群。
 ザクが輸送船団を包囲していく。
「護衛もない輸送船団などちょろいぜ」
 不恰好な輸送艦に並行するように位置したMS-08リック・ドムのパイロットが口走る。
「油断するな。作戦の本番はこれからだ」
 隊長機が気の緩む部下を叱咤した。
 その後、先頭の艦にMS-08リック・ドムの手をタッチさせると通信を入れた。
「輸送船団に告ぐ。我々は貴艦らを沈める用意がある。大人しく停船せよ。繰り返す。停船せよ」
 ブリッジの乗組員たちは顔を見合わせる。
「な、なんでこんな所にモビルスーツ隊が?」
「話が違うぜ」
「うろたえるな!」
 艦長が一喝した。一瞬で押し黙るブリッジの乗員たち。
 艦長は帽子をとると頭を掻いた。
「いまだにこんな手駒があるとはジオンの生き残りめ。よくやる」
 船団を追い越した二機のMS-06ザクUが行く手を遮る。120mmマシンガンを先頭の輸送船に向ける。輸送船が逆噴射をしスピードを緩めた。
 モビルスーツ隊が包囲網を縮め始めた。
 その様子を偽装コルベット艦の後方でファントムはずっと見つめていた。
「気にいらねえな……」
 何か嫌なフィーリングを感じとっていたファントムはゲルググ改のコクピットの中でそう呟いた。
 航行を中止した船団に対しリック・ドムのパイロットは次の要求を出した。
「この船団のどれかに"ビッグボーイ"(核兵器)が積まれているはずだ。該当する船は速やかに申し出てもらいたい。
それがお互いの為でもある」
 それを聞いた艦長は深呼吸を一息すると帽子を被りなおしマイクを取った。スイッチを艦内放送に切り替える。
「艦長だ。現在、本船団はコード・レッドに陥った。だが作戦は実行中である。諸君らの行動に期待する」
 スイッチをオフにした艦長は船外のジオンのモビルスーツを睨みつけた。
「ジオンの亡霊どもめ」
 オペレーターに外部通信に切り替えさせると再び通話ボタンを押した。
「こちら船団指揮官のレインウッド少佐だ。そちらの言う荷物は目録にない。おそらく何かの手違いではないかと思うが」
『とぼけるのは得策ではない。指示に従え、連邦軍士官』
「こちらはそちらの言う荷物が何なのか分からない。詳しい説明を頼む」
 それらしい言い訳で時間を稼ぎながらレインウッドは"合図"を忍耐強く待った。
 船団の指揮官はチャンスのタイミングを待っていた。
 しかし予想外の敵戦力の登場に予定していた次の手を出せずにいた。フィールドには"風"がなく船も作戦も進まない。彼は少し考えた後、"風"を呼ぶ事にした。

 一隻の輸送船からライトが規則的に点滅した。包囲していた一機のMS-06ザクUがそれに気付く。
「こいつぅ! 何をした!」
 120mmマシンガンを向けると点滅ライトに向って発砲する! 小規模な爆発が起きた。
「誰だ! 発砲したのは!」
 側面から接近していたムサイ級の巡洋艦"トルネード"の艦橋では部下の独断行動にスワイン少佐が腹を立てていた。
『大尉! 部下を抑えろ!』
 ミノフスキー粒子でノイズ混じりの無線から怒鳴り声が聞こえる。
「ちっ」
 MS-08リックドムに搭乗していた部隊指揮官のエクスポゼ大尉は苛立ちながら発砲したザクUのパイロットを呼び出した。
「ナイト3! 勝手な真似はよせ! この馬鹿が」
『し、しかし…大尉。こいつら何かの合図を出してました』
「合図?」
 その時、目の前にメガ粒子砲の光の矢が通り過ぎる。
「なんだと?」
 エクスポゼはカメラを望遠に切り替え、砲撃元の方向を映し出した。
「サラミスか!」
 望遠ぎりぎりの位置で連邦軍の巡洋艦の船体シルエットが見えた。
 サラミス級は砲撃を続けていた。メガ粒子砲のビームが宙域の闇を照らした。
『た、大尉』
 通信に部下の一人の心細い声が入ってくる。
「距離があり過ぎる。ミノフスキー粒子の影響でレーダー照射もできないはずだ。当たりはせんよ。それに近くには輸送船もいる。こいつは威嚇だ」
 接近していたムサイ艦隊もサラミスに気付き速度を上げた。
「戦闘配備! メガ粒子砲の充填開始!」
 スワイン少佐は戦闘指揮席に座った。
「偶然通りがかったか、それとも元々船団の護衛か……どちらにしろ邪魔はさせんよ」

