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Dファクトリー

本編


 駅前の占い館で道草



 紅実は何もかも終わりにしたかった。
 そう何もかも……
 それにはこの方法が手っ取り早いと思いついた。気がついたらここまではあっという間だ。
 今まで長い時間悩んでいた筈なのに、こんな時の決断は事はなんて早いんだろう。
 結果が分かっているから? 苦しむ事がもう終わるから?
 いやそんな事を考えるのも面倒だな。
 そう思って紅実が足を踏み出そうとした時だ。
「え?」
 誰かが麻里の肩を叩いた。
 その時、ちょうど目の前を快速の電車が通り過ぎていく。
 麻里は乗り遅れた。
 そして明日も朝を迎える事ができるのだ。

 *  *  *  *

「だから、駄目なんですってー」
「なんでよ! 駅の入口からは十分離れてるでしょ?」
 駅の傍に立てられた小さなテントの中から男女が言いあう声が聞こえてきた。
「いや、出入口からというより、路上での露天営業は許可が必要で……」
「あら、それくらい見逃しなさいよ」
「いや、それは」
 若い警官に喰い下がる女は脅すようにテーブルを叩く。
「困らさないでくださいよ、沙璃さん」
「別に困らしてないでしょ。大体、ワタシの占いでどれだけ助けられたと思ってるの?」
「まあ、そういったのもあるんですけど……いや! これは職務ですんで」
「ところで!」
 沙璃は、言葉を遮って警官仲井の顔に近づける。
「さ、沙璃さん?」
「むっ! その顔。仲井君。君、何か悩み事があるじゃない?」
「そうやって誤魔化そうしてもだめですよ。この前の時も……」
「君! 最近、彼女とうまくいってないでしょ」
「うっ! なんでそれを」仲井の表情が硬くなる。
「分かるのよ。だって私って占い師っだもーん。あっ! そうだ。ちょっとうらなっちゃおーっと」
 そう言って沙里はテーブルにトランプを並べた。気になってちらりとテーブルの方を覗く仲井。
「あ」
「え? どうですか?」
「いや、なんだか、かわいそうだなーって」
「可哀そう?」
「このままじゃ、ね」
「このままじゃって……嫌だなぁ、その言い方」
「だって、分かるんだもーん。だって私、占い師だし」
「で、なんて出てるんですか? その占い」
「はあ?」沙璃はわざとらしく聞き返す。
「ねえ! 沙璃さん、なんて出てるんです? その占い」
 沙璃はニヤリと笑う。仲井はその笑いに嫌な予感がしていた。
「だったらぁ……ね? 仲井くーん。わかってるでしょ?」
 沙璃は、猫なで声でな警官にすり寄った。
「ここにお店出したままでもいいよね?」
「こ、今回だけっすよ! 僕、注意は、しましたからね」
「毎度ありー!」
「毎度ありっ……て。なんかやられたって感じがするのは気のせい?」
「気のせいよ」
 沙璃は、カード数枚を引き抜いた。
「あなた、最近、彼女をすごく怒らせてる?」
 沙璃のその言葉に仲井の顔色が変わる。
「絶対、あの事だ」
「そう、あの事よ」
 すかさず言った沙璃の言葉に焦る仲井。その眼の前で沙璃はカードをめくり続けた。
「君、どうやら彼女の絶対触れちゃいけない部分を踏んだみたいね。俗に言う"地雷"ね」
「踏みましたか……やっぱり」
 仲井は、がっくりと肩を落とす。
「でも、まだ希望はあるわ。彼女の言う事を3つ聞きなさい。3つよ。そうすれば、関係、修復するから」
「まじっすか!」
 にっこりと頷く沙璃。
「よーし、そうか! ありがとうございます!」
 警官は、丁寧に敬礼すると急いでテントから出て行った。
「うふふ、上手くいってるか、いってないかは1/2の確率でしょ」
 沙璃は袋からカップ麺を出すと蓋を開けた。
「仲井君たら素直だから好きよ。さーてと……」ポットのお湯を注ぎながら沙璃はそう呟く。
 その時、でテントの入り口の幕が上げられた。
「すみません、営業中ですか?」
 幕の外から顔を見せたお客は、控えめな声でそう言った。
「あ! い、いらっしゃいませ。どうぞ、どうぞ」
 丁重に手招きする沙璃。中に入ってきたのは長い黒髪の若い女だった。薄い化粧だが、綺麗な顔立ちだ。
「ごめんなさい。休憩中でした?」
「いえいえ、今、一人、カモ……いえ、お客様がお帰りになったところで。ぜんぜん良いタイミングですから」
 沙璃は湯を注いだばかりのカップ麺をテーブルの下に隠した。醤油スープの香りが漂う。
「で、どんな占いをご希望で? 恋愛? 仕事運? 金運?」
「人を探したいんです」
 功美は、小さな声でそう言った。

