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1、依頼


二校目



 空港の上空には着陸待ちの旅客機がのごった返していた。
 その隙間を縫って着陸許可を許された小型自家用機が着陸のために大きく旋回していた。
 大統領の名前を持つその空港ではテロ防止の為に警備は厳重。銃器の持ち込みにはかなりの制限がある。
 彼ら"蒼威警備保障"が、わざわざ社用機で移動するのも武器の制限が緩いからだった。
 "ガーディアン" 呼ばれるエージェントたちは、そのおかげで好みの武器を持ち込めた。


 機体の旋回に伴い僅かにグラスが傾いていく。
 グラスの中には、よく冷えたミルクが一杯に注がれていた。シートに座る白に近い金髪の女はグラスを慎重に掴むと一気に飲み干した。

「ぷはーっ! 美味い♪」

 ミッシャル・ウォンは空になったグラスを折りたたみの簡易テーブルに置いく。

「またミルクか? 飽きないな」

 反対側のシートに足を放り出して陣取っていた男が雑誌を読みながらそう言った。

「いいじゃん、好きなんだから」

「いまさらミルクを大量に飲んだkらって身長は伸びないぜ」

「むっ!」

 空のグラスが男に投げつけられた。男はグラスを見ずに片手で受け取る。

「おいおい、危ないな」

 男は雑誌を下ろすとミッシェルに文句を言った。その顔は黒いアビオニクス(電子装置)マスクで覆われ素顔は見えない。

「だって、デワンが酷い事いうんだもん」

「そいつはすまなかった。背の事を、そんなに気にしているとは思わなかったんでね」

 そういうと男は再び雑誌を読み始めた。

「ふん!」

 ミッシェルは、ふてくされて窓の外に顔を向けた。 




 しばらくして蒼威警備保障の小型ジェット機は空港の隅の滑走路に着陸した。
 機は数百メートル通過した所で止まる。
 その下には黒い4駆車が停まっていた。FBIが採用している型と同じものだ。
 機体が停止するのを見計らって車の中からサングラスを掛けた男が二人降りてきた。

「ご到着だぜ」

 ロシア系の男が煙草に火を付けながらそう言った。そのとなりではアジア系の浅黒い男が眉をしかめる。

「おい、ランスキー。早く煙草を捨てとけ」

「なんで? お前も吸うだろ」

「今日のお客が嫌うんだ」

「構う事はねえ」

「俺は忠告したぞ」

 浅黒い男は諦めたように首を横に振った。



 ジェット機のドアが開きタラップが降ろされる。
 中から黒いコートを羽織った二人が姿を現した。一人は小柄で金髪の女。そしてもう一人はガスマスクに似た黒い仮面を蔽った長身の男だ。

「やっと着いたね、デワン」

「ああ」

 デワンは出迎えを見つけると挨拶に片手を挙げた。相手の方も手を上げる。
 二人はタラップを降りていった。

「久しぶりだな、デワン」

 ミッシェルたちが二人組に近づいていくと相手の方から先に声をかけてきた。

「お前もな、ラス。元気だったか?」

「まあな。しかし本社がお前らを寄越すと知った時は驚いたよ」

「人手不足なのさ」

「謙遜するな。腕を買われたんだ」

「ラス。ところで……」

「ああ、奴には言ったんだけどな」

 ラスは煙草を咥えた相棒に目をやると肩をすくめた。
 車に乗り込もうとしたミッシェルは立ち止まるとランスキーに声をかけた。

「ねえ、それ咥えたまま車の運転を?」

「ああ、悪いか?」

「悪いね。あたし嫌いだし」

「そうかい」

 ランスキーは、関係ないとばかりに煙草の煙をミッシェルの顔に吹きかけた。
 その様子を見ていたデワンが首を横に振る。

「あーあ、しらねえぞ」

 ミッシェルがニヤリとした。相手もだ。
 しかし次の瞬間、咥えた煙草は目にも留まらぬ素早さでミッシェルに手に奪い取られた。

「てめっ……うっ」

 怒ったランスキーだったが、これまた信じられない素早さで顎の下にナイフの先が突き立てられ動きを封じられる。

「あんた、喫煙者の癌発病の確率知ってる?」

「ざ、雑誌で読んだことがあるよ」

「なら私は2度命を救った事になる。ひとつは肺ガンを防いだ。もうひとつはこれ」

 そう言いながらナイフをランスキーの喉のそばで揺らすミッシェル。

「意味わかるよね」

「あ……ああ、わかる。よくわかった」

 固まったままランスキーは返事をするとミッシェルはナイフをくるりと指で回してスーツの中に戻した。

「さっ! 早く連れてってよ」

 ニヤリと笑いながらミッシェルは車の後部座席に乗り込んでいった。
 ラスが相手が悪かったと顎を気にする相棒の肩を叩く。





 蒼威警備保障のガーディアンたちは車に乗り込むと目的地に向って走り出した。

「で、今回の護衛は?」

 デワンが切り出した。

「ホテルにいる。今、チャーリーのチームが護衛にあたっているが、お前等に交代だ」

「なんでまた俺達なんだ?」

「クライアントがワンランク上の護衛を依頼してきたからさ」

「聞いた? 私たちワンランク上なんだって」

「調子に乗るな、ミッシェル。状況に寄って適したチームが据えられるだけのことだ。俺たちが優秀だからというわけではないんだぞ」

「ちぇっ、デワンは、おカタイなあ」

 そう言ってミッシェルが口を尖らす。

「まあまあ、二人とも。どっちの言い分も合ってるんだから」

 運転席のラス・タンが仲裁に入った。

「だってさ、デワン」

「ふん」
 デワンは、そっぽを向いた。




 やがて車がホテルの駐車場に着くとミッシェルとデワンは車から降りた。
 ラスとランスキーたちは車に乗ったままだった。

「お前たちは?」

 デワンが運転席を覗き込みラスに言う。

「俺たちは他のクライアントがいるんだ。単に通りがかりに拾ってやっただけだよ。じゃあな。気をつけろよ」

 ラスはそう言って片手をあげた。

「わかった。ここまでありがとな」

 デワンはそう言ってラスに握手を求め、それにラスも応えた。
 車は走り出すとUターンして方向を変えて止まった。助手席側のウィンドウが下がるとランスキーが顔を出す。

「おい、小さいの」

 ロシア系の大男はミッシェルを睨みつけた。

「何? あたしの事?」

 ミッシェルは眉をしかめる。

「さっきの"借り"は返すからな」

「ふん、いつでも来なよ」

 ランスキーの挑発にラスが割って入った。

「おい、それくらいでいいだろ。いくぞ。すまんな、ミッシェル」

「いいや、こっちもやり過ぎてる。気にするな」

「えーっデワン、どっちの味方ぁ?」

「どっちでもない。俺は上手くやりたいだけだよ」

 車はホテルの玄関から走り去っていった。それを見送った後、ミッシェルとデワンは顔を見合す。

「さてと行くか」

「はーい」

「お前、緊張感ないな」

「緊張したっていいことないよ」

「気が緩み過ぎも問題だ」

「もーっ、デワンったらいっつも一言多い」

 エレベーターに乗り新しいクライアントが待っている目的の階に向った。

 中ではリラックスできるボサノバ系の音楽が流れる。

 金属色のドアの表面に並んだミッシェルとデワンが映りこむ。ミッシェルは平均より少し小柄だが平均より背の高いデワンの横に並ぶと子供の様に見てしまう。ミッシェルは、つま先を少し上げて背を伸ばしてみた。それでようやくデワンの胸ポケットあたりだ。
 その様子に気がついたデワンは黒いマスクの下で微笑んでいた。

 しばらくして扉が開く。

 廊下に出ると二人は妙な気配を感じだ。

「デワン?」

 察したミッシェルが声をかけた。

「ああ、何か臭うな」

 二人は黒いスーツの下に隠したホルスターからハンドガンを抜いた。ミッシェルはオール強化プラスチック製のワルサーP90。デワンは大口径の拳銃デザートイーグルだ。
 目的の部屋の前に立つとデワンがドアを蹴破った。
 中はミッシェルたちと同じコートの男たちが倒れていた。床には無数の薬莢が転がっている。
 デワンがミッシェルに指で隣の部屋を指差す。ミッシェルは頷くと壁に身隠して位置についた。
 二人は同時にハンドガンを部屋の中に向けた。

「チャーリー!」

 そこに倒れていたのは同じ蒼威警備保障の仲間であるチャーリーの姿だった。
 声に反応したのか、その指が微かに動いている。

「おい、しっかりしろ」 

 デワンはチャーリーを抱き起こした。

「くそったれ、様はねえ。やられちまった」

「相手は誰だ」

「わからねえ。だが普通じゃない。仲間が一瞬だった……くそっ」

 チャーリーは悪態をつきながら口から血を吐いた。

「しっかりしろ。すぐ助けを呼ぶ」

「それよりクライアントを」

「姿が見えない。残念だが」

「へへへ、いや違うね。してやったりだ」

 チャーリーはニヤリと笑いながら血だらけの指で天井を示した。

「あん? まさか」

 デワンとミッシェルは天井を見上げた。

「その"まさか"さ。連中を出し抜いてやった」

 ミッシェルはデワンのアイコンタクトに頷くとテーブルを持ってきて天井の隅にあるエアーコンディショナーの点検口
に上った。 用心しながら中をマグライトで照らすミッシェル。

 誰の姿も見当たらなかった。諦めて下に降りようとした時、奥に何かが動くのが見えた。

「誰?」

 人の気配にミッシェルはマグライトを向けた。
 ライトの光に照らされたのは、小さな男の子だった。



2、少年


二校目

 天井裏から助け出した少年と負傷したチャーリー・タザキは蒼威警備保障の息のかかった病院に連れて行た。
 バックアップの手配やら仲間の治療、手続きやらで落ち着いた頃には夜になっていた。