 コルベットも状況に気付いていた。
 ルントヘットは敵に向うムサイ艦隊に通信を入れる。
「スワイン、核の奪取が優先だ。サラミスはこちらで片付ける。モビルスーツ隊にも包囲網を解かせるな」
 しかし散布し過ぎたミノフスキー粒子が通信を妨害する。
「ちぃ!」
 舌打ちした後、ルントヘットは通信を切り替えた。
「ダークスター、エンジェル。聞こえるか」
『はい大佐』
『聞こえるぜ』
「先にサラミスを始末しろ。ムサイとモビルスーツ隊を動かさせるな」
『了解』
 カモフラージュの黒い"凧"の後ろからアフターバーナーの光が見えた。そこから飛び出したのは黒いモビルスーツだった。黒いモビルスーツはどんどん加速し、ムサイ艦隊を追った。
 コルベット艦では船体の先端が開かれ始めた。突き出た特記部がその正体を現す。灰色のモビルアーマーがゆっくりと姿を現していった。
「分離完了。"エンジェル"行きます」
『グットラック、"エンジェル"』
 灰色のモビルアーマーはアフターバーナーを点火し急発進した。
「ファントム…あんたは僕が守ってやる」
 加速したモビルアーマーは瞬く間に宇宙の闇に消えていった。



 砲撃しながら前進するサラミス級は急接近する機体に気付いた。
「モビルスーツ隊からじゃないな。どこから湧いて出た」
 艦長は腕組みしながらCG映像を睨む。
「推定速度は通常のモビルスーツの倍です」
 艦長の眉間にシワが寄る。
「ただのモビルスーツではないな。ということは"奴か"」
 その言葉に周りの部下たちに一瞬、緊張感が走る。
 ムサイ艦隊が輸送船団を追い越した時、ようやく黒い"ゲルググ"は追いついた。戦闘のスワイン艦に接近して通信
を入れる。
「少佐、サラミスは俺たちが片付ける。あんたたちは包囲を解かずに獲物を押さえとけとの命令だ」
 生意気なダークスターの口調にスワインは気分を少し害した。
「命令? 誰のだ」
『ルントヘッド大佐に決まってるだろうが』
 さらに自分を上官と思っていないような態度にスワインはさらに腹を立てる。
「モビルスーツ一機に何ができる」
『俺は"ファントム"だぜ?』
 黒いゲルググはムサイ艦隊を追い越しサラミス級に向った。
「出た! "ファントム"だ!」
 輸送船のブリッジ内が興奮したムードに包まれる。
「よーし、作戦開始だ! ドジるなよ!」
 ジオンのモビルスーツ隊は遠ざかる黒いゲルググの姿を目で追っていた。
 その時、一人のパイロットが異変に気付く。
「何?」
 輸送船の外装が外れ始めている。まるで分解をしているようだ。
 パイロットは一瞬、それが輸送船のトラブルなのだと思った。しかしそれは大きな間違いだった。とても大きな……。
 左のモニターに映りこむ輸送船も同じ"現象"を起こしている。
「違う……こいつは事故なんかじゃない……大尉! 様子が変です!」
 次の瞬間、パイロットの乗るリック・ドムの機体は高熱量の粒子ビームに貫かれた!
 誘爆を起こした融合炉が巨大な火の玉になって宇宙を照らした。
 分離していく外装の中から白いモビルスーツが姿を現した。
 連邦軍モビルスーツRX−78Fガンダムだ!
 リック・ドムの爆発でジオンの部隊は、ようやく自分達の置かれた本当の状況に気がついた。輸送船の外装が無重力空間に散らばっていくとその下から連邦軍の巡洋艦が姿を現してく。それも一隻ではない。輸送船団全てがサラミス級巡洋艦に姿を変えていった。
 これは罠なのだ!

 加速し始めのモビルスーツは動きが鈍い。ミナ・ハンサカーは冷静に照準を合わせていった。トリガーが引かれ、ビームライフルから高熱量の粒子ビームが連続して発射されていく。次々と宇宙空間に爆発が起こっていった。
 ミナの表情が歪む。
「嫌な感じ……とても嫌な感じだ」
 3つ目の爆発が起きた後、ミナはビームライフルを下ろした。
 しかしそれと交代するようにサラミス艦隊から一斉射撃が開始されていった。



