Dファクトリー

本編2



 功美は鏡の前で出かける支度をしていた。
 左耳に片方だけのお気に入りのイヤリングをする。オシャレの為ではなく、なんとなくその方が願いが叶うような気がしているだけだ。
 2か月前のあの人に会えるかも。
 鏡に映るイヤリングを見つめながら、功美はぼんやりそんな事を考えていた。
 その時、突然、携帯電話の着信音が鳴った。
「はい?」
 表示されていたのは知らない電話番号だったが功美は携帯を手に取る。
『もしもし、功美さん?』
 声は聞いた事がある気がするが誰かは思い出せない。多分、知り合いが新しくした携帯の番号を知らせる為だけなのかもしれない。
『私! 私よ』
「えーと……誰?」
『沙璃よ! ほら、駅の傍の占いテントの』
「ああ! 沙璃って……占い師さんですかぁ?」
『あなたの探してる人。見つかりそうよ!』
「ほんとですか?」
『今日のカードで出たのよ』
「カードで?」
『ははは、カードって、遊んでただけなのに……痛てっ! 何するんすかーっ! 沙璃さーん』
 今度は知らない男の声が聞こえてきた。
「今のは?」
『デリカシーなし男よ。どうでもいいわ』
『なんて事を言う……って痛てっ! 二発も殴らないでくださいよー!』
 何やら電話の向こうは賑やかそうだ。
『わるいけど、もう一度、占いテントに来てくれな……いや! あの駅のホームに来てくれない』
「別にいいですけど。どうせ電車使うつもりだったし」
『そう! じゃあ、待ってるわね』
「あ、ちょっと待って、占い師さん!」
『ん?』
「ところでなんで私の携帯番号知ってるんですか? 教えてないのに」
『占ったのよ』
「えっ、嘘!」

 *  *  *  *

 駅のホームにいる人はまばらだった。
 階段を走って駆けあがってくる功美。ホームにはは沙里が待ち構えていた。
「どうも……はあ、はあ、占い師さん。あの人に会えるって本当ですか?」
「うん。気がついたの。あのカードの意味。ところで功美さん。今日もそのイヤリングしてるのね?」
「は、はい」
「それ、きっと落としたの多分この駅のホームよ」
「え? なんで分かるんですか?」
「ほら、占い師だから」
 沙璃はさらりとそう言った。
「あの時、ダイヤのエースが二枚あったのは意味があったの。あれはイヤリングを示すカード」
 沙璃は功美の左耳を指差した。イヤリングの赤い装飾が揺れている。
「あなたは、駅の……多分、階段かな。右のイヤリングを落とした。その時、あなたは深刻だったし気づかずにホームに向かった。でも落ちたイヤリングに気がついた他の人がいた」
「もしかしてそれが、あの人?」
「そう! あなたがイヤリングを落としたのに気がついて、その人、あなたを呼びとめたのよ」
「ああ……」
 功美は沙里の話に納得した。
「そんな親切な人なら、あなたに渡せなかったイヤリングを落し物として駅か交番にでも届けていると思って。でもさっき、駅長さんに聞いてみたけどイヤリングの落し物は、ないって」
「じゃあ、交番に?」
「そうよ! で、落し物を届けた時には交番で何かするでしょ?」
「名前と住所の記帳ですか?」
「そうそう! だいたい追いかけてまで届けようって人なら、そのまま捨てるって事はしないと思うわけよ」
「追いかけてきたかどうかは……」
「息切らせてたって言ってたじゃん」
「あ」
「だから階段からなのよ」
「そうか」
「後は交番に紛失届を出せばいい。そうすれば」
「拾ってくれた人にあえるかも」
「そういう事。まあ、相手の都合もあるかもしれないけど多分大丈夫。いざとなったら裏技(仲井)使うから」
「ありがとう、占い師さん」
 功美は涙ぐみながらそう言った。
「でもなんで、この場所で説明を?」
「それは、ほら? 一度は"最悪な覚悟で来た場所"で"最高の覚悟"を決めるのもいいでしょ?」
「最高の覚悟?」
「ずっと会いたかった人に会うって事」
 そう言って沙里は功美に笑いかけた。
「ね?」
「はい!」
 麻里は力強く返事を返した。それはあきらかに初めて占いテントに入ってきたとは違う声だった。

