Dファクトリー

漆黒のファントム


5、ヴェアヴォルフ


 宇宙艦隊戦のあった宇宙空間に漂う戦艦やモビルスーツの残骸。
 多くの戦死者を乗せて今も漂う墓標は、同時に大量の再利用できる資源でもあった。
 宇宙戦艦の装甲に使われている合金はコロニーやスペースシップの建造使われる。エネルギーと労力を費やして移動してきた衛星から鉱石を手に入れるより安価な経費で済むのだ。
 数千もの漂う残骸の中で多くのサルベージ船が作業をしていた。彼らの集めた残骸はコロニー公社や関連の商社が買い上げる。
 コロニー復興も手伝ってか買い上げ額は良く、多くのサルベージ業者がこのサイド5宙域に集まっていた。
 だが、そこに集まっていたのは善良な労働者たちだけではなかった。

 払い下げられたコロンブス級輸送艦を改造したサルベージ船が残骸群の中でもひと際大きいマゼラン級戦艦の横に停泊している。
 周辺には何機かの小型の解体用モビルスーツが作業してた。しかし彼らの本当の仕事はマゼランの解体ではなく周辺の見張りだ。
 そしてコロンブス級の中の中では、かつてジオン公国軍であった者たちが凶悪な牙を研ぎながら潜んでいた。

「申し訳ありません。ファントムが連邦の手に落ちました」
 ヘルマン・リストは上官の前、冷静な口調でそう言った。
「大尉、これは独自の作戦か?」
「いえ、大佐」
 ハルダー大佐はイスに腰掛けたまま煙草を手に取る。
「パウル少尉の状態は?」
「連邦と接触時、パウルは、"ファントム"ではありませんでした。恐らく、気付かれていません」
「パウルではなくモリガンの人格という事だな。厄介なシステムだと思っていたが役にたったな」
 大佐は、煙草に火をつけた。
「で、何人死んだ?」
「4名。有能な兵士たちでした」
「そのとおりです。貴重な同志たちだ」
 灰色の煙が宙を漂う。
「ニュータイプ化した実験体たちとは、どちらが貴重かな?」
「それは答えかねます」
「何故? 分かっているだろう。実験体1人で訓練した兵士40人以上の働きはする。単純な計算だ」
「それは……そうでありますが」
「だがな、ヘルマン。私は、"志"というものを信じる人間だ」
 ハルダー大佐の表情が厳しくなる。
「ヘルマン。志なき者の集まり、軍隊にあらず。ファントムどもは、兵士ではない。あれは兵器だ」
 ヘルマンは答えなかった。
「兵士であれば独断行動により、仲間を死に追いやったザビーネ・ウーデットは銃殺に処すべきところだが、兵器である彼女に罪はない。誤作動にすぎん」
 奇妙な理屈だった。
「では、ザビーネの処分は」
「再調整だ。使える様にしておけ。下がってよし」
「わかりました」
 ヘルマンは敬礼すると部屋を出て行こうとした。だがその時、大佐は事を付けくわえる。
「ああ、大尉。使えぬ兵器は、破棄処分という事もあるのを忘れるなよ」


 *  *  *  *  *


 ヘルマンが通路に出るとザビーネが待っていた。
「どう? ヘルマン。頭の固いあのクソ親父、何いってた?」
「大佐だぞ。口を慎めよ」
「わかってるよ。で、何て言われた?」
「再調整するように言われた」
「やだよ。私、あれ嫌いなんだ」
「命令だ」
「大丈夫だよ。私は上手くやれる」
「お前の行動で仲間が死んだ。何かしないわけにはいかないだろう」
「他の事はなんでもるすよ。でもあれは嫌だ」
「わかってる。ザビーネ。お前たちにとって再調整は、気持ちのいいものではない事もな」
「だったら……」
「仲間の追悼と思ってやってくれ」
「追悼?」
「仲間の死を悼み、哀しむ事だ。わかるか?」
 死んだ兵士は、顔を知っているだけの連中だった。ザビーネには、なんの親近感も湧かない。
「それが人間というもんだ。ザビーネ」
「わかったよ……ヘルマン。言う通りにする。調整を受けるよ」
 ザビーネはヘルマンの指示に従った。
「すまんな。博士には俺から言っておく」
 そう言ってヘルマンはその場を去ろうとした。
「あ、ヘルマン。パウルの救出作戦はやるんだろ? そしたら私も出撃させてくれよ。今までの倍働くからさ」
「わかってるよ。ザビーネ」
「約束だよ」
 ヘルマンはザビーネを残し、無重力状態の通路を進んだ。
 さて、次はパウルの救出か……人生退屈しないものだな
 ヘルマンはそう思った。
 次に彼は、部下とモビルスーツを集める算段を考えていた。