18、フルコンタクト

三稿目

 サラミスの船体にガトリングガンを構えたFガンダム2号機が立っていた。
「いっけぇ!」
 宇宙空間に無数の閃光が走り薬莢が飛び散る!
 発射された弾丸は漂うダミー外装を粉砕しながら目標に突っこんでいった。ターゲットになったMS-06ザクの装甲が
まるで分解される様に飛び散っていく。
 パイロットのハーネットはトリガーを戻した。
「すげえな。けど俺の趣味じゃねえな」
 カモフラージュした外装の下に隠れていた連邦軍の主力モビルスーツRGM-79ジム次々と飛び立っていく。
「アルファ、ベータ、チャーリー隊はジオン部隊の駆逐にあたれ! 残りはファントムの捕獲だ」
 艦橋が作戦開始で慌しくなっていた。
「こんな事に戦力を割かれるとはな」
 巡洋艦エイプリル艦橋内で戦闘の様子をモニターで見ながらリケンベ中佐は呟いた。
「今さらやり直しはきかない。やるしかないでしょ?」
 指揮席からライス艦長がニヤリと笑う。
『ミナ、ここの連中は他の部隊に任せる。俺たちはファントムを追うぞ』
「了解、ハーネットさん」
 2機のFガンダムがサラミスから飛び立った。
 発進直後の進路コースにリックドムが立ち塞がる。
「こいつ! こんな所に……」
 ドムのバズーカが発射された。ミナのFガンダムは寸でのところでバズーカ弾を避ける。
「避けた! これを?」
 直撃を確信していたドムのパイロットが焦って2回目の照準をつける。
「運が無い……」
 ミナは冷静にトリガーを引く。粒子ビームはリック・ドムの機体を貫いた! 巨大な火球が広がっていく。Fガンダム
はその先端に巻き込まれた。スクリーンが一瞬ホワイトアウトしたがすぐ元に戻っていく。
『大丈夫か? ミナ』
 寮機の無事を気にしたハーネットのFガンダムが火球に接近した。火球の中からはミナのFガンダムが無傷で飛び出した。
「平気……行けます」
 2機のFガンダムはアフターバーナーを吹かすと"ファントム"を目指した。


 スワイン隊を抑えてサラミス迎撃にファントムは後方の異変に気がついていた。
「何が起きてる? ちぃ! ミノフで通信が使えん」
 カメラを後方に回す。モニターにノイズ交じりの映像が出た。船団のいた付近で光の線が交差するのが見えた。
「戦闘か? スワインめ、上手くやれなかったという事か」
 モニターを見つめながらファントムは舌打ちした。

 一方サラミスの甲板で待機していたデイモン大尉のFガンダムが長距離ライフルを構えて接近するモビルスーツを
待ち構えていた。
『大尉、いけますか?』
 サラミス艦橋から通信が入る。
「ああ、やれる。任せとけって」
 長距離用のレーザーサイトで照準を合わせる。モニターに映る接近するモビルスーツが鮮明になっていった。

 ゲルググ?

「おおっと、"ファントム"かよ」
 Fガンダム1号機に搭乗していたデイモン大尉は照準をつけながらニヤリと笑った。
 照準モニターに黒いゲルググが映し出される。
「落としはしねえが……腕一本もらうぜ!」
 デイモンはゲルググの腕に照準を合わせると引き金を引いた。
 高出力の粒子に包まれたルナチタニウム製の甲弾が発射される。数秒後ゲルググに到達した。弾道が黒いゲルググの飛行コースに重なった。デイモンは直撃を確信する。
「ないんだよ! 殺意ってヤツがさぁ」
 黒いゲルググは僅かに機体をずらして攻撃を避ける。
「ちっ! やっぱ一筋縄ではいかねえなぁ」
 デイモンは冷静にライフルに第二弾を装填した。

 宇宙空間に交差するビームの閃光とミサイルの残光。
 それを背景に連邦軍のモビルスーツ群が飛び出していく。
「散開してファントムを包囲する。奴は手強い。各機心してかかれ!」
 指揮機の合図に連邦軍のRGM−79ジムの編隊は間隔を広げていった。
 その編隊の中心にはFガンダムがいた。
「追いつくぞ、ファントム」 
 ミナはFガンダムに装備していたモビルスーツアサルトライフルMA−80Sをビームから弾丸に切り替えた。
「炸裂弾じゃないから落とす事はないけど……」
 致命傷を与えなければ逆襲があるはずだ。
「確実に狙撃しなければ」
 ミナは一瞬、気を抜くと戦闘宙域に到達するまで深呼吸をした。
『ミナ』
 ハーネットからの通信でミナは目を開け再び集中する。
「はい」
『大尉がファントムを狙撃中だ。援護するぞ』
「りょうか……ハーネット!」
 強烈な敵意を感じたミナはその方向を見た。
「小さいな」
 そこから粒子ビームが数発、ハーネットに向って放たれる。
「側面から? くそっ!」
 ビームは装甲シールドに直撃し吹き飛んだ。爆発の反動で大きく機体押されるハーネットのFガンダム。
「つまらんところから出てきやがって!」
 ハーネットのFガンダムはガトリングガンを構えて敵を探した。
『ハーネットさん、上です!』
「あん?」
 2個の遠隔狙撃機ビットがモニターに映った。
「こいつか」
 ガトリング砲で弾幕を張りひとつを撃破した。
 ミナは敵意の放出先を追った。
 頭の中に映像が流れ込む。
「モビルアーマー? これは」
 黒くカラーリングしたモビルアーマーがミナたちの前に立ち塞がった。
「誰も僕の"ファントム"を傷つけはさせない!」
 23個のビットが宇宙空間に展開し強烈な敵意も四散していった。
 そしてそれは連邦のモビルスーツ群を覆いこんでいった。
「どこだ! ガンダム!」
 遠隔狙撃兵器ビットから放たれる粒子ビームはRGM−79ジムを狙撃していった。
 三機のジムが一瞬に撃墜される。
「なんて奴だ」
 敵の姿を追うハーネットの頭上をミナのFガンダムが通り過ぎる。
「ミナ!」
『この敵は私を追っている。引きつける』
 ミナのFガンダムは敵の位置が分かるかのように一直線に飛んでいった。
 ハーネット機の傍に部隊のRGM−79ジムがやってきた。
『どうする? ハーネット准尉』
「俺はミナの援護に向う。あんた達はファントムの捕獲に回ってくれ」
『わかった』
 2機のモビルスーツは別々の方向に飛び去った。