「チャーリーは?」

 ミッシェルは自動販売機から出たミルクパックを取るとストローを外した。

「急所は外れている。助かるそうだ。だが部下を亡くした事の方がショックが大きい」

 デワンがうつむくミッシェルの肩を叩く。

「大丈夫さ。奴はタフだ」

「そうだね」

 ミッシェルはそう言ってにこりと笑ってみせる。しかし無理した笑顔はデワンにも分かった。チャーリーとは何度か仕事をした間柄だ。それだけにミッシェルは今回の事が悔しかった。 もう数分早く到着していれば……

「相手は?」

「分からん。チャーリーの話では完全武装した訓練を受けた連中らしい。しかもアタックは的確。綿密な作戦があった筈だ。でなければこうまで鮮やかにはやれんだろうな」

「只者じゃないってわけか」

「ところで、護衛対象だが」

 デワンがミッシェルがファイルをを渡す。

「ミック・ホールデン、8歳。あの子が護衛対象? 子供あいては、ちょっと大変かもね」

「おいおい、俺たちは誰だ?」

「蒼威警備保障のガーディアン」

 ミッシェルが呟く様な声で言った。

「しかもデキのいい。そうだろ? 」

「そんな事言って。デワンの方が楽天家じゃないの?」

「そうかもな。さあ、警備対象の所へ行ってみようか」

「了解……ん?」

「どうした? ミッシー」

 ミッシェルは窓から外を見た。何かの気配を感じたがそれはすぐに薄れていく。

「何でもない。さあ、行きましょ」



 向かいのビルの屋上から病院に狙撃ライフルを向けてていたスナイパーはスコープから目を離した。


「対象が移動した」


 その横では指向性マイクを病院に向けていた戦闘服に身を包んだ男がヘッドフォンに手を当てた。

「こちら、ユニット1。対象は移動を開始。ターゲットに向う模様」

『了解、ユニット1。監視を続けろ』

「了解」

 男たちは指向性マイクを病院に向け続けた。







 ミッシェルたちの乗ったエレベーターが開くと病室の前を見張る仲間の蒼威警備保障の巣が見えた。ミッシェルたちを見つけると軽く挨拶する。

「様子は?」

 デワンが周囲を見渡しながら見張りに聞く。

「特に異常なし」

「ごくろうだったな、こっからは俺たちが引き継ごう」



 ミッシェルは勢いよく病室のドアを開けた。

 中にいた蒼意警備保障のエージェントが咄嗟に銃に手をかける。

「あっと! ごめん、驚かしちゃったぁ? でも同士撃ちはやだよ」

「おいおい。脅かすなよ、ミッシェル」

「にっひひひ、ご苦労さん、交代するよ」

 病室で警護していた男たちは肩を竦めると部屋から出て行った。

「やあ、ミック」

 ミッシェルはベッドから身体を起こしてポータブルテレビゲームに興じる少年に声をかけた。

「元気?」

「元気なら病院にいると思う?」

 少年はゲームを続けながら無表情でそう言った。

「まっ、そうだけどさ」

 ミッシェルは椅子を引き寄せると座り込んだ。

「私はミッシェル・ウォン。君はミック・ホールデンだね」

「そうだよ」

「今日から私たちが君の警護にあたる。よろしくね」

 そう言ってミッシェルは手を差し出した。しかしミックはそれを無視してゲームを続けた。 その様子にミッシェルも頭を掻く。

「うん……まあ、仲良くやっていけそうね」

「前の人たちは?」

 少年の言葉にミッシェルとデワンは顔を見合す。

「ああ……皆、大怪我してね」

「嘘だ。死んだんでしょ? 僕、知ってるんだ。あいつら言ってたし」

「あいつら?」

「僕らを襲った人たち」

「君は利口ね。でも本当のこともあるよ。その内、一人は生きてるから」

「本当?」

「この病院に入院してる」

「ケガしたんだ。ひどいの?」

「う、うん。ちょっとね」

「あの人、僕に上に隠れてろって。その後、ずっと銃声が鳴っていて」

「わかってる。もういいよ」


「あいつら僕を捕まえに来たんだ」


「あいつら? 見たの?」


「ドアの隙間から少し見えた。ピエロだった」


「ピエロ?」


 ミッシェルとデワンは顔を見合せた。


「ピエロが僕を捕まえにくる」

 ミッシェルは怯える少年の手をそっと握るとシーツから離させた。
 その様子を壁に寄りかかりながら見ていたデワンはミッシェルの子供を相手にする態度が予想外な事に驚いていた。正直な所、普段の気性の激しい様子を見ているとミッシェルには子供の相手など無理であろうと勝手に思い込んでいたからだ。

「もう、遅いし、寝たほうがいいね」

「寝たくないんだ」

「でも、寝ないと疲れも取れないし、いい夢もみれない」

「夢なんてみたくない。嫌な夢ばっかりだから」

 ミッシェルはミックに顔を近づけた。

「今日は、きっといい夢さ」

 そう言って片目を瞑ってみせるミッシェルに少年は少し驚いた表情で顔を見つめる。

「そうかな?」

「そうだよ」

「でもまた」

 ミッシェルはミックが不安になっているのを察した。やはり謎の襲撃者たちの事はとてもショックだったらしい。

「心配ない。私たちが守っているから。こう見えても信じられないくらい強いんだぞ」

「そうなの?」

 ミッシェルは不思議そうに顔を見るミックの手を両手で握った。

「だから、安心して眠りなって」

「う、うん」

 少年は納得したのかベッドの中に入った。

「いい子ね」

 ミッシェルはそう言って優しく微笑んだ。







 同じ頃、無音のヘリが病院の上空にホバーリングしていた。

 スライドドアが開くとロープが下に垂らすと、武装した戦闘員たちが降下していく

 6人ほどの戦闘員が屋上に降下すると周囲を警戒しながら射撃体勢をとる。

「いくぞ」

 最後に降下した男がそう指示を出すと非常口に向かって歩きだした。その顔はピエロに似た仮面で隠されている。

 他の戦闘員たちはアサルトライフルを構えて後に続いた。




「デワンさんとミッシェルさん?」

 廊下に出たデワンとミッシェルに病院のドクターが声をかけてきた。

「ミックくんを担当したドクター・ハウゼンといいます」

「どうも」

 ハウゼンとミッシェルに握手を交わすデワン。

「血液に先天的に問題があるという事でしたので、念のためこちらでも検査をしてみたんですが」

「あの子が血液の病気?」

 ドクターの言葉にミッシェルは眉をしかめる。

「いや、病気と言っていいのかどうか」

 ドクターは言葉を詰まらした。

「警備対象の生命に関わる事なら俺たちもよく知っておきたい。説明してもらえますか?」

 デワンがそう言うとドクターは少し考えて言った。

「彼の血液は特殊でしてね。私も驚いてるんです。実はこんなのは初めてで……」

 ドクターがそう言いかけたその時だった。銃声が鳴り、ドクターの身体が突然、吹き飛んだ。

「ハウゼンさん!」

 廊下の先に片手でハンドガンを向ける男の姿があった。

 その顔はピエロに似たマスクで覆われ素顔はわからない。滑稽なマスクとは対照的に全身はアーマーベストと携帯用武器で完全武装していた。

「なんだ、あいつ!」

 ミッシェルはワルサーP90を抜くとピエロに向って発砲した!
 素早く身を隠すピエロ男。

 追撃しようとした時、デワンはミッシェルの襟を強引に引っぱった。

「な、なに? デワン」

「危ない! 下がれ!」

 その言葉の通り、ピエロと入れ替わりに戦闘服に身を固めた男たちが現れ、アサルトライフルで反撃を加えてきた。強力な貫通弾が頭上を通り過ぎていく。

「あっぶなかったーぁ」

 ミッシェルは、ほっと胸を撫で下ろす。
 デワンがハンドガンを連射させる。敵は壁に隠れた。


「ミッシェル!」

「ほい!」

 二人はミックの病室に飛び込んだ!



3、ザ・クラウン



二稿目


 ピエロの仮面の男はアサルトライフルを構えると病室に入ろうとするミッシェルたちに狙いを定めると容赦なく引き金を引く!

 9ミリの銃弾がミッシェルのスーツの一部をかすめた。

 ミッシェルは転がりながら病室に入り込んだ。

 先に病室に入っていたデワンが入れ替わるように廊下に出て応戦した。


「あいつ撃ちやがった! くそっ!」


 ミッシェルは穴のあいたスーツを見て怒鳴る。

 はその仮面の作りからか、楽しんでいるように見えた。
 ベッドの上ではミックが驚いた表情でミッシェルたちを見つめている。


「ごめん、起しちゃったみたいね」

「どうしたの?」

「サーカス団がやってきたのよ」

「サーカス?」

「嫌な連中。だから逃げなくっちゃ。デワン!」

「まかせろ」

 デワンは壁の前に立つと大きく振りかぶった。

「離れてろよ」

 デワンは拳で壁を突き破り大きな穴を開けた。破片が部屋中に飛び散る。
 呆気にとられてそれを見つめる少年。

「さあ、いくよ。ついてきな」

 ミッシェルは少年の手を取ると壁に空いた壁をくぐって部屋を抜けた。
 その後、すぐにドアがけ破られ、閃光手榴弾が投げ込まれた。それとほぼ同時に戦闘員たちが突入した。
 アサルトライフルを構えながら内部を探したが少年とミッシェルたちの姿はない。

 代わりにあるのは壁に空いた大きな穴。


「おい!」

 戦闘員の一人が穴を指差す。
 穴を覗くと壁が次々に開けられ延々と続いている。

「ふん。笑わしてくれる」

 仮面の男が指で合図すると部下の戦闘員たちはアサルトライフルを構えて穴をくぐりミッシェルたちを追った。
 その頃、ミッシェルたちはすでに非常口に辿り着いていた。

 周囲を警戒しながらドアを開け、非常階段に足を踏み出した時だった!
 戦闘部隊の別働隊が上からロープで降下してくる。その手にはサブマシンガンが握られていた。

「危ない!」

 デワンがミッシェルとミックをかばって前に出る。黒いコートが翻された。コートは特殊繊維で縫われて防弾仕様だ。
 9ミリの弾丸の衝撃を見事なまでに吸収していた。
 銃の効果を悟った戦闘員は降下中、武器をナイフに切り替える。
 翻ったコートが下がった後、デワンの背後から飛び出したのはミッシェルだった。