 マゼランの横にもう一隻のサルベージ船が隣接した。
 外見からは解体作業にもうひとつのグループが加わったかの様ではあったが、実際は違う。
 彼らは荷を届けに来ただけだ。
「元突撃機動軍第102連隊、クオーツ・ワンであります」
 ノーマルスーツの男は、敬礼を解いた後、そう名乗った。
「ヘルマン・リスト大尉だ。協力感謝する。少尉」
「あのヴェアヴォルフ隊と行動できるとは我々こそ光栄です。連邦にひと泡吹かせてやりましょう。大尉」
 
 3機のMS-06ザクが搬入されていた。そのうち一機は高機動型R-2タイプだ。
 大戦後期にわずか22機しか生産されなかったモビルスーツである。
「君のか?」
 ヘルマンが搬入されたザクに興味を示した。
「はい」
 クオーツは得意げに返事をした。
「こいつはR-2タイプだな」
「ええ、ジオンはドムではなくこれを量産化すればよかったのですよ。慣れない操縦系統であるよりザクに慣れた我々パイロットには、よほど役に立った筈だ」
「かもな。俺も"06"の方が好きだ」
「大尉もパイロットでしたか。てっきり艦の指揮が本業かと思っておりました」
「俺も根っからの"モビルスーツ乗り"さ」
「そうでありましたか」
 クオーツの顔がほころんだ。
「ところで大尉の愛機は?」
「俺のはこれだ」
 ヘルマンが親指で指差した先にはダークブルーに塗装されたMS-09があった。
「ドムでありますか。こいつはいい機体です」
「少尉はMS-06派ではなかったか?」
「そうですが、私は分かります。こいつはいい機体です」
 照れくさそうにそう言うクオーツに「本当に子供みたいな奴」だとヘルマンは思った。
「分かるか。ただのMS-09ではない。改造型の"ユンカー"だ」
 背中の"ランドセル"には噴射剤タンクにしては異様に大きな装備が施されている。ただの機体ではないのはクオーツにも分かったが、ノーマル機とは違う装備が何の役目を果たすのかは理解できなかった。
「出撃は10:00時だ。それまで身体を休めてくれ」


 *  *  *  *  *


 ザビーネはイスに座らされていた。手足には拘束具だ。
「力を抜いて楽にしていればいい」
「こいつは嫌なんだ」
「すぐ終わるさ」
 ライヘナー博士の手に握られた注射器の先が点滴液の管に注入された。
「終わった後はきっと生まれ変わった気分だぞ」
「それが嫌なんだよ」
 薄れゆく意識の中、ザビーネはパウルの顔を焼き付けようとした。
 パウル……
 だがその抵抗も空しかった。
「少し、遅いな。薬を10cc増やす」
 意識の中にもう一つ浮かんだもの。
 それは白い連邦軍のモビルスーツだった。