 モビルアーマーのコクピットの中でミハエル・ヘンデは強烈なプレッシャーを感じていた。
「あいつか?」
 覚えのある強烈な意思を感じたエンジェルは僅かだが恐怖を感じた。彼にはそれが許せなかった。
「やられるか……ビットたちよ!」
 ジムたちを攻撃していたビットは主の命令でモビルアーマーに吸い寄せられる様に集まっていった。
 拡散していた敵意がひとつになっていく。
 ビームライフルを構えビットの防衛網に飛び込んでいくミナ。
「いけーっ! ビットたち」
 23のビットは一斉に攻撃を開始した。ビームがFガンダム一点目指して打ち込まれていく。Fガンダムはシールドの中に身を入れる。ビットの放ったビームは恐るべき正確さで一点に直撃した。
「やった!」
 強烈な意思は消えた。ヘンデは狙撃の成功に浮かれた。
 しかし強烈な意思は再び現れた。それはまったく別の位置からだ。
「何で?」
 それは急速に大きくなっていく。ファントムはそのプレッシャーに焦りを覚えた。
「奴は気配を操れるのってか?」
 Fガンダムはモビルアーマー目指し更に加速した。
「感度が良すぎる奴め。そういうのって!」
 ミナはMA80ライフルの照準をつける。
 モビルアーマーはガンダムを迎撃すべく再度ビットをコントロールした。
「操作するビット多すぎる……くそっ! 半分、いや! 3個に集中すれば」
 コンピューターがヘンデの脳波を感知して命令を超高速で計算していった。指示を出すビットの数を減らし計算処理速度が上がる。
 ミナは意識を集中させた。
「その敵意は闇の中で火を焚いているのと同じ! どこからでもわかる!」
 トリガーが引かれビームライフルから粒子ビームが放たれた!
 3個のビットがモビルアーマーを守るように移動しビームを発射する。
 二つの高エネルギーが交差した。
 高粒子ビームがFガンダムの左肩を吹き飛ばした。白い腕と部品が宇宙空間に吹き飛ぶ。
 振動がコクピットを揺らしたがそれが致命的でない事はミナにはわかっていた。
 モビルアーマーにFガンダムの放ったビームが直撃する。ヘンデの目の前の計器表示が一斉にレッドに変る。
「直撃? こんな奴に、こんな……」
 爆発の炎に包まれるモビルアーマー。
 周りにいた主人を無くした小型攻撃兵器たちは糸の切れた人形のように宇宙に漂い始めた。
「……そいうのって自分の影に怯えるのよ」
 Fガンダムは機体を翻すと先行した部隊の後を追った。
 その先には"黒い亡霊"がいた
 宇宙の闇に棲むジオンの悪意が。



