Dファクトリー

 

Trick or Missing


 ヴァーグはラファルを追った。
「まったく、手をかけさせて……待て! こら!」
 ラファルは半分泣きじゃくって道路を走った。車の往来する車道へお構いなく。
「危ない!」
 寸でのところでラファルを抱きかかえると車を避けて転がった。
 呆気に取られながら埃まみれのヴァーグを見上げるラファル。
「駄目だろ! 道にとびだしちゃ! 今度こそ死んじまうぞ」
 ヴァーグの怒った顔にラファルが泣きだした。
「だって、ヴァーグが私を連れ去るって言うんだもーん」
(よほど家には帰りたくないんだな。職務上、署に連れて行った方がいいんだが……)
「わかったよ。とりあえず。俺の家に来い。それからいろいろ相談しよう」

******

「何考えてんだ? おまえ」
 同僚のドニが電話越しに言った。そう言われるのは予想はしてたが。
「様子からすると、この子には何か家庭の事情があるらしいんだ。無理して帰すのも可哀そうだし」
『そんな面倒くさい事に関わるな。俺たちの仕事は事件になってからだ。それまでは口出しする事ないぜ』
「虐待の可能性があるなら調べるべきだ!だいたい可哀そうだろ」
『わかった、わかった。で、何をしてほしいんだ』
 ドニは説得をあきらめた。
「この子の家を知りたいんだ。控えてくれるか」
『いいぜ』
 ドニは受話器を肩と顎で挟むと手帳とペンを取りだした。
「名前はラファル……なあ、ラファル、名字は何て言うんだ?」
「名字? 名字って?」
『大変そうだな』
「黙ってろ」
 電話の向こうでドニは肩をすくめた。
「俺は、ヴァーグ・クレール。君は、ラファル……なんだ?」
「ラファル……うーん」
 ラファルは周囲を見渡した。
「俺たちは友達だろ? 名字くらい教えてくれよ」
「友達? ヴァーグと?」
「ああ、友達だ。僕は君の事が心配。それは友達だからだ。わかるか?」
「ええ、友達。ヴァーグとは友達でいたい」
「じゃあ、名字を教えてくれ」
「ラファル……キャスパー」
「ラファル・キャスパーだ。メモったか?」
『ああ……ラ……ファル……キャスパーと。漫画の主人公と同じ名だな』
「余計な事はいいって」
『あの漫画好きだったんだ。で、キャスパー嬢のお歳は?』
 ヴァーグはラファルの方を見た。
「そうだな……12……14くらいかな…・」
『どっちだ?』
「なあ、ラファル。歳はいくつだ」
「412歳」
「……・12歳だ。魔女の衣装を着てる」
 電話口から笑い声が聞こえた。
『いいね、412歳の魔女。仮装パーティー中かジャポンのアニメのコスプレってか?』
 しっかり聞こえてたらしい。
「知らないよ。彼女の家を見つけたら連絡くれよ。頼むぜ」
『分かった。それとだな。聞いたぜ、シレーネの事。何をして怒らせたんだ?』
「な、なんで知ってる?」
『シレーネは俺の従妹だぜ? お前らお似合いだと思ったのにな』
「俺は、女って奴の気持ちがわからなくなった。何でいつも機嫌が急に悪くなるのか。最初はいい娘だと思ったのに」
『俺は想像つくぜ』
「何を……ほんと?」
『教えてやってもいいが、その前に本音を聞かせろよ。彼女を愛してるのか?』
「振られたのは俺の方だぞ?」
『いいから答えろよ』
「……好きだよ。今でも愛してるさ」
『そうか』
「で、教えろよ。何でおれは彼女をいつも怒らせるってんだ?」
『それはラファル・キャスパーの住所を調べた後に一緒に教えてやる。じゃあな』
「お、おい!」                           
 電話は切られた。
「くそっ……」
 携帯をしまうとラファルの視線に気がついた。
「なんだよ」
「あなたの愛する人が戻ってくるといいね」
「うぐ……」
 全部聞かれている。子供とはいえ、プライベートを知られるのは少し気恥ずかしい。
「と、とりあえず。家に行こう。詳しい事情を教えてくれるか?」
「うん、ヴァーグならにならいいよ。でも……」
「言い難い事なら後でもいい」
「やさしいんだね、ヴァーグって。愛する人が戻ってこなかったら私が代りになってあげる」
「そうかい、お嬢さん。そいつはうれしいね」
「本当だよ」
「泣けてくる」
 ヴァーグはパトカーの後部座席のドアを開けた。


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