 *  *  *  *

「人探しですかぁ」
 沙里は頭を掻いた。
「駄目ですか?」
「いえ、駄目じゃないですけど……基本占いなんで。具体的な所までは言えませんよ? たとえば何丁目の何番地とか」
「はい、わかってます」
「伝えられるのも可能性の高い方向とか時間とかそんな程度ですけど」
「はい」
 沙璃はトランプをシャッフルしながら、この控えめな、お客の様子を窺っていた。なにやら思いつめたような表情だ。事情はあるらしい。
「ところで、お名前は?」
 シャッフルを中断した沙璃が尋ねる。
「広田功美といいます」
「じゃあ、クミさん。占いましょうか」
 沙璃はシャッフルを再開させた。
「相手はどんな方? 女性とか男性とか……」
「男性です」
「彼氏さん?」
「いえ、そういったわけでは」
 功美は顔を赤らめるとうつむいてしまった。声の大きさといい随分、恥ずかしがり屋のようだ。
「その人、あなたにとっては大事な人?」
「はい」
 功美は、そう答えた。
「私の命の恩人です」
 沙里のシャッフルが止る。
「へえ……」
「一度会ったきりなんです。でもどうしてもお礼を言いたくて」
「そんな事、言ってえー。それって一目ぼれってやつじゃないっすかぁ」
 沙璃が楽しそうににそう言った。沙璃の大好きな話だ。
「いや、その……ただ私はお礼を」
「どんな人?」
「え?」
「どんな感じの男性?」
「占いに必要ですか?」
「はい! かなり必要です。私のモチベーション的に」
「……な人}
「え?」
 功美は何かを言ったが小さすぎてよく聞き取れない。
「ごめんなさい。もう一度言ってもらえます?」
 沙璃は聞き取ろうと耳を功美に近づける。
「……な人です」
「ん?」
 よく聞こえないのでさらに顔を近づけた時だ。沙璃は思わぬ逆襲をうける。
「笑顔が素敵な人ですっ!」
 功美のその声はテントの外まで響いた。通行人も思わず振り向く。
「いや、そこまでボリューム上げてもらわなくても」
「あ! ごめんなさい。私、その、なんか緊張しちゃって」
 焦った功美の仕草が慌ただしくなる。髪を描き上げた。
「おっ、片イヤリングなんだ」
 功美の左耳には赤い菱形の飾りがついたイヤリングがはめられていた。白い肌によく映える。
「イヤリングが片方だけってのもおしゃれかですよね」
「これ、そんなんじゃないんですよ」
 そう言って功美は左耳のイヤリングを長い髪で隠すような仕草をした。
「あら? 似合っているのに」
「反対側のは、落としてしまって。でもこのイヤリングは気に入ってたので片ほうだけでも……って。だいたい私はあんまりオシャレする方でもないし、何着ても似合わないから」
「功美さんは美人ですよ。自分で気がついてないだけで。飾り気が少しばかりないだけ」
「そんな事……ないです」
「知ってます?」
「え?」
「右のイヤリングは相手の男性の気持ちを受け取った証なんですって」
「へえ……でも私、相手なんて」
「これは未来への予約ですよ」
 トランプをシャッフルしながらそう言った沙璃をぽかんと見つめる功美。
「未来への……予約ですか」
「そうそう。それより、さあ、占いましょ!」
 沙璃は並べられたカードをめくった。最初に顔を出したのは。
「ダイヤのエース……」
「それって何か悪い意味ですか?」
「いや、特に。カード意味は常に変わっていくので……うーん、この意味は」
 そう言って沙璃は後のカードを引き続けた。そして12枚目。
「あれ?」
 そこに現れたのはもう最初と同じダイヤのエース。
「ダイヤのエースが2枚?」
「あら、ごめんなさい! どうやら予備においてるカードから紛れちゃったみたい。これはナシとして……と」
 沙璃は、もう一枚カードをめくった。
「ああ、想い人とはいずれ会えますね」
「本当ですか?」
 功美の顔がぱあと明るくなった。
「時期的には……そうですね。あっ!」
「どうしました?」
「えーと」
「はっきり言ってください。占い師さん」
「言い難いんだけど、もう、既にすれ違ってます」
 功美の顔が一気に沈み込む。
「ごめんなさい。功美さん」
「いいんです。私っていつもそう。タイミング悪んですよ。ここへ来るのも随分、迷ったし。もう少し早くきてたらいい結果がでたかも」
「あはは。麻里さん。私がいうのもなんですけど」
 沙璃は気まずそうに言った。
「占いってそんなに気にする事ないってよく言うじゃない? だから……ね?」
 そうは言ったものの功美の落ち込み様を見るとなんとも放っておけなくなる。
「ねえ、功美さん。よかったらもうちょっとその人の事を聞かせてくれない?」
「でも……」
 渋る功美に沙璃は続けた。
「そう言った情報量の多さで占いの集中力ってのも変わるもんなのよ。もう一度占って上げるからね。サービスで」
 功美は、うつむいた顔を上げると語り始めた。