19、ヴァーサス

二稿目

 3隻のムサイが一斉に主砲を発射した。
 メガ粒子ビームは真っ直ぐサラミス艦隊に向かって線を描いていく。
 目標を外れたビームがサラミス級巡洋艦の横を通り過ぎる。
「目標、ジオン艦隊! メガ粒子砲発射!」
 サラミス級巡洋艦の5隻は一斉に反撃の砲撃を開始した。
 その内の一発がムサイ級の一隻に着弾した。爆発で大きく傾くムサイ。
 手駒のモビルスーツ隊は既に半数を撃墜されていた。残ったモビルスーツも連邦軍のモビルスーツと交戦中でサラミス攻撃にまで辿り着きそうもない。
 艦長で艦隊指揮官のスワイン少佐は撤退か徹底交戦か砲撃が始まった今でも迷っていた。
 その真逆にあたるサラミスの後方ではルントヘット大佐の偽装コルベットが戦局を見守っていた。サラミス艦隊も偽装コルベット艦は気にも留めていない。
「どうします? 大佐」
 サラミスの後方に位置づけてるとはいえ、コルベットの火力は少ない。5隻を相手にするには心もとなかった。
「ダークスターとエンジェルは?」
 ルントヘットは苛立ち気味に言った。
「ダークスターは最初に現れたサラミスの迎撃に向ったままです。散布し過ぎたミノフの影響でまだ通信が回復しま
せん。エンジェルはさっきから発信ビーコンが途絶えています」
「光通信に切り替え」
「大佐、エンジェルはもう……」
「黙れ。通信を続けろ」
 きつい口調の後、大佐は少し考えてから再び口を開いた。
「帰還命令の信号弾を放て。撤退に移行する」
「連邦の艦隊が気付くきませんかね」
「いや、連邦艦隊はムサイ艦隊に集中している。こちらには艦は回さないさ」
 そう言いながら指揮椅子に座るルントヘット大佐。コルベット艦から発光弾が発射された。コルベット艦の頭上で宇宙空間に2色の発光が広がっていく。特殊な波長の光は離れた距離にもその軌跡を送った。
 その頃、戦場の端では二発目のルナチタン製の弾丸が宇宙空間を突き進んでいた。

 ビームじゃない!

 対ビームシールドは役に立たないと判断したファントムはゲルググに装甲シールドを上げさせた。しかし高粒子に包まれた弾丸はシールドを貫通してゲルググのショルダーを吹き飛ばす。
「ちっ!」
 ファントムは舌打ちして機体を右に逃がした。
 サラミスの船体の上でライフルを構えていたデイモン大尉のFガンダムは第三弾を装填していた。
「外した……やるじゃないかファントム」
 黒いゲルググはサラミスへの直進コースを一旦回避した。それを追う様にサラミスからの対空砲火が始まる。
「まてまて! 撃墜するなって!」
 デイモンはサラミスの指揮官に向って叫んだ。
『奴はこっちを沈める気だ。黙っていられるか!』
 サラミス巡洋艦の機銃群の銃弾が黒いゲルググ一点に絞られる。銃弾の波はきれいに黒いモビルスーツを追っていった。再びコースを変えるゲルググ。目標はサラミス級だ。
「そういうの"小癪"ってんだぜ!」
 ビームライフルを連射した。サラミスの左舷部に粒子ビームが貫通する。少し間を置いて船体から爆発の炎が上がった!
 船体が大きく揺れるデイモンのFガンダムも一緒に傾く。
「狙いがつかない! くそっ! 接近させ過ぎた」
 照準を外したデイモンは長距離ライフルを切り離すとMA80ライフルを装備しなおす。
「接近戦か。しかたねえな」
 デイモンのFガンダムがサラミスの船体から飛び立った。
 ファントムは後方からくるモビルスーツに気がついた。
「さっきの狙撃してきた奴か」
 サラミスへのもう一撃を画策していたファントムは目標を追撃してくるMS迎撃に変える事にした。