 *  *  *  *

「はいはい、えーと……どれだったかな」
「早くしてよ! 仲井くーん」
「そんな急かさないでくださいよ。僕、今日は非番だったのに。大体、7並べに勝ったのぼくでしょ?」
「それは関係ないでしょ」
「7並べ?」
 麻里が首をかしげる。
「い、いやなんでもないから」
 仲井はようやく保管ロッカーから目的の物を探し出した。
「あったぞ。これだ……あれ?」
「何?」
「いや……まあ、とりあえずコレです」
 仲井はチャック付きのビニール袋に入れられたイヤリングを持ってきた。
「よくやった! 仲井。で、拾ってくれた人に連絡とれるよね?」
「連絡ですか? それなんですけどねえ……」
「何! その歯切れの悪い答え。まさか、個人情報ナントカっての持ちだす気じゃないわよね?」
「お願いします。これとても大切なものだったんです。拾ってくれた人に是非、会ってお礼を言いたいんです!」
 功美も必死に食い下がった。
「そ、そうなんですか?」
「だから、仲井ー! 早く教えなさいよー」
「沙璃さん、なんか嫌な先輩みたいっす」
「お願いします!」
 功美はあらためて頭を下げた。
「いやいや、そんに頭を下げる事ないっすよ」
「なんで、お前が偉そうなの?」
「だって、それ拾ったの僕でした」
「……はい?」
「……え?」
 仲井のその言葉に唖然とする二人。
「なんか、書類の名前見たら僕でした。いや、自分でもびっくりしちゃって。すっかり忘れてました。あははは」
「あははじゃないよ……ん? そういえば、想い人ともうすれ違ったって占で出てたような」
「そうなんっすか? じゃあ、きっとあんときだ。ほら、僕が露天の事で厳重注意に言った時。広田さんってあの時、入れ違いに入ってきた人っすよね。いや、なんか、見た事ある人だなーって思ってたんですよ。あははは」
「あの……功美さん、探してた人って素敵な笑顔って言ってなかったけ」
「ええ、何も考えてないような気持ちいいくらいの素敵な笑顔」
「ほんとに何も考えてないよ、きっと」
「嬉しいなあ、そんな事言ってくれて」
「いや、微妙  に褒めてないかも」
「でも広田さんもすっごく素敵な笑顔っすよ」
 仲井はさらりとそう言った。
「え? 」
「人をほっとさせる素敵な笑顔です」
 功美の顔が真っ赤になった。
「ねえ、沙璃さんもそう思うでしょ?」
「え? まあ……そうだけど」
 沙璃は真っ赤になってうつむく功美を軽く小突き、目配せした。
「(ほら、なんか言う事あるでしょ!)」
 小声でささやく沙璃。
「何言ってるんすか? 二人でこそこそ」
「あのーっ!」
 功美が突然声を張り上げた。交番の外にも聞こえるような大声で。道行く人も振り向くような声に呆気に取られる仲井。
「わの……じゃない、あのワタシ、あなたにあの時、呼びとめられてとっても嬉しかったんです。いや、ナンパされたとか思ったとかじゃなくて……わー何を言ってるんだろ!」
「落ち着いて! 功美さん」
 見てられなくなった沙璃が功美の両肩を押さえた。。
「は、はい!」
 それで少しは落ち着いたのか功美は少し呼吸を整えるともう一度、仲井の方を見た。今度はちゃんと仲井の目見て。
「ありがとう! あなたは命の恩人です!」
「は???? 」
 わけがわかない仲井は目をパチくりさせていたが、麻里の一生懸命さは伝わったようだったが。
「やれやれ……まったくこの二人は相性がいいんだか悪いんだか」
 けれど沙璃には他にも分かっていた。
 その後の二人の事は占う必要なんてないって。


 人生には意味なんてないように思える

 だが、ひとつだって意味のない事なんてありえない

    

    アルベルト・アインシュタイン―理論物理学者




「駅前の占い館で道草」おわり


あとがき