 *  *  *  *

「二か月くらい前の事です。私、死のうかと思ってたんです」
 深刻な撃ちあけばなしに沙璃も驚く。
「えーっ!」
「仕事やプライベートでも、なんか上手くいかなくて。それまでの自分が急に嫌になって……」
「まあ、たまには、そんな気分の時もあるかもね」
「で、私、電車にその……」
 功美が涙目になっていく。沙璃は、功美にそれ先の言葉を言わせたくなかった。
「いいわよ。わかった。もういいって、功美さん」
 功美は涙ぐんだ目をこすった。
「で、ホームに立ってその時を見計らったらその時、誰かに肩を叩かれて振り向いたの。そしたらあの人が立ってたんです。息を切らしていて……なんか、それが。すごく素敵な笑顔だなって」
 功美は笑いながらそう言った。今日見せた初めての笑顔だった。
「その時にあの人、私に何かを言ってたんですけど、入ってきた電車の音でよく聞き取れなくて」
「じゃあ、特に話せなかったのね」
「はい。後は降りてきた人ごみに紛れてしまって、そのまま……でも私、あの時、胸が一杯で、きっと会話できなかったと思う」
「あははは」
「お礼言いたいんです」
「ん?」
「あの時、あの人が私が死のうとしたのに気がついて声をかけてくれたのか、たまたま別の理由で呼びとめたのか分かりません。でもあの時から私、少し変われたんです」
 功美は必死になって話続けた。
「偶然にしろ。あの時、私が思いとどまったのは何か意味があるのかも。そう思えたら、少しばかり辛い事にも耐えれる様になりました」
 沙璃は功美の言葉を黙って聞き続けた。
「本当に少しだけど……でも私の中の別のところではそれは大きな事なんです。ごめんなさい。わけの分からないこと言っちゃって」
「そんな事ないよ。すっごくわかるもん!」
 沙璃はにっこりとほほ笑みかける。
 最初、功美がテントに入った時に向けられたとは違う笑顔だった。今の笑顔はすごく安心できる。
「人生は一見、無駄のように思えるんだけど、実は無意味なことはひとつもないんだって」
「え?」
「どっかの偉い科学者さんが言ってたよ」
「はあ」
「シンクロナイトスイミ……違った。シンクロニシティって言うんですって。別の偉い先生が言うには。関係なさそうな事も実は因果関係があるかもっていう説」
 沙璃は改めてカードをシャッフルすると功美の前に並べて見せた。
「さっ! 今度は功美さんがカードを引いて」
 真剣な顔でカードを一枚ひく功美。
「あ?」
 それは再びダイヤのエースだった。
 沙璃は、それを麻里の手から取るとカードを戻した。
「よかった! いい結果が出たわよ」
「そ、そうなんですか? これ」
「想い人には、近いうちにまた会える。しばらくこの駅に通ってみて」
「実は、毎日通勤に使ってるんです」
「うーん……とにかく、また会えるから! 信じなさい!」
「は、はい」
 功美は強引に返事をさせられた。
「まったく……ちょっと焦ったわ」
 功美は料金を払うと席を立った。
「ありがとうございます。占い師さんに話を聞いてもらえただけでもよかった。すごく心が軽くなったみたいで」
「まあ、そんなもんよ。苦しい胸の内を吐き出すってのは」
 功美は頭を深々と下げた。
「いや、そんなに大げさにしなくても」
「いいんです。わたしうれしかったから。たとえ当たらなくても」
「うっ……それは余計な事ですけど」
「シンクロナイトスイミングの話も面白かったです。じゃあ!」
 そう言ってテントを出て行った。
「功美さん……それ間違ってるから」」
(※シンクロニシティです)