 船団の交戦も気になる。ここは早く片をつける。

 ゲルググは反転行動に移った。
 Fガンダムはシールドで身を隠した。シールドのコーティングは2、3発のビームには耐えれるだろう。その間にゲルググ狙撃のチャンスはある。
 デイモンは勝負に出る事を決めた。
「俺だって一年戦争を生き抜いてるんだぜ、ファントムさんよぉ」
 ゲルググはシールドを作動させた。
 コンピュータで接近する敵の映像を解析する。装備している武器はデータに無かった。
 新型のビームライフルか? それともマシンガンなのか?
 ゲルググの破損して半分欠けた装甲シールドで再び機体を覆う。無いよりはマシだ。
 片手にビームサーベルを準備する。狙撃を失敗した時の備えだ。
 射程距離に入った。それはFガンダムも同じだった。
 二機のモビルスーツは、ほぼ同時に発砲した。ゲルググは粒子ビーム。ガンダムはライフル甲弾だ。ゲルググの粒子ビームの方がコンマ数秒早く着弾する。強力なビームはFガンダムのシールドを弾き飛ばした。
 甲弾がシールドの隙間を縫ってゲルググの機体を貫く!
「やるな!」
 交差する瞬間を狙ってゲルググのビームサーベルがガンダムのコクピット部を狙った。
「ちっ!」
 急制動をかけるデイモン。機体は止まらないがゲルググの一撃のタイミングをずらした。コクピットより僅かに上部にビームサーベルが喰い込む。嫌な振動が響いた。
 ガンダムの機体はバランスを崩してはじけ飛ぶように離れていった。
「仕損じた!」
 ゲルググは回転しながら吹き飛んでいくガンダムにビームライフルを向けた。
「消えな! ガンダム!」
 しかし先に発砲してきたのはガンダムの方だった。急旋回してビームを避けるゲルググ。
「戦闘力がまだ残ってるのか……いや、違う」
 モニターには二つの機影が映っていた。一機は真っ直ぐ向かってくる。
「ガンダム! もう一機か!」
 片腕のガンダムが姿を現した。
 そしてこの感覚には覚えがあるものだった。
「いつかの奴かよ!」
 ガンダムが発砲を開始した。ビームライフルの幾つもの矢がゲルググを襲った。
 対ビームシールドが粒子ビームうを弾き返す。ゲルググの直前のフェールドで拡散する粒子ビームが光輝いた。
 一瞬、モニターがホワイトアウトする。再び映像が映った時に現れたのは片腕のガンダムだった!
「こいつ!」
 ゲルググは旋回してガンダムを避ける。
 次に目の前に現れたのは連邦軍モビルスーツの集団だった。
「おいおい」
 ゲルググは機体を片腕のガンダムに向けた。その背後にもモビルスーツの編隊が見える。
「はっはは! これって罠ってことだよな。ガンダムさんよぉ!」
 ファントムは笑い出した。操縦桿を傾けバーニヤを急速操作しゲルググの方向を変えていく。
 黒いゲルググは片腕のガンダムに向って突っこんでいく。
「ケリをつけにきたよ! ファントム!」
 ミナはMA80ライフルをゲルググに向けた。  
 


20、追撃


 交差する2機のモビルスーツ
 ゲルググとガンダムは高速で撃ち合いながらすれ違いながらも、ぎりぎりの所でお互いの狙撃を交わした。
「やるな」
 遠ざかるガンダムをモニターで見ながらファントムは呟いた。
 ガルググはそれを追うべく反転する。その時、背後から敵意を感じた。反射的に上昇すすると上方に弾道が見える。狙撃だ! それも一方向からではない。

 囲まれてるってのか!

 また方向転換をして狙いをつけさせないように試みたが背後を追うように狙撃されている。ファントムは追い込まれてる気がしていた。
「ヘンデはどうした? 援護は!」
 苛立ち気味に言うファントム。その時頭の中で声が流れた。

"分かっているだろ?"

「何がだ?」
 ファントムはヘンデの気配を感じなくなっているのに気がついた。
「落とされたってのかよ、小僧」
 当てにしていた戦力の消失にファントムは苛立った。
 ガルググから幾つかのカプセルが放出された。宇宙空間を数秒漂った後、それらは爆発し強力で特殊な光と電磁波を放つ。ある程度の距離に近づいていた連邦のモビルスーツはモニターからゲルググを一瞬、ロストしてしまう。
 僅かの間、攻撃をしのいだファントムはデブリ帯に方向を変えた。
 障害物の多いそこなら勝機の可能性がある。それと逃げ切れる可能性も高くなるからだ。
 ミナのFガンダム3号機は破損して漂うガンダム1号機に近づいていった。
「大丈夫ですか? 大尉」
 ガンダムの腕を1号機の機体に触れて通信を試みた。
『ああ、はやく奴を追え。今が最大のチャンスだぞ』
「でも」
『救難信号は出してる。いいから行け! リトル。でないと、もうバースディプレゼントはやらんぞ』
「は、はい」
 バーニヤを噴射させてFガンダム3号機がそこから離れていく。コクピットのデイモン大尉はヒビの入ったモニターからミナのガンダムを見送った後、シートに深く倒れ掛かった。
 ファントムを追い、デブリ帯に向うミナのFガンダム。その周辺にRGM−79ジムの部隊が追随する。
 その後方で爆発が起きたのをミナは気がつかなかった。

 艦橋に爆発が起こった。
 サラミスの放ったメガ粒子砲が直撃したのだ。大きく傾きながら戦列から離れていくムサイ級巡洋艦。反撃の射撃
もできない。
「敵艦一隻沈黙させました!」
 エイプリルの艦橋にどよめきが起こる。
「まだ敵は残っている。気を抜くな」
 艦長ライス中佐が強い口調で言う。
「連中め、諦めが悪い」
 隣でリケンベが言った。
「帰る所の無い艦隊です。そういう決意なんでしょう」
 破損した区画から報告が入りその応対に入るライス。その時、視界に突っこんでくる何かが見えた。
「リック・ドム?」
 弾幕を信じられない俊敏さでくぐり抜けた一機のリックドムタイプのモビルスーツがエイプリルの艦橋目がけて突っこんでくる。
「弾幕!」
 そう言った瞬間、ライスの目の前が真っ白になった。
 エイプリルの艦橋付近が爆発を起こした。船体が大きく沈み込んでいく。