「やああああぁ!」

 デワンの肩をジャンプ台代わりにすると戦闘員の首にハイキックを叩き入れた! 戦闘員はそのまま吹き飛び横にいた同じく降下中の仲間に当たる。バランスを崩した二人は螺旋階段に無様に転がっていった。ミッシェルは細い手すりの上に着地した。

「すごーい!」

 二人の見事な動きに関心したミックは思わずそう言った。

「へへ、そう?」

 ミッシェルは頭を照れながら立ち上がったが頭を掻いた瞬間、身体のバランスを崩し、手すりから落ちそうになった。

「あわわわ」

 咄嗟にデワンがミッシェルの手を掴む。

「調子にのるなよ。ミッシー」

「す、すいません……」

 デワンは気絶している戦闘員のロープを剥ぎ取るとミッシェルに渡す。

「さあ、少年」

「え? わあ」

 デワンはミックを抱えるとロープで下へ降下した。
 その様子を見てミッシェルは、ニヤリと笑う。

「へえ、片手だけで上手くバランスとってるじゃん」

 そう言ってミッシェルが続いて降下していく。

 二人が下に降りたころ遅れて非常口のドアが蹴破られた。出てきたのは例の戦闘員たちだ。

「くそっ! 下だ」

 アサルトライフルが下に向って連射される。

 射撃の雨をかいくぐってミッシェルたちは闇に消えていった。





 上空ではヘリが周囲を旋回し続けてミッシェルたちの姿を探していた。
 暗視カメラが地上のいたるところを映しだす。

『見つけたか?』

 パイロットに下の指揮官から連絡が入った。

「いえ、それらしい姿はみあたりません」

『ではもういい。タイムリミットだ。撤収する』







 外の眩しさに目覚めると少年は車の後部座席にいた。
 前の席には例のふたりがいた。
 少し安心したミックは再び眠りについた。

「一体、なに? あの連中」

 ミッシェルは機嫌が悪そうに携帯電話に言い放った。

『こっちも知らなかった。すまないな』

「病院の方は?」

『負傷者が数名だけで済んだ。君らが銃撃を最小限にとどめたおかげかもしれんな』

「ま、まあ、そのへんはプロだから」

「敵の戦力が把握できないので逃げ出しました、って言えよ。ミッシェル」

 そう口を挟むデワンにミッシェルは口を尖らす。

『どうした?』

「い、いえ。こっちのこと。で、さっき送った画像の解析できましたか?」

『ああ、正体がわかったぞ。"ザ・クラウン"と名乗る傭兵集団だ』

「傭兵?」

『そうだ。だが、どこのセキュリティー会社とも傭兵斡旋会社も仲介に入っていない連中だ。情報部がらみの仕事も犯罪組織の仕事も受ける。手強いぞ』

「相手にとって不足なしだな」

『頼もしいな。こっちも奴等と契約している者の正体を探る。でなければその少年は狙われ続けるだろうからな。状況次第では、あっちのクライアントとの交渉もありえる』

「お願いします」

『ところで、お前たちこの後、どうする?』

「ここから一番近い蒼威警備保障の支店に向います。武器も欲しいし」

『分かった。到着したら知らせてくれ』

「はーい」

『ところでミッシェルくん……;君はなんか緊張感が感じられないなあ。一応、わが社の……』

 ミッシェルは話の途中で携帯電話を切った。





「やれやれ」


 切られた電話の受話器を置くと男はため息をついた。


「だそうです。;ミス・ホールデン。ミックは無事ですよ」

 蒼威警備保障のビルの一室では受話器を置いたミッシェルの上司が目の前に足を組んで座る依頼主を見た。

「結構です」

「しかし、あなたは、なぜ……」

「それは聞かない約束でしょ。それより今回はありがとう。護衛をあの二人に替えて正解だったわ」

 そう言うと依頼主は席を立ち上がり部屋を出て行こうとした。

「あっ、お待ちを」

「まだ何か?」

「あなたは我々にまだ隠してる事があるのではないですか? でないと仕事がやり難くなるので……」

 少し間を置いて彼女は口を開いく。

「いえ、何も」

 そう言って部屋を出て行った。
 後の部屋には香水の香りだけが残る。

「゛アリュール゛……"魅惑"の名を持つ香水か。意味深だな」

 上司は椅子に深く座りなおした。




4、追跡



三稿目


『あの子を逃がしたのか? ミスター・デラルテ』
 音声変換された携帯電話からの声にピエロの仮面をかぶった男は答えなかった。
『こいつは金だけの問題じゃないんだぞ。君たちの命に関わる事でもある。わかるな』
「ああ。よく分かってる」
 仮面の男デラルテは、ようやく口を開いた。
『では、義務を果たしてくれ』
「もちろんだ」
 携帯電話の通話は切れた。
 少し間をおいてデラルテはテーブルを叩き割った。あきらかに怒っている証拠だ。
 その様子を見て部下たちは、その場に固まった。
 デラルテは一呼吸おくと携帯電話を別の場所に掛けた。
「俺だ。頼みたい事がある」
 デラルテは、落ち着き払った声でそう言った。



 そのころ、ミッシェルたちは郊外のハイウェイを走り続けていた。
 ガソリンが心もとなくなっていたので途中、ガソリンスタンドに寄った。少し気になったのは逃げるのに使ったのは車が盗難車だということだ。
 念の為、スタンドに入る前にナンバーは泥で汚して見えにくくしておいた。
「さてと。何か買ってくるよ。何がいい?」
「俺はいい。ガスを入れとく」
 そう言うとデワンは車から降りて給油用のノルズをつかんだ。
「ミックは?」
「ぼくも行きたい」
「じゃあ一緒にくる?」
「うん!」
 ミックはさっきまで寝ていたのが嘘の様に元気に飛び起き車から降りた。
 仲良く売店に向うふたりの様子をデワンは給油をしながら見つめる。

 まったく、いいコンビだな

 ミッシェルのアクロバットな活躍を目にしたミックは、すっかりミッシェルに懐いていた。
 しかしそれを差し引いても予想外に子供と上手くコミュニケーションをとっているミッシェルにデワンは、驚いていた。
 そんな事を思っていると、持っていた携帯が鳴り出した。
「はい」
 デワンは携帯電話を取ると耳に当てた。
「ラスか?」
 掛けてきたのは、昨日、ニューヨークについたデワンたちを出迎えた蒼威警備保障の同僚だった。
 ラス・タン。
 グルカ人である彼は、元傭兵でイギリス陸軍にもいた事があった。デワンとは蒼威警備保障に入る前からの知り合いで彼の持っているグルカナイフ"ククリ"はラスから贈られたものだった。
『手こずってるって?』
「誰が言った? 」
『噂だよ』
「まあ、"当たらずとも遠からず"だ」
『敵は"ザ・クラウン"だって言うじゃないか』
「知ってるのか?」
『傭兵時代に名前は聞いた。情報部に所属していた者や特殊部隊出身者が集まってる。軍にも顔が利くって話だ』
「手強そうだな」
『ビビったか』
「いや、暇つぶしには丁度いい相手さ」
『はははっ! 暇つぶしか。そいつはいい。で? これからどうする?』
「ロチェスター市に向う。向こうの支社で武器と安全な場所を調達する」
『ロチェスターか。手を貸すか?』
「そっちも仕事があるだろう。無理しなくていい」
『こっちはの仕事は退屈なのさ。そっちの方が面白そうだしな』
「考えとく」
『じゃあな。気をつけろよ』
 そう言って電話は切れた。
 デワンが携帯電話をしまうと、買い物を終えたミッシェルとミックが売店の入り口から出ようとしていたところだった。それに気付きデワンが給油を終えた事を身振りで合図する。ミッシェルは頷くとレジに戻った。
「2番だけどいくら?」
 店主の男が画面をタッチすると金額が表示される。
「75ドルと50セント」
 ミッシェルは会社用のクレジットカードを渡した。
 店主がカードをレコーダーに読み込ませるとその作業を興味深げにミックが覗き込んだ。
 店主はにこりとしてミックを見た。
「かわいい子だね。弟さんかい?」
「いや、知り合いの子だよ」
「そう」
「預かってるんだ」
 支払いを終えて店を出るとミックがミッシェルに話しかけた。
「ねえ、ミッシェル」
「ん?」
「ミッシェルは兄弟っているの?」
「いや、アニキみたいなのはいるけど」
「じゃあ、いないんだ」
「ああ」
「ぼくもだ」
「そうかい」
「ねえ、ふたりとも兄弟がいないんなら、どう? ぼくたち兄弟にならない?」
「兄弟?」
「僕、ミッシェルの弟になるよ。だめならお兄さんでもいいよ」
 突然の申し出にミッシェルはニヤリとする。冗談なのか本気なのかミックの顔は真剣だ。
「だめかな?」
 ミッシェルは少し勿体つけて言った。
「年下は兄さんとは言わないんだ」
「そうなの?」
「だから弟ならいいよ」
「本当に?」
「ホントだよ」
 ミックはミッシェルに抱きついた。ミッシェルの手が自然とミックの頭を撫でる。
「給油は済んだ。さあ、行くぞ」
 燃料の代金を支払ったミッシェルたちが来ると運転席のドアを開けてデワンがそう言った。
「ねえ、デワン。あたし、後ろに乗っていいかな?」
「後ろ? 構わないけぜ」
「あのさ、新しい兄弟ができちゃったよ」
「兄弟?」
「ミックの事」
「はは、好きにしろ」
 デワンが肩を竦めてそう言う。
「と、いうわけだ。さっさと乗り込めーっ」
「りょうかーい」
 どこで覚えたのかミックは敬礼すると後部座席に飛び込んだ。その後をミッシェルも後部座席に飛び込む。はしゃぐミックに病人の面影はない。
 運転席に乗り込んだデワンはエンジンキーを回しながら小さく呟く。
「やれやれ、子供がふたりになっちまった」
「え? デワン、何か言った?」
「いや、なにも」
 車はガソリンスタンドを出ると西に向った。