 *  *  *  *

「へえ、そんなコもいるんすねえ」
 仲井は自分の手持ちのカードを一枚、テーブルに置いた。
 テーブルの上には7列を中心に4段にカードが並べられている。7並べだ。
「そうなのよ。なんか、なんとかしなくちゃあーって気になったんだけどさ。ああ、パス2」
「沙璃さん、あとパス1回っすよ」
「うるさいわね。わかってるわよ」
「その人ってこの前、僕が占ってもらった時、すれ違ったお客さんでしょ? なんか色白美人な」
「しっかし、そういうとこはしっかり見てんのな。オメー」
「いいじゃないっすか。観察眼も警官の技っすから」
「その観察眼……生かせればよったのにねえ。彼女の事とか」
「そ、それは言わないでくださいよ」
 仲井は何か泣きそうだ。
「ひひひ、心配してんだぞ。お姉さんは」
「心配してる人の笑い方じゃないっすよ? それ」
「人の言う事を聞いて3つのお願い聞いてあげないから」
「聞きましたよ。ちゃんと」
「え! それで失敗? おかしいなぁ……結構、マジで占って上げたのになぁ」
「まず、欲しいっていうブランド物のバッグを買ってあげたでしょ? それがひとつめ」
「ふんふん」
「それから、重たいーって言うから荷物持ってあげて。これで二つ目」
「ん? 仲井君」
「3つ目は、デートの途中で帰りたいーって言うからそのまま送ってあげて」
「仲井! おめー観察力の前に理解力養え」
「え? え?」
「まったく……こんなところで七並べなんてやってるようだから振られるのよ」
「あーっ! それは言わないでくださいよー! 僕、非番でもする事ないんっすからぁー。大体、彼女に振られたのって沙璃さんのアドバイスも少し原因なんすからね!」
「だから、それはオメーの理解力とデリカシーの無さが原因だってーの! つーか、あんたは暇でも私は仕事中!」
「大丈夫っすよ。お客来ないっすから」
「余計なお世話よ」
「7並べ中だから、僕が"休憩中"って看板だしといたんで」
「それ営業妨害っ!」
「あ! 上がった」
「なんか、ムカつくわ、この男」
「あ!」
「今度は何!」
「このトランプおかしいっすよ」
「はあ?」
「だって、僕が上がって沙璃さんはあと二枚なのにほら」
「ん?」
 並べられたカードを見ると列には三枚分の隙間がある。
「あれ? 私のカードはクラブのジャックとクイーンだけど」
「という事はダイヤのエースがないんすよ」
「ダイヤのエース……あーっ!」
 沙璃はテントの外にも聞こえるような声を張り上げた。
「そ、そんなに驚かなくても。きっと、どこかに無くしちゃったんッスね」
 沙璃はトランクから別のカードの束を取り出すと必死にダイヤのAを探した。その束にはダイヤのエースはない。
「あの時の占いで使ったの、カードこの束のだったわ」
「それってそんなに重要な事なんすか?」
「何となく見えてきたのよ!」
「何が?」
「紛れ込んだ別の束のダイヤのエース。一枚だけ足りないカードの束」
「沙璃さーん、僕には何言ってんのかわかんないっすよぉ」
「ねえ、仲井くん。仲井くんって駅の傍の交番勤務よね?」
「そうですけど、それが何か?」
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、落し物って確か三か月は保管するよね?」

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