 逃げ込る黒いゲルググを追ってRGM−79ジムの小隊がデブリ帯に入り込んでいった。 障害物の多さにモビルスーツの速度も落とすしかない。辛うじてゲルググを目視していた小隊の隊長は部隊を広げて追い込むことにした。しかしそれはファントムの狙い通りだった。
 デブリ帯に近づくミナ。
 幾つかの爆発が見える。
『ファントムを撃墜したのでしょうか?』
 追随していたRGM−79のパイロットから通信が入った。
「いえ、あいつはまだ落ちてない」
『突入ですか?』
「え…?」
 指示を仰がれている事に気付いたミナはその時、自分が一番階級が上だというのに気がついた。隊長機クラスは、いつの間にかいない。逸れたかファントムに落とされたかだ。
「デイモン大尉……」
 自分の隊の指揮官であるデイモンもここにはいない。恐らく先行しているであろうハーネットの姿もない。

 どうしよう? こんな時はどうすればいい? デイモン大尉だったら……大尉だったら……

 ミナは落ち着いて周囲を見渡した。
 デブリ帯に逃げ込んだのは戦力差を無くす為だ。追う自分達は動き回るのに対してファントムは待ち構える事もできる。突入はリスクはあるがこの機会は逃せない……
「手を汚さず宝物を手に入れるというのは幻想」
『はあ?』
「突入する! 但し無闇に突っ込むな。デブリに機体を隠しながら慎重に索敵する。よろし?」
『了解!』
 Fガンダムを先頭にモビルスーツ部隊はデブリ帯に侵入していった。