 同じ頃、V-22オスプレイが飛び立っていた。
 垂直に上昇すると二つのローターは90度に傾き、進行方向にプロペラを向ける。その後、600キロ近い速度に達するのに大して時間は掛からなかった。
「目標を補足できました! オンタリオ湖方面に移動中」
 部下の報告に頷くデラルテの仮面が笑っている様に見えていた。
「決して逃がさないぞ」
 目標の位置を示すモニターの表示を見ながらデラルテは、そう呟いた。
 




5.追憶と罠



二稿目


 車は街に入った。
 デワンがルームミラー越しに後部座席を見るとミッシェルに寄りかかりながらミックが寝ていた。
 ミッシェルはといえば退屈そうに窓の外を眺めている。
「子守が気にいってるようだな」
 デワンはミッシェルにそう声をかけた。
「気に入ってるわけじゃないよ」
「でもな」
 デワンはウインカーを出すと右に車線を移した。
「楽しそうだぜ」
 ミッシェルは頭を掻いた。
「小さい頃さあ……」
 デワンはミラー越しにミッシェルを見る。
「近所にリッチーていう男の子がいてよく遊んでいたんだよね」
「香港でか?」
「うん。年下なんだけど生意気でね。いっつもついてきてね」
「いい思い出だな」
「そうでもないんだよね」
 ミッシェルは寂しげな表情を見せる。
「ある時、大喧嘩したんだ。喧嘩はした事はそれまでもあったけどすぐ仲直りにしてた。その日も喧嘩して家に帰ったんだけど、自分が悪いと思って謝りに戻ったんだ。そしたらリッチーの家が燃えてた」
 ミッシェルは頬杖をしながらぼんやりと外の景色を眺める。
「結局、謝れなかったんだよね……リッチーには」



 ミッシェルたちの車は人気のない路地に入った。
「目立たない場所だなね」
「こっちは営業窓口じゃないからな」
 車から降りたデワンとミッシェルは建物を見上げる。
 その二人を監視カメラが追っていた。
 デワンは、シャッターの横の鋼鉄製のドアに取り付けられたレーコーダーに社員カードを通し暗証番号を押す。
「早く開けろ」
 デワンは監視カメラに手を振って急かした。
 ロックが解除される音がする。
「さあ、いこうぜ」
 ミッシェルは車に戻るとミックを連れ出した。
「ここなら安全だからね」
 ミッシェルは、そうミックに笑いかけた。
 デワンは先に中に入っていた。後を追ってミッシェルとミックも中に入る。が、デワンは途中で立ち止まる。
「どうしたの? デワン……っと!」
 通り過ぎようとしたミッシェルの襟をデワンが掴む。
「なに?」
 デワンは通路の隅に取り付けてある監視カメラをじっと見つめた。
「何かおかしい……ミッシェル。おまえたちは一旦、車に戻っていろ。俺は様子を見てくる」
「デワン、ひとりでは行かせられないよ」
「じゃあ、その子は誰が守る?」
「あ……」
 ミッシェルも言葉を詰まらす。
「わかったよ。でも気をつけてね」
「ああ、念のため用心してるだけさ。心配ない」
 デワンはミッシェルの肩をポンと叩くと通路の先を歩いていった。ミッシェルは、デワンの後姿をしばらく見送った後、建物から出た。
「ねえ、あのおじさんってミッシェルのお兄さん?」
「いや、お兄さんじゃないけど似たようなもんだよ」
(おじさんって聞いたら怒るなデワン)
 そんな事を思いながら、外に出たミッシェルは車のドアを開ける。
「さあ、先に乗ってな」
 ミックを車に乗せたミッシェルはドアを閉めた後、外で車に寄りかかりながらでデワンを待った。



 デワンは人気のない通路を用心深く歩いた。

 妙だな。バックドアとはいえ、こうまで静かってのは……

 デワンの被るマスクは極度な紫外線アレルギーを持つ彼が日中行動できる様に装備したハイテクマスクだった。
 その機能の一部が空気中に僅かに残留する科学物質を感知していた。それは、クロロベンジリデンマロノニトリルと呼ばれる催涙ガスに使用される成分だった。後遺症も残し量によっては致死性もある悪質な類だ。
 用心深く進むデワンは、懐のデザートイーグルのグリップを握っていた。
 通路の半分まで来た時、背後の気配を感じたデワンは、デザートイーグルを向ける! 
 一瞬、人影が通路を通り抜けるのが見えた。
「誰だ?」
 呼びかけるデワンだったが返事はない。
 今度は正面に影が見えた。デワンは背後のベルトに隠し持つS&WのM29、通称44マグナムも左手に持つ。
 大口径の拳銃を両手に一丁ずつ構え迎撃の準備を整えると身体の向くを壁に沿わせた。
 その時、何かが床に転がった。

 閃光手榴弾だと?

 地味な色に塗装されたスプレー缶の様な物体が一瞬で破裂した! 視界を潰す強烈な光とガスが一気に噴出する!
 デワンの被るマスクのレンズが自動で反応して焦点スクリーンが閉鎖され光をガードする。ガスもマスクのフィルターが有毒成分を除去していた。

「熱感知モード!」

 音声認識する機能がマスクのレンズを赤外線仕様に変更した。白いスモークが視界を遮っていたがレンズ越しに敵の姿を映し出す。
 案の定、敵はセオリー通りに閃光手榴弾を仕掛けた後、攻撃を開始してきた。
 デワンは両サイドにデザートイーグルと44マグナムを向け、先頭の敵を撃つ!
 狙撃された敵の一人がその場に倒れると後続は接近を止め、その場から狙撃を開始した。
 スモークの中、渇いた銃撃音が鳴り響いた。



 車の横で腕時計を見るミッシェル。
 デワンが建物の中に入って数分しか経っていなかったがこれで時間を確認するのは4回目だった。
 ミッシェルの腕にした時計はデワンがくれたのもだった。何のプレゼントか思い出せなかったがアクション映画の主人公がしていた日本製のモデルと同じという事は覚えていた。
 主人公はクレイジーな行動をしながらも常に市民の事を気遣う警察官。
 監督はもっと無茶なキャラにしたかった様だが主演の俳優が人間性のある主人公を主張したらしい。結果として観客に主人公に好感を持たせる事に成功したと思う。観客は完璧なヒーローに親近感を持たない。人間的な脆さを抱えたヒーローが常に愛されるのだ。
 ミッシェルは建物を見つめ直した。
 その時、背後から車の音がする!
 振り向くミッシェルの目の前に二台の車がスライドして道を封鎖する。

 しまった!

 いたるところで足音が聞こえた。
 横のビルの非常階段に狙撃ライフルを構えた戦闘員が位置についていた。
 ヘリの音が上空に聞こえたかと思うとロープをつたって見覚えのある戦闘員たちが降下してくる。
 ミッシェルは車ごと包囲されてしまう。
 ホルスターのワルサーP99に手をかけようとした時だった。車のサイドミラーが吹き飛びミッシェルは手を止めた。

 ちっ! 警告かよ

 降下してきた戦闘員たちは包囲網を狭めながら近づいてくる。
 鎧の様な装備を纏ったその姿はまるで軍の特殊部隊並みだ。展開行動も恐ろしく素早い。四方からグリーンのレーザーサイトがミッシェルの身体に当てられた。

 不利な状況を悟ったミッシェルは唇を噛み締める。

「蒼威警備保障のミッシェル・ウォンだな。中々やるじゃないか」
 そう言いながら戦闘員たちの中から妙な仮面をつけた男が前に出た。
 装備は他の戦闘員たちと同じようだが被った奇妙なマスクは異彩を放つ。
 ミッシェルは前に傾けていると笑っている様なそのマスクの男を睨みつけた。
「誰だ? お前」
「俺の名はデラルテ。この部隊を率いている。俺たちが同じ標的に二度もアタックさせられるのは久しぶりだぞ」
「じゃあ、もう一度で直して来いよ。三度目も相手してやる」
 デラルテが合図すると部下たちが一斉にアサルトライフルを構えなおす。
「次はない! こいつがファイナルだ」
 ミッシェルの手は、ハンドガンのグリップの前で止まる。
「さあ、子供を渡せ! ミッシェル・ウォン」