 あいつさえいなければパウルは……

 意識が途切れる寸前ザビーネが思ったのは白いモビルスーツを墜とす事。
 そしてパイロットの命を奪う事だった。


「どうです? ライヘナー博士」
 格納庫から戻ったヘルマンが医務室に入ってきた。
 カルテを机に置いたライヘナーはヘルマンの方を見やる。
「ザビーネの身体は以前より、抵抗力が高まっている様だ。少し、てこずった。薬の投入量を増やして対応した」
「身体に影響は?」
「解らん。なにぶん、臨床実験もそこそこの新薬だからな。だが大して影響はないだろう」
 ライヘナー博士は、あっさりとそう言ったがでまかせなのは読んでとれた。彼の扱う実験薬に身体の為になるものなどひとつのないのは分かっている。
「これで目が覚めれば、もう少し従順な兵士となっているだろうさ」
「その代り、個性と記憶の一部が失われるわけですが……」
「大尉、戦闘に個性がいるか?」
「大佐と同じ事を言うのですね」
「まあ、私もジオンの再興を望む者のひとりだ。その為には何かを犠牲にしなくてはな」
 だが犠牲にするのは他人か。
 ヘルマンはそう思った。
「戦場で不可欠なのは感情に左右されずに任務を遂行できる戦士なのだよ」
 ライヘナー博士が拘束イスで目を閉じているザビーネを指差した。
「"それ"がこいつだ」
 ヘルマンは、うなだれるザビーネを見つめる。
「だが、この戦闘マシーンは定期的に調整が必要な欠陥品だ。もう少し、月で研究を続けられていたら……」
 博士は、残念そうにそう言った。
「いつ目覚めるんで?」
「そうだな。30分ってところだ。すぐ使うのか?」
「いえ、作戦はまだ少し先です」

 今は眠るといい。ザビーネ

 ヘルマンは、そう呟いて医務室を出た。




 協力部隊との合流も早々にヘルマンは、軍病院の偵察を開始していた。
 部下と調達したありふれた車に乗り込み道端で様子を窺う。そこで部下から予想外の話しを聞く。
「MS-06の高機動型で陽動できると?」
「サイド5の地下組織の協力を得られました。現地で調達できます」
「連邦の基地もあるのだろうに。よくモビルスーツを持ち込めたものだな」
「持ち込んでません」
「ん?」
「コロニーの中で組み立てたんだそうです。廃パーツやらなにやらに紛れ込ませて持ち込んだものを」
「よくやるな」
「技術屋ってやつですよ。俺たちの思いもよらない事をやってのける」
「ヴェアヴォルフのMSを使うと我々の拠点に気付かれる可能性があるからな」
 ヘルマンは軍の病院の建物を見上げた。
「周辺の撮影は念入りにな」
「了解」
 後部座席の部下がカモフラージュしたカメラで撮影を繰り返す。
「銃は?」
「調達中です」
「ついでに閃光手榴弾も手に入れてくれ。できるか?」
「お安いご用です。救出作戦の部隊を送り込むということですな」
「ああ、腕の立つ連中も集めた。必要な情報を収集しだい作戦決行だ」
 そう話しいると門の警備兵がヘルマンたちの車を見やった。
「おっと、そろそろ引き揚げよう。次に来るときは作戦実行だ」
 車は軍病院から離れて行った。
 その時、窓の視線に気づく。
「パウル?」


 *  *  *  *


 病院の窓から離れていく車を見つめていたロウは、何かを感じていた。

 あれは僕の知ってる人なのか……?

 その時、ドアをノックが聞こえた。
 ロウが返事をすると入ってきたのは連邦軍の制服を着た若い女だった。

 彼女も見覚えがあるな

 ロウはそう思った。
「調子はどうです?」
 彼女はそう笑いかけてた。
「悪くないよ」
 ロウはそう答えた。
「よかったわ」
「ねえ、僕たちって知り合いかい?」
「いえ。何故?」
「知り合いでなければ何故君は病室に?」
「私が原因だから」
「何?」
「あなたが入院した理由が私のミスによるものだから」
「シャトルと接触した事? しかたないかったさ。あれは避けられない状況だったのさ」
「本当にごめんなさい」
 ミナはそう言って俯く。
「いいよ、僕らが禁止宙域で仕事をしていたの知ってるしあれは事故なんだ」
 ロウはミナの顔を見つめた。目が合ったロウは慌てて目を離した。
「何?」
 それに気付いたミナは声をかけた。
 ロウは、気まずそうに鼻の頭を掻く。どうも何か言いたげだった。
「何ですか?」
 ロウは思い切って言ってみた。
「それより頼みたい事があるんだけどいいかい?」