21、ハイパーゲルググ

二稿目

 宇宙戦闘艦の残骸漂う宙域で光が交錯していた。
 中で大きな爆発が起きる。衝撃は傍に浮いていた金属とプラスチックの塊を吹き飛ばした。
「トラップだ! 各機、注意しろ!」
 ミナは引き連れたジム部隊に注意を促がした。
『准尉! いました! ファントムです』
 左に付けていた一機のジムがファントムを補足した。
「ズールー1、ズールー2! 自分に続いてファントムに向けて掃射! 中央のマゼランの残骸に追い込む。後の機はファントムを囲め!」
『了解!』
 ミナは逃げようとするゲルググに照準を合わせた。
「味方には当てるな! 撃て!」
 Fガンダムとジム隊がライフルの狙撃を始める。それを合図に残りのジムたちはゲルググに追い込みをかけ始めた。
 周囲から接近するジムに気付き、狙撃の体勢を取ろうとするゲルググだったがその機を狙ってミナの狙撃が邪魔をした。
「ちぃっ!」
 体勢を崩し狙撃から逃げるため移動するゲルググは徐々に追い詰められていった。狙撃をかいくぐって逃げ道を探すファントムは次第に苛立っていた。
「まったく、ムカつくやつらだぜ! ん?」
 逃げ道を探すファントムの目の前に別のFガンダムが姿を現した。
「まってたぜ! ファントム」
 ガトリング砲を構えたガンダムは向ってくるゲルググ目がけて発砲した。無数の薬莢が宇宙空間に飛び散っていく。
「こいつ! どっから来た!」
 ぎりぎりのところで狙撃を交わすファントム。しかしガトリングガンの弾丸はゲルググの機体の一部を打ち抜く! 炸裂弾ではない為、小規模な爆発で収まったもののゲルググは反動でマゼランの残骸の艦底部分に衝突した。衝撃で脆くなっていたマゼランの装甲が飛び散っていく。
「ハーネットさん!」
『よう、ミナ。手伝いはいるか?』
 ハーネット機の背後から友軍のジム部隊が姿を現す。ジムたちはゲルググの周りを囲み始めた。
 ハーネットのFガンダムはガトリングガンを黒いゲルググに向けたままでミナのガンダムに接近していった。
『追い詰めたな。後は機体を押さえるだけだ』
「はい、ハーネットさん」
『ところでお前の機体、左腕がないぞ』
「へへ、ドジりました。でも右腕は使えますよ。ライフルも撃てます!」
『上等だ。いいか? 俺たちがゲルググを押さえる。変な動きがあったら奴を狙撃しろ』
「了解」
 ハーネットのFガンダムはガルググに向って通信用のレーザーを照射した。照射されたゲルググのコクピットにFガンダムからの音声通信が入る。
「ゲルググのパイロット! お前に勝ち目は無い。大人しく投降しろ。こちらには貴官を上級士官待遇で受け入れる用意がある」
 その通信を聞いていたファントムは笑った。
「ふふふ……投降か」
 ゲルググは構えていたビームライフルを放り投げた。ライフルはそのまま漂うデブリに中に流れていく
「よーし、いい子だ。ゲルボーイ」
 投降の意思ありと判断したハーネットが他のジム2機と一緒に用心深くガルググに接近していいった。
 しかし彼らは気付いていなかった。ゲルググの背部に取り付けられていたコンバーターが作動し始めていた事を。
「そのまま動かず。コクピットを開放しろ」
 呼びかけるハーネットに黒いゲルググは何も反応しなかった。動きのない外面とは裏腹にコクピットの中ではファントムが慌しく装置の操作を始めていた。
「核融合炉開放。BVコンバーター接続……冷却装置最大。ナノビット散布開始……出力120%まで上昇」
 ファントムは装置に繋がるコードをヘルメットに接続していった。
「聞こえてるはずだ。コクピットを開け!」
 ゲルググに呼びかけるハーネットはFガンダムにガトリングガンを構えさせた。周囲のジムたちのそれに呼応する。
 その様子を見守っていたミナは嫌な違和感を感じていた。
「おかしい。あのゲルググのパイロットが、こうも素直に……」
 ハーネットたちがゲルググへの接近を数十メートルまでにした時だった。ハーネットはゲルググの周囲の変化にようやく気がついた。
「なんだ?」
 ゲルググの周りに何かがショートした様な小さな火花が散っている。それは次第に数を増していった。ガンダムのモニターにもノイズが増えていく。
「各機! 待機! 待機だ」
 ハーネットは直感で危険を察知し、寮機となっていたジム2機に呼びかけた。しかし通信も障害を起こしジムには伝わらなかった。そのままジム2機はゲルググに接近を続けてしまう。
 コクピットでファントムは近づく獲物に、ほくそ笑んでいた。
「対ビームバリヤーは別の使い方もある」
 ゲルググの周囲が発光しだしていた。ようやく二機のジムも異変に気付いた。
「何かヤバイ! さがれ!」
 ハーネットは叫んだ。
 しかしまだ二機のジムはライフルを構えたままゲルググの様子を伺っていた。
 ガルググの機体がスパークしたが如く強烈な光を放つ!
 その光に巻き込まれたジムは機体の殆んどを一瞬で分解され爆発した。
 ハーネットはバーニヤを逆噴射して必死に光から逃れようとした。しかし光に追いつかれたFガンダムの機体が分解していく。
「くそぉ! なんだってんだよ!」
 Fガンダム2号機が爆発を起こした。
「ハーネットさん!」
 その光景を見たミナはガンダムのコクピットで叫んだ。
 モビルスーツの爆発が小さくなりゲルググの姿が見えた。強烈な青白い光に包まれたゲルググ。それはまるで光の風がゲルググを覆っている様にも見えていた。
「はっはーっ! 連邦のザコども! このハイパーゲルググを甘く見るなよ!」
 ゲルググの背に取り付けられたコンバーターの一部が回転を始めていた。その回転は徐々に速度を上げていく。それに連動するかのようにゲルググを包む青い光の風は渦を巻き膨張していった。
「ファントム……バリヤーを増強してコントロールさせてる?」
 ゲルググの異変に驚き、対処に遅れるミナ。他のジムのパイロットも同じ同じようなものだった。
(逃げろ! ミナ! )
 その時、ふいに誰かに声がミナの頭の中に響いた。
 他の機の通信? いや……どうでもいい! あれは危険だ!
 ようやく我に返ったミナはバーニヤを噴射してそこから離れようとした。
「各機! 周辺宙域から離脱! 急げ! 急げ!」
 バーニヤを全開にするミナのFガンダム。他のジム隊も追随し始めた。しかし対処の遅れた多くのRGM−79が光の渦に巻き込まれていく。ジムが次々を爆発を起こしていった!
(そんな! )
 離脱しながら悲惨な状況を目にするミナだったがどうすることもできない。しかも光の渦はミナのFガンダムを追って
いく。それはゲルググの巨大化した手の様の形態をさせていた。
「だめだ! 追いつかれる!」
 ファントムの悪意というべきバリヤーはまるで生き物の様にFガンダムに襲い掛かった! 光の渦に巻き込まれるミナのFガンダムは機体の分解を始めた。

 (死ぬの? わたし……) 

 急激な振動と操作パネルから放電する光がミナを包み込む。
 襲う不安と恐怖にミナは思わず目を閉じてしまう。
 その時だ。ミナの耳に聞き覚えのある声が入った。

 (だめだ! 彼女を殺すな!)

 叫び声にも似たその声にミナは再び目を開けた。
「ロウ?」
 


 1〜11へ  目次   22へ