6、ブラックマジック


三稿目


「さあ、子供を引き渡せ」
 傭兵部隊ザ・クラウンはミッシェルを取り囲み、ボスのデラルテ・ボーンは勝ち誇った様にそう言った。
「素直に聞くと思うかい?」
「聞くさ。命は誰だって惜しい。まずは武器を捨てろ」
 ミッシェルはハンドガンを構えた腕をゆっくりと下げた。
「いい子だ」
 デラルテが合図すると部下のクラウンの戦闘員たちがミッシェルを取り押さえた。
「だが、いい子過ぎるのが気になる」
 ミッシェルのそばに近寄るとそう言って見下ろした。
「ミックをどうする気だ!」
「お前の知ったことか」
 その時、デカルテの部下たちが騒ぎ出した。
「どうした?」
「子供が見当たりません!」
「何?」
 ミッシェルの胸倉をデカルテが掴んだ。
「おい! 子供はどこへやった!」
「あれ? いないわけ?」
 そう言ってとぼけたミッシェルは、にやりと笑う。
「ふざけやがって」
 その時、建物のドアが吹き飛んだ!
 ザ・クラウンの隊員たちが一斉に振り向く。
 そこにいたのはデザートイーグルと44マグナムを構えたデワンだった。
「待たせたな! ミッシェル」
 突然現れたでワンに注意を引かれたクラウンの戦闘員たちをミッシェルは一気に振りほどくと敵の側頭部にイキックを食らわした。
「どうだ!」
 その場に崩れ落ちる戦闘員。
 同時に奪われていたハンドガンを奪い取ると取り囲んでいた戦闘員に撃ちまくった。
 ミッシェルに気がついたデラルテがハンドガンを向ける。が、ミッシェルも銃口をすり抜けるようにワルサーP99をデラルテに向けた。
「やるじゃないか! 女め」
「そっちもね。マスクマン」
 お互いハンドガンを向け合ったミッシェルとデラルテはこう着状態に陥ってしまう。
 が、先に仕掛けたのはデラルテだった。
 腕に仕込んでいたブレードが飛び出し、すくい上げるようにミッシェルの顎を狙う。
「っと!」
 身体を柳の様にしならせデラルテのアッパーを避けたミッシェルは、向けていたワルサーの引き金を引いた。
 デラルテの首を9oの銃弾が貫いた!
 ミッシェルは身体を翻して距離を離すとデラルテに再び狙いをつける。
「どうだ!」
 しかし、デラルテは倒れなかった。
 銃痕から蒸気の様な煙が上がったかと思うと傷が見る見るうちに塞がっていく。
「えっ? なんで?」
 呆気にとられるミッシェルにデラルテはゆっくりとハンドガンを構えていく。
「驚いたろ? こいつは、魔法さ」
 デラルテの指が引き金にかけられた。
「お前の相手にしているのは悪魔なんだよ! ガーディアン」
 その時、目の前を何かが転がり破裂した。
 デワンが放り投げた閃光手榴弾だ。
 周囲を白い煙が周囲を眩ます。他の箇所にも次々と爆発と煙が吹き上がる。
 目を閉じて鼻と口を手で覆っていたミッシェルを誰かが抱えた。
「逃げるぞ、ミッシェル」
「デワン?」
 デワンはミッシェルを後部座席に放り込むと自分は運転席に乗り込んだ。
「あいつ、撃たれて傷が!」
「わかっている。奴の部下もそうだった。だが……」
 バックで急発進する車はそのまま通りに飛び出た!
「話は後だ!」
 通りを走ってきた車が急ブレーキをかけて衝突を避ける。
 デワンの運転する車はギヤをシフトアップするとそのまま走り去った。

 逃げ去る車にクラウンたちはアサルトライフルを撃ちまくったが車は既に弾の届かない距離だった。
 デラルテは腹立ちまぎれにコンクリートの壁を叩きつけた。



 デワンは後部座席のミッシェルにミネラルウォーターを渡した。
「ありがと」
 水で目を洗い催涙ガスの刺激剤を洗い落とすミッシェル。
「大丈夫か?」
「うん。なんとかね。でも危なかった」
 袖で顔を拭きながらミッシェルは興奮気味に言った。
「あいつ、銃で撃たれても平気でいやがるんだ! ゾンビかってーの」」
「部下の連中もそうだった。確かに手ごたえはあった筈だったが」
「ねえ、デワン。私たちもしかしら、とんでもない連中、相手にしているのかしら?」
「確かに手強いな。東京の本社から静流たちに援軍を頼むか?」
「それだけはいやだ!」
「だがな」
「やだやだやだやだぁーっ!」
「わ、わかったよ。俺たちだけでなんとかしよう」
 静流とは蒼威警備保障でもトップクラスガーディアンだった。協力をしてもらえればこれほど心強い相手もいなかっ
たがミッシェルとは顔を合わせれば喧嘩ばかりの間柄だった。
「まったく、デワンたら何にもわかってない!」
「最善の手段を取るのがプロだろ?」
「私たちはまだまだやれるよ! そうでしょ?」

 まったく……子供はこれだから

「何か言った?」
「えっ? い、いや、何も」
 口に出していない筈だったが見透かした様なミッシェルの言葉にデワンは一瞬、焦った。
 機嫌悪そうに座席に寄りかかったミッシェルは足元の携帯電話に気がついた。
「誰のかしら?」
「どうした?」
「携帯が落ちてた」
「この車は勝手に乗ってきちまったやつだからな。持主の物かもしれないぞ」
 ミッシェルはスウェーデン製のその携帯を拾うとボタンを押した。画面が明るくなり待ちうけ画像が映る。
「あっ」
 映っていたのは女性だった。
 美しい顔立ちの中に知性も感じられる。ミッシェルが一番気になったのはその意思の強そうな目元はどこかで見覚えがある。
「ところでミッシェル。お前のことだから上手くやっていると思うが」
「何?」
「ミックはどうした?」
「ああ、後ろ」
「後ろ?」
「うん、後ろ」
「後ろって?」
「トランクの中に放り込んでおいた」
 車が急ブレーキをかけて止まった。
「お、おまえ、子供をトランクの中に入れたのか?」
「ちゃんと私の防弾コートも着さしたから」
「そんな問題じゃない!」
 デワンは慌てて車から降りるとトランクを開けた。
「よかった、無事か」
 中ではミックがポータブルテレビゲームをしていた。ゲームを一時させるとデワンを見上げた。
「もう着いた? でも待ってよ。もう少しでクリアできそうなんだ」
 そう言ってミックは、にっこりと笑った。
 デワンは頭を押さえる。
「まったく、お姉ちゃんといい、弟といい……」
 横からミッシェルが顔を出した。
「あっ! ミッシェル。見てよ! ハイスコア」
「すげえな、ミック。ところでさ」
 ミッシェルは拾った携帯電話を出した。
「これ、お前の?」
「そうだよ。拾ってくれたの? ありがとう、ミッシェル」
 ミックは携帯電話を受け取るとほぼ同時に着信音が鳴った。
 ミックは慣れた手つきで通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。
「ママ?」
 ミッシェルとデワンは顔を見合わせる。
「うん、そうだよ。うん。わかった」
 ミックは自分の携帯電話をミッシェルに差し出す。
「ママがミッシェルと話したいって」



7、クライアント


二稿目


 ミッシェルはミックから携帯電話を渡された。

 デワンに目配せすると彼は頷きながら指で"話せ"と合図した。携帯電話を耳に当てるミッシェル。

「ミッシェル・ウォンです」

 少し間を置いて返事が返ってきた。

『あなたの話はミックから聞いてる。あの子、随分、あなたを気に入ってるみたいね』

「あんた、ミックのママって聞いたけど」

『ママ? ああ、そうね。そんな様なものね』

 曖昧な返事にミッシェルは眉を顰める。

「どういう意味?」

『言葉の通りよ。それよりもあなた達の雇い主だという方が重要ではないかしら? ミッシェルさん』

「あんたがクライアントだって電話一本で信じろと?」

『後で上司にでも聞いてみたら?』

「まあ、そいつは後で確認するさ。それより何か用件があるんじゃないの?」

『ただ礼を言いたかっただけよ。"連中"相手に良くやってくれたわ』

「"ザ・クラウン"か? はっ! あんなのどうってことないさ。聞きたいのはあいつらを雇っている黒幕だ。蒼威警備保障には、その手の連中との交渉もできるネゴシエイターもいるんだぜ?」

『それは頼もしいわね。でも必要ないわ。そっちの方は私でなんとかできる』

「"そうゆうの"はプロに任せるって方をお勧めするけどね」

『私は"そうゆうの"にも慣れてるの。心配してくれてありがとう。あなたたちも十分注意してね。"クラウン"は普通じゃないわ』

「あたしたちも慣れてるんだよね。"そうゆうの"」

『ふふふ。面白い人ね。話せてよかったわ。じゃあ、ミックをよろしくね』

「子供を放っておくのかい?」

 電話からの声が一瞬、途絶えた。

『今はあなた達と一緒にいるのが一番だと思うわ』

 そう言って電話は切れた。

 ミッシェルはスッキリしなさそうな顔でデワンを見た。

「なんだ?」

「いやちょっとね」

 ミッシェルは車に寄りかかって退屈そうにしてるミックを見た。

「気のせいかもしれないけど、なにかおかしい」

「相手が嘘をついてると?」

「わからない」

 デワンはミッシェルの肩をポンと叩いた。

「物事を複雑に考える事もない。俺たちはミックを守る。それだけだ」

「うん……」

 納得いかなそうに頷くミッシェル。その時、携帯電話にメールが届いた。

 差出人は"ママ"だ。件名は"ミッシェルへ"となっている。

 ミッシェルはボタンを押してEメールを開いた。画面にあったのは奇妙な詩ともとれる短い文だ。ミッシェルは片眉を上げてそれを読む。しかしその文の意図は思いつかなかった。