 改造型のゲルググのエンジンに火が入った。
 調整の為に繋がれたコードから必要な様々命令が送られていく。
 MS-14E"シャウッテン"のコクピットに座るパイロットに置き換えられた命令がさらに送り込まれていた。
 ゲルググをベースに製作されたこのモビルスーツには遠隔攻撃兵器"ビット"を搭載させていた。
 核融合炉のエネルギーは膨大ではあったが、それでも24機のビットへのエネルギー供給と操作には通常のジェネレーターでは対応しきれない。MS-05のへの小型核融合炉の搭載の成功からスタートしたモビルスーツではあったが、"シャウッテン"の消費エネルギーをカバーするには、いささか物足りないものであった。したがって耐久性限界ぎりぎりまで出力を上げたジェネレーターを使用していたが、それは同時に"シャウッテン"の致命的な問題を生むことになる。
 機体のオーバーワークだ。
 さらにビットを遠隔操作する為のコンピューターの計算能力も限界だった。そしてその負担はパイロットに大きくのしかかる。
 コンピュータで処理しきれない部分をパイロットの脳が補うのだ。作られたニュータイプで専属パイロットであるザビーネ・ウーテッドの精神の不安定さはこれが大きな原因であった。そのつじつまを合わせる為にザビーネには大量の合成薬と電気信号を与え続けている。
 そしてそれは人間としての人格を消耗させるものであった。

「調子はどうか?」
 "シャウッテン"調整の様子を見に来たハルダー大佐は調整装置を操作するライヘナー博士に尋ねた。
「まずは順調です。矯正も上手くいった。"シャウッテン"はさらに強くなるでしょう」
 ライヘナー博士は自慢げにそう言った。
「この前のような暴走は二度とごめんだ。わかるな?」
「ええ、承知しております。今回は電極を突っ込んで念入りに調教しました。今は従順そのもの」
 博士の言葉にハルダー大佐は眉をしかめる。
「冗談です」
 ライヘナー博士は無表情でそう言った。彼流のユーモアにハルダー大佐は呆れる。
 こういった特異な才能を持つには器も特殊なのか、と彼は思っていた。
「さてさて、寝た子を起こそうか。赤ずきんちゃん出ておいで……と」
 そう低い声で呟きながらライヘナーはEnterキーを押す。
 同時にコクピット内の電装が一斉に点灯した。シートに座るザビーネの指がピクリと動く。だがヘルメットのシールドはミラータイプになっていて表情は読みとれない。
「よーし、聞こえるか? ザビーネ・ウーテッド少尉」
 博士はザビーネのヘルメットの横に顔を近づけてそう言った。
「はい」
 ザビーネは落ち着いた声で答えた。いつのも咬みつくくらいの勝気な様子はない。
「調子は?」
「良好です、博士」
「結構。では、これからいくつか質問する。いいかね?」
「はい。博士」
「今回の作戦を理解しているか?」
「コロニー内で陽動作戦後、目標が脱出。私は"シャウッテン"でコロニー外に出た後の援護を行います」
「その際に注意すべき点は?」
「追ってくるの敵の足どめに徹する事。ただし、上官の命令には速やかに従うこと」
「パーフェクトだ。少尉」
「ありがとうございます」
「どうです? 大佐」
 相手に礼を言うザビーネを見て大佐は驚いていた。そんなザビーネは見たことがないからだ。部隊の最高指揮官である自分にも、まるで敵を相手にしているように振る舞う時があった。なのに今の彼女はどうか? どうやら今回の調整は予想以上に上手くいったようだ。
 ハルダー大佐は結果に満足した。
 しかし、ふたりには聞こえていない。ザビーネが最後に呟いた言葉を。
「白いモビルスーツのパイロット……必ず殺す」
 それはヴェアヴォルフ部隊を再び危機に陥れるであろう呪いの言葉だった。

 



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