よりよきものへの希望、灰塵からの復興 天使の御子は翼の地へ


「どういう意味?」

 ミッシェルはデワンに携帯電話を見せると首を傾げた。

「そいつはママの暗号だな。何故、回りくどい事をするのか分からんが、ひとつ彼女の誘いに乗ってやろうじゃないか」



― デトロイト市内 ―

 人気のない古い倉庫の前に似つかわしくない高級車が停まった。

 中から降りた一団が倉庫の中に入ると一斉に赤い照準レーザーが照射された。

「ぼうや達に美味しい手作りクッキーを持ってきたのに」

 一団の中にいた女がそう言った。

 すると暗闇から誰かが現れた。道化師に似たマスクを付けた男だ。

「遅かったな」

「貴重品なの。わかるでしょ?」

 デラルテがアタッシュケースに手を伸ばすと女はケースを引き戻した。

「何の冗談だ? マダム」

 女は悪戯っぽく笑ってみせる。横にいた女のボディーガードたちは"ザ・クラウン"を刺激させないかと焦っていた。

「あなた達こそ何の冗談? 二度も失敗したそうじゃない」

 デラルテが女から強引にケースを奪い取った。

「まだ追い込んでる最中だ。"狐狩り"はまだ終わってはいない」

「そうか、失敗じゃないというのね? だったっら成果を見せて」

 デラルテはアタッシュケースからアンプルを取り出すと注射器に入れた。

「見せるさ。"仕込み"もある。万全だ」

「そう願いたいわね」

 女は、そう言い残すと倉庫から出て行った。

 その後、暗闇から出てきたクラウンの戦闘員たちはアタッシュケースから注射針付きのアンプルを取っていくと首筋に刺していった。


― 同市内 ―

 昼間から開いてる酒場では数人の男達がビリヤードに興じていた。

 カウンターでは黒いコートの男二人がウイスキーをちびちびやっている。

 ロシア系の大男はランスキー。蒼威警備保障の社員だ。

 ランスキーは、つまみのナッツを口に放り込みながらテレビで放送されている野球中継を見ていたが、ふいに隣に座る連れに言った。

「なあ、ワールドゲームって言うよな。けどヨーロッパのチームともアジアのチームともロシアのチームとも試合しない。なのに何でワールドゲームなんだ?」

「その前にロシアに野球チームなんてあったか?」

「草野球チームもない。いや、そんなこっちゃなくて、俺が言いたいのは、なんでアメリカ国内のチーム同士の決勝なのにワールドゲームって呼ぶかってことさ」

「そいつは自分達が世界の中心と思ってるからだよ」

「えらい勘違いだ」

「ああ、勘違いだ」

 相棒のラス・タンは、そう言うとウイスキーのグラスを飲み干した。

 その時、内ポケットの中の携帯電話が鳴った。 ラ

「ラスだ」

 ラスの表情が険しくなる。ランスキーはその様子に気が付きラスの方をみる。

 ラスは何度か返事をした後、電話を切った。

「どうした?」

「なんでもない。古い友だちからだ」



8、対面


二稿目


 ミッシェルたちの車はデトロイトに来ていた。

「しかし、何でここなの?」

 ミッシェルは景色を眺めながらそう言った、
 隣はミックが寄りかかりながら眠り込んでいる。

「 よりよきものへの希望、灰塵からの復興……あれはこの街デトロイトの標語なんだ。だから単純にここだね」

「それだけ?」

「それだけだよ。がっかりか?」

「随分、簡単だよね」

「俺の思考はシンプルなんだよ」

「じゃあ、デトロイトに着いたわけだけど、止まる気配がないよね。で、これからどこに行くつもり?」

「 天使の御子は翼の地へ って書いてあったろ? 翼の地ってのは空港だと思ってね。天使の御子ってのはミックの事。可愛い子供の事を"マイ・エンジェル"って呼ぶ親いるよな」

「ほんとシンプル」

「いいじゃないか。世の中複雑過ぎてもいい事はないさ」

「そんなもんかな」

「そんなもんさ」

 車は空港へ向う車線に入っていった。
 その時、ミックの携帯電話が鳴る。その音でミックが眠気眼で目を開けた。

「う……ん。ママ? うん、わかった」

 ミックはミッシェルに携帯電話を差し出した。

「ミッシェル。ママから」

 デワンはルームミラー越しミッシェルを目を合わせた。ミッシェルは頷いて電話を耳に当てる。

「はい」

『空港のそばまで来てる?』

「よくわかるね。見えてるの」

『いえ、そう思ったから言っただけ。時間的にもね』

「ママの暗号は意外とカンタンだったよ」

『あなた達にだったら分かると思ってたわ』

「そいつはどうも。で、この後、どうするんだい?」

『まずは空港のロビーに行って。着いたらまた連絡を入れる』

 そう言ってから電話は一方的に切れた。

「なんだって?」

 ミラー越しにデワンが尋ねた。

「空港のロビーに行けって。ついたらあっちから連絡が入る。ねえ、デワン」

「なに?」

「何か変な気がしない?」

「確かに色々と回りくどい事が多いがそれは追手を警戒しての事じゃないのか?」

「そうかもしれないけど……なんかねえ」

「さっきも言ったが、シンプルに行こうぜ」




 デトロイト

 自動車産業の街。

 その衰退と同時に失業率と犯罪率が増加した。その後、全米で犯罪多発都市のトップテン内に入るのに時間は大してかからなかった。
 警察の腐敗は酷く、内部捜査で逮捕された警官、刑事の数しれない。
 そしてサイボーグ化された警官の映画の舞台となった場所でもある。



 ミッシェルたち空港のロビーに着いていた。
 辺りを見渡してみたが怪しい奴等は特に見当たらない。それどころか武装警官が配置されテロの警戒を行なっている。何かあればM16ライフルの銃弾がテロリストたちを撃退する事になるだろう。

「さて、着いたはいいけど」

 その時、携帯電話が鳴った。

『着いた? 早かったわね』

「素早さが"売り"でね」

『ミックは?』

「いるよ。元気だ」

『そう』

 電話が切れた。ミッシェルは何故通話がすぐに切れたのか理解した。
 視界にサングラスをかけた女性が立ってるのに気がついた。まっすぐこちらを見ている。その両脇には屈強なボディ ーガードがついているが蒼威警備保障の者ではなさそうだ。

「デワン」

「俺が様子をを見に行く。お前は待機しろ」

「了解」

 ミックは女の姿に気がつくと走り出しそうになる。

「ママだ!」

「ああ、ママだよ。けど、ちょっとまってな」

 駆け出しそうになるミックの手をミッシェルはきつく握った。

 デワンは女の傍に近づいていった。

「あなたがデワン? 話に聞いていたとおりね」

「そいつはどうも。あんたが、ママか」

「ママ? ああ、確かに"ママ"よね。ええそうだわ。で、あっちにいるのがミッシェルね。思ったより小さいわね」

「それは、あいつの傍では言わない方がいい」

 ミックはデワンと話す女の姿を見つめていたがすぐにでも走り出しそうだった。

「待ちな。ミック。あれ本当にママか?」

「うん。ママだよ。ママのブレンダ」

「ブレンダっていうのか。きれいな人だな」

「うん、ブレンダはきれいだ。でもジェシカママの方が優しいんだよ」

「なんだって? ミック」

「ジェシカは優しい」

「おいおい、ママってのはそんなに大勢いるものじゃないぜ?」

「違うの?」

 ミッシェルは、何かを思い立って自分の携帯電話を取り出すと蒼威警備保障にかけた。

「ミッシェルだ。ミック・ホールデン警護のクライアントの写真が欲しい。画像をメールして欲しい。規約? そんなもん しるか! 警護対象の生命に関わ緊急事態なんだよ! つべこべ言わずにさっさとよこせって。言うとおりにしないと"あの事"、バラすぞ!」

 しばらくすると携帯電話にメールの着信音がする。

「きたきた。にひひ、まったく、気の小さい奴だよな。うちの課長は」

 ミッシェルは携帯電話を開くとメールに添付された画像を見た。

「あん? これって、どういうことなの?」

 ミッシェルの様子に気がついたデワンが横目で見る。

「デワン! その女は依頼主じゃない!」



9、二人のママ

三稿目


「デワン! その女は依頼主じゃない!」

 ミッシェルの叫びと同時にデワンの手が女の首にかかった。 その素早さは、瞬きした瞬間だった。

 背後にいたボディーガードが動いたがデワンは見逃さない。

「おっと、動くなよ。お二人さん」

 デワンはボディーガードの二人を睨みつけた。

「ここには警官がいるんだぞ」ボディーガードの一人が言った。

「そうかい」

 デワンはブレンダの肩を抱いて抱き寄せた。腕は首にまわしたままだ。

「どうだ? 遠くから見るとカップルが肩を組んでるだけに見えるだろ? しかもお似合いだ」

 ボディーガードの二人は顔を見合わせた。

「おい、おかしな真似はするなよ。でなければ女の首を折る」

 デワンの腕に力が入る。

「い、言う事を聞きなさい」

 女はボディーガードに命令した。ボディーガードは、渋々ハンドガンのグリップから手を離す。

「あんた何者だ?」

「さあ、誰だと思う」

 デワンの手の力が強くなる。

「ブ、ブレンダ・ホールデン。ミックの母親よ」

「嘘をつけ!」

「ほんとよ。ほんと」

「だったら何故、クラウンを使ってミックを狙う」

「身内の親権問題よ」

「親権問題? 傭兵部隊を雇ってか?」

「どうしてもミックを手に入れたかったのよ」

「手に入れる? あの子は物じゃないぜ」

「とにかく、この手を離して」

 デワンたちを様子をうかがっていたミッシェルは膝をかがめるとミックの顔を見つめた。

「ごめん、ミック。ママに会うのちょっと待ってな」

「え? なんで?」

「とにかく、あたしを信じて」

 ミックは真剣なミッシェルの顔を見て頷く。

「う、うん……ミッシェルがそう言うなら」

「よし」

 ミッシェルは立ち上がるとミックの手を引いて出口に向った。

 デワンは、その場から離れていく二人を見送ると女の首から腕を離しボディーガードたちに放り出した。

「これで俺の用事は終わりだ」

 待ってましたとばかりにボディーガードが銃のグリップに手をかける。 しかし、デワンは同時に大声で叫んだ。

「大変だ! ここに銃を持った男がいる!」

 その声を聞きつけた警備の武装警官がアサルトライフルを構え、女たちに向けた。

「動くな!」

 何ヶ所かに配置されていた武装警官たちは無線による連携で銃を持ったボディーガードたちを見つけだした。皆、アサルトライフルで狙いをつける。

「動くな! 銃を捨てろ!」

 ブレンダたちをどこからか制服警官があっという間に周りを囲んだ。

「待って。私達は……」

「武器を捨てろ!」

 ブレンダはボディーガードに目配せする。

 人ごみに紛れてその場を離れるデワンは警官たちに拘束されるブレンダ・ホールデンに片手を上げて挨拶してやった。

「やってくれたわね。覚えてなさい」

 ブレンダは離れていくデワンを睨みつけた。




「あっ、おじさんが来たよ。ミッシェル」

 ミックは車の窓から顔を出した。

「それをデワンのそばで言うなよ。粉々にされるぞ」

 ミッシェルは窓を開け顔を出す。

「どう?」

「ヤツラ今頃、警官に囲まれてる。デトロイトの空港警察も中々手際がいい」

 デワンは助手席に乗り込んだ。

「クライアントと会う必要があるな」

「いえてる。私に任せて」

 ミッシェルは携帯電話を取り出すと耳に当てた。




 その頃、ブレンダたちは、手錠をされ空港警察に連れ出されていった。

「弁護士を呼ばせて!」

「黙れ、そいつは拘留してからゆっくり聞いてやる」

 ブレンダの抗議も警官はまったく受け付けない。

『今必要なのは弁護士じゃないだろ?』

 ブレンダの耳元で誰かが囁いた。いつのまにかイヤリングに取り付けられた小型の通信機からだ。

「確かにそうかもね」

『素人が上手くやろうとするからそうなる』

「二度も失敗した人間の言う事かしら」

『それでも、今のあんたより上手くやれるさ。で? どうする?』

「何が?」

『そのまま警察に行って足をつかせるか。それともこの場を乗り切るか』

 二人の清掃作業員が通り過ぎていた。警官が道を少し譲る。

「分かってるでしょ? まだ契約中の筈だしね」

『ふん、了解した。ところで空港の監視カメラが映した画像データは既に消去しておいたぜ』

「それがプロの仕事ってわけね。さすがね」

「何をごちゃごちゃ言っている」

 警官が会話を続けるブレンダを怒鳴りつけた。

 その時だ!

 すれ違おうとしていた清掃作業員たちがいきなり銃を抜くと警官を撃った。応戦する間もなく警官たちは倒れる。

 再び、ブレンダの耳元からイヤリング型の通信装置から声がした。

『これがプロの仕事ってやつだ。あんたは俺達の生命線。逮捕されて"あれ"が供給されなのも困るんでね』

 作業員に化けたクラウンの隊員たちはブレンダの手錠を外してやった。

「結構。次はあなた達に任せるわ。その方がベストのようだしね」

 ブレンダは手錠を外された手首をさすった。





 ジェイは受話器を持ちながらスキンヘッドの頭を抱えた。

「わかった、わかった。そう怒鳴るなよ。ミッシェル」

 蒼威警備保障でミッシェルの上司であるはずのジェイだったが逆に怒鳴られていた。

『クライアントの情報を携帯に全部送れよ。それとさっきの写真の女、調べるのを忘れないで。でないと、"あれ"バラしちゃうからな』

「わ、わかった。至急調査してすぐ送る」

 電話は切られた。 受話器を置いたあとジェイはため息をつく。

「ああ……神様」

 一方、ミッシェルは携帯電話を折りたたむと内ポケットにしまった。

「空港のブレンダとかいう女。携帯電話のカメラで撮っておいたんだ。それをジェイに送ったのよ」

「おい、おまえ、一体、ジェイの何の弱みを握ってるんだ?」

「へっへへえ。そいつは教えられないね。だって言ったら魔法が解けちまう。おおっと、きたきた。相変わらず早い仕事ですねえ。ジェイは」

 ミッシェルはメールの着信音を聞くと再び携帯電話を取った。ボタンを操作してメールを開く。

「おい、ミック。これがお前のママか?」

「おいおい! ミッシェル! ハンドル。ハンドル!」

 デワンが慌ててハンドルを掴む。

「そうだよ。これがジェシカママだ」

 ミッシェルは運転席に座りなおした。

「誰なんだ? それからアクロバットな運転はもう止めとけ」

 デワンも助手席に座りなおした。

「ジェシカ・ホールデン。遺伝学者。それでもって世界的製薬会社ソールスに雇われていた。それが一か月前に退職」

「ソールスか」

「知ってる? 」

「民間医療から軍事関連まで。幅広くやってると聞く」

 再びメールの着信音がした。


「おっと、またまたジェイだ。いい仕事しますね」

 ミッシェルはメールを開く。

「ふん。やっぱりキナ臭い」

 ミッシェルはデワンに携帯電話を見せた。

「ブレンダ・ホールデンはジェシカの姉さんだ。しかもブレンダもソールスの重役で科学者だ。で、遺伝学者」

「で、どっちがママでどっちが叔母さんなんだ?」

「うーん……それは書いてない。ジェイの奴め」

「ブレンダが親権問題と言っていた。話をはぐらかしているだけかと思ったが」

「普通、親権問題に傭兵部隊を持ち出す? 裁判の弁護士費用の方がずっと安く上がるよ。子供を取り戻すだけならね」

「ふっ、どうかな。最近の裁判費用は馬鹿にならんらしいぜ」

「製薬会社のソールスか……」

「そういえばミックを診てくれた医者が何かを言いかけてたな。特殊だそかなんとか」

「うん。そういえばそうだけど……まってよ。問題はミックの親権ではなくて特殊な体質ってこと?」

「わからんが、何か関係しているかも。この件の納得いかない事はミックにあるのは間違いないだろうよ。ミックを医者に見せたいな」

「医者に?」

「なあに、ミックに痛みがあるってわけじゃないさ。ほんの少し調べるだけだよ」

「ちょっとねえ」

 ミッシェルが後部座席に目をやるとミックはいつの間にかポータブルゲームで遊んでいた。

「おいミック」

「なに? デワン」

「このミッシェルは注射が怖いんだとさ。情けないよな。お前はどうだい?」

 ミッシェルはルームミラー越しにミックを見る。それに気がついたミックはルームミラーに映るミッシェルに向って親指を立てた。

「だとさ」

「あはは……」
 
 ミッシェルは苦笑いした。






10、スピーシー

二稿目


「久しぶりに来たと思ったら、女連れか? いいご身分だな、おい」

 老医者はそう言ってデワンたちを迎え入れた。

「おいおい先生。こいつは」

 説明しようとするデワンに医者は首を横に振る。

「言い訳はいいさ。おっと……」

 医者はミッシェルの背後に小さな子供を見つけた。

「なんと子供まで」

 その言葉にミッシェルとデワンは顔を見合わせた。

「ちょ、ちょっと、勘違いしないでよ」

 その後、誤解を解くのに15分も費やす事になった。



 自宅を改造したその地下室には外見のオーソドックスさからは想像できないほど近代的な研究設備が整っていた。
 すべてはスティーブ・レッセルの持つ幾つかの特許と企業と大学からの出資によるものだった。

「いやーすまん、すまん。思い違いしちまったよ」

 精密な検査装置が採取したミックの血液を分析していく。医者はディスプレイから目を離すとデワンたちの方に向いた。

「だってそうだろ? 子供までいるんだから」

「もういいよ。それより早く調べてよ、センセイ」

 ミッシェルが医者に文句を言う。

「ああ、急かすな。コンピューターだって考える時間はいるんだよ、お嬢さん。それよりデワン。新しいマスクの調子はどうだ?」

「まずまずだ。通気性も前のよりずっといい」

 デワンは軽く頷きながら答えた。

「えっ! デワンのマスクってこの先生が作ったの? しかも新しいバージョン?」

「ああ、1ヶ月前から新機種だ。気がつかなかったろ、お前」

「し、知らなかった」

 パートナーのカミングアウトに唖然とするミッシェルだった。

「家内が電子工学の専門でな。いろいろ協力して開発したんだ。意外と面白かったぞ」

 過去の事故の後遺症で極度の過紫外線アレルギーを持つデワンは太陽の光に当たると命に関わるほどの症状を起す。その為、それをカバーする為に全身を紫外線から守る装備をしていた。そのひとつがこの黒いマスクだ。外見はガスマスクの様だが紫外線遮断の他に高度なアビオニクス(電子装置)が備え付けられていた。赤外線装置、空気中成分分析装置、三角測量装置、etc。軍の兵士が使用する機種もここまでの装備はない。

 部屋のドアが開き、上品そうな初老の女性が入ってきた。レッセル夫人だ。

「あらあら、お客さんなの。あら? デワン。久しぶりね。えーと、そちらは……」

 女性はミッシェルとミックの姿を見つけた。

「まあ、驚きね。あのデワンにいつのまにか家族ができてるわ」

 再び、ミッシェルとデワンは顔を見合わせた。

 そして説明にさらに15分を費やす事になった。





 ラッセル夫人の勧めで紅茶を飲んで30分ほど過ぎると結果がはじき出されてきた。

「こいつは驚きだぞ」

「なんだよ。早く教えてくれよ」

「あの子の細胞は特別だ」

「特別? 特別って?」ミッシェルは小首を傾げた。

「その前にミックを、ちょっと問診したい」

「え?」

「頼むよ」

「ああ……;おい、ニック」

 ミッシェルに呼ばれたミックは食べていたお菓子を皿に置くと駆け寄ってきた。

「やあ、ぼうや。ちょっと聞きたいんだが怪我はした事あるかい?」

「怪我?」

「ああ、ちょっと手を切ったとか転んで膝を擦りむいたとか」

 ミックは少し考えた後、答えた。

「あるよ」

「傷は残ってる?」

 ミックは首を振った。

「すぐ治っちゃうから何も残ってない」

「そうか。ありがとうな、ぼうや。さあ、お菓子を食べてきなさい」

 ミックは頷くとテーブルに戻っていった。老婦人が笑顔でミックの為にジュースを用意して待ち構えていた。

「あの質問にどんな意味があるんだよ、先生」

「まあ、大した事じゃない。本当はミック本人に色々試してみたいんだが、お前等に文句を言われそうだしな」

 そう言ってレッセル博士は肩を竦めた。

「スティーブ、先にミックの血液を検査した医者は何かを見つけたんだ。それがあの子が狙われる原因だと俺達は睨んでる。だからあの子を守る為にその理由を知りたいんだよ」

 レッセルは、ため息をつくと、かけていた眼がねを外して眉間を指で押さえた。

「細胞というのは分裂回数が決まっている。生まれた時からな。それは生物の"寿命"という定義となる。そしてそれは遺伝子の設計図に書かれた仕組みなんだ」

「それがミックとどう関係が?」

 ミッシェルは首を傾げた。

「ミックの"遺伝子の設計図"を書いた者は、それを乗り越えようとしている」

「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃミックは遺伝子をいじられてるってこと?」

「あの子の細胞は特殊だ。復元能力は半端じゃない。ミックを先に診断した医者が気がついたのはその点だろう。そして血液は体外からの侵入物を確実に排除する」

「超健康体ってことじゃない」

 ミッシェルの言葉にレッセルは笑った。

「そうだな。お嬢さんの言うとおりだよ。だが気になる事があってね」

「何だよ、先生」

「さっき、私は細胞には分裂の制限があると言ったな」

「ああ、言った」

「唯一例外があるんだ。しかもどの脊椎動物にも潜在的にある細胞だ」

「そんなすごいものがあったけ?」

「癌だよ」

「あの病気の?」

「癌細胞は不思議だ。その細胞分裂の回数には制限がない。しかもその増殖によって本体である生命体が危険に陥っても細胞分裂をやめようとしない。創造と破壊を同時に行なうまるでエントロピー理論的な存在だよ」

「エ、エント……なに?」ミッシェルが眉をしかめる。

「まあ、それは置いといて、つまりミックの細胞はがん細胞を元にして作られてるって事かい?」

 デワンは腕を組んだままそう言った。

「こいつは仮説だよ。ミックの無敵の細胞を作るにはどうしたらいいか考えてみただけだ。それと……」

 レッセルは少し間をおいた。

「なんだよ。センセイ」

「それと、お前らが出した名前の中にホールデンという名前があったよな。ジェシカ・ホールデンとブレンダ・ホールデン」

「二人を知ってるのかい?」

「まあ、論文を覚えていたからな。"不死"についての研究論文だったよ。二人は、有名な遺伝子研究者姉妹だ。ブレンダの方は同時に癌細胞研究の権威でもあった。だが二人は違法な実験をしようとした事がある」

「違法?」

「クローンの実験だ。人間のクローンは法律で90年代から禁止されとる。それをやろうとした……いや、既にやったのかも」

 レセッル博士は、お菓子を頬張るミックを見た。

「ミックがクローン?」

「少なくとも、レトロウィルスを使った通常の遺伝子操作であの特殊細胞は作れない。彼は生まれたときから"あのまま"の筈だ。だから誰かの純粋なクローンというわけではないだろうな。大げさに言うと新しい人類ともいえる」

「ミックは、"研究成果"というわけか。ふたりのホールデンが奪い合うわけだ」

「ママが二人か……確かミックはそう言ってたよね。なんか分かるような気がする」

「思い出すよ。70年代の事だったが天才を生み出す計画があった。優秀な科学者たちの遺伝子を使ってな。計画は途中で頓挫したが実際、知能の高い子供たちは生まれたんだ」

 そう語るレッセル博士は少し興奮気味だった。

「スティーブ。少し聞きたいことがあるんだが」

「なんだ? 言ってみろ」

「俺達を追撃してきた連中は銃弾をぶち込まれても立ち上がってきやがった。そいつらもミックと同じなのかな?」

「その連中の組織サンプルが無ければ何とも言えんが、恐らく違うな。成功例が先にあるならミックをここまで執拗に追わないだろうよ。考えられるのはミックの前の段階の状態な不完全体だな」

 レッセル博士はエンターキーを叩いた。ディスプレイに何かの拡大映像が表示される。

「だが、このミックの血液を利用すれば"不死身"に近い薬品を精製できる可能性がある」



 その時、テーブルの方で何かが割れる音がした。

「坊や! どうしたの?」

 レッセル夫人の慌てる声がした。見るとミックが倒れていた。傍ではお菓子と割れた皿が散らばっている。

「ミック!」

 ミッシェルは慌てて駆け寄った。ミックの身体は熱く、高熱を発しているようだった。

「ちょっと診せてみろ」

 レッセル博士はミッシェルを押しのけるとミックを診断した。

「こいつはまずい。上に運ぼう」

 デワンがミックを抱えて一階に上がり、ソファーに寝かせた。

 ミックの診断を続けるレッセル博士の様子を心配気に見つめるミッシェル。デワンがミッシェルの肩にポンと手を置いた。

「大丈夫さ。心配するなって」

「う……うん」

 ふいにデワンは何かに気がついてスーツの内ポケットに手を入れて何かを取り出す。その手の中には携帯が着信を知らせる振動を続けていた。デワンは通話ボタンを押して電話に出た。そして、しばらく話した後、電話を切りミッシェルに声をかけた。

「何?」

「会社からなんだが……」

 デワンは、少し間をおいた後、切り出した。

「ミック護衛の契約が解除された。俺達の仕事はここまでになった」





11、取引

二稿目


 デワンは、少し間をおいた後、切り出した。

「ミック護衛の契約が解除された。俺達の仕事はここまでになった」

「どういうことよ?」

 案の定、ミッシェルはデワンに食ってかかった。

「言ったとおりだ。契約が解除されたんだ」

「なんで? 事件は解決してないぜ? 連中はミックを」

「聞けよ、ミッシェル。今、ジェシカ・ホールデンと話をした」

「ジェシカって……ミックの」

「クライアントだ。トラブルの相手とは話がついたそうだ。だから契約を解除するってな」

「ミックはあいつらの゛物゛じゃないよ! それに何か不自然だ」

「わかってる。わかってるが、俺達は銃は使うがライセンスを持った護衛だ。ミックを連れまわすとホールデンのどっちかに訴えられて誘拐罪になりかねないんだぞ」

「そんなのクソ喰らえってんだ!」

「ミッシェル」

 ミッシェルは怒鳴りまくった後、部屋から出て行った。ドアが叩きつける様に閉められる。

「気性の荒い娘だな」 スティーブ・レッセルはそう言って肩を竦めた。

「まったく……あいつめ」 デワンはため息をついた。

「だが、真っ直ぐな子だ」

「ああ、だから好きなんだ」

「ほほう」

 博士はにやりと笑った。

「なんだよ」

「いや、別に」

「パートナーとしてだよ。分かるだろ?」

「そうだろうさ」

「ああ、どいつもこいつも」

「で、どうする? お前さんだって黙ってる口じゃないだろ。あの子は口に出すがお前は心に秘めるタイプだ」

「まあな」

 デワンは、そう言うと携帯電話を取り出しどこかへかけた。











 人気のない駐車場に駐車場に集まっていた。

 その周りには武装した集団が周囲を警戒していた。

 やがて一台のドイツ製の高級車が駐車場に入ってくると武装集団は、その一台に注目した。

 その車から降りてきたのは上品そうな女だった。腕を組みながら武装集団を見やる。

「待ってたよ。ミス・ホールデン」

 武装した男達が道を開けると集団の中からひとりの男が前に出た。ザ・クラウンの指揮官デラルテだ。

 顔にはピエロに似たマスクかぶっていて素顔は見えない。当然、感情は読み取れないがピエロのマスクはずっと笑ったままだ。
 時折、左目の瞳が微妙に動いていた。

「用意は?」

 ホールデンは厳しい表情で言った。

「OKだ。すでに部下は位置につかせた」

「いいわね。手早いのはいい事だわ。有能に見える」

「だが少々物足りないな」

 その言葉にホールデンは眉をしかめる。

「蒼威警備保障に手を引かせたんだろ? 今回は俺達の出番はないんじゃないのか?」

「かもしれないわね。けど少し気になる事があるの」

「"奴ら"か?」

「そうよ。あなたも実はそう思ってるんじゃない?」

「ああ、実のところ、俺もだ。奴らがこのまま引き下がるとは思えない。特にあの黄色いシャツの女」

 ブレンダ・ホールデンも思い出していた。空港で会った時のあの目。彼女はソールスの重役の椅子を手に入れた知性としたたかさがあった。彼女が会社で成功したのはそれだけではない。人を見分ける目。味方にできるか敵になるのか。その見極めの鋭さが、競争の激しい社内での権力闘争を勝ち抜いた才能だった。妹のジェシカには無いものだ。同じ遺伝子を受け継いだ双子だというのに。

「あの"目"は、絶対、敵にまわる"目"よ。私にはわかる」

 話を聞いていたデラルテは、相槌を打った。

「ヤツラを監視している。妙な動きをしたら相応の対応をする」

「素敵」

 その時、デラルテの持つ携帯電話が鳴った。

「なんだ」

『"対象"が来ました』

「わかった」

 デラルテが合図すると同時に部下たちが武器の準備を始めだした。

 やがてセダンが一台駐車場に入って来た。

 車はゆっくりとザ・クラウンたちの待ち構える中に近づいていく。7、8m近づいたところでその後ろを黒いバン2台がふさぐ。別の部下達がG36Cアサルトライフルの照準を車のドアに合わせた。

「ようこそ。ジェシカ」

 ブレンダ・ホールデンが薄ら笑いを浮かべながら出迎えた。

 ドアが開かれると中から姿を現れたのはジェシカ・ホールデンだった。

「姉さん……」

 ジェシカはブレンダを見つけるとそう言った。

「ジェシカ、ようやく会えたわ。私の息子は?」

「あなたの息子ですって?」

「ええ、そうよ。あなたは母親失格。だってあなたには何もできないもの」

「ミックにあんな真似をして……」

 ジェシカの口調が強くなる。

「あれは保険」

「保険? 保険ですって?」

「ええ、おかげで助かったわ。」

 ブレンダが目配せするとデラルテが部下がサブマシンガンを構えながら車に近寄っていった。手をだそうとするジェシカを部下たちが羽交い絞めにする。ドアを開けると中では少年が毛布に包まっていた。

 ミックだ。

 部下たちは遠慮なくミックを引っぱり出した。

「やめてよ! 具合が悪いのよ」

 ジェシカが阻止しようとするが屈強なデラルテの部下たちには敵わない。強引に連れ出された少年はブレンダ・ホールデンに引き渡された。

「お帰りなさい。"坊や"」









 駐車場の様子をうかがっていたミッシェルは暗視装置付き双眼鏡を降ろした。

 またがっていたバイクのキーを回しエンジンを点火させた。 アクセルを軽く回すと4ストロークエンジンの高回転音が短く響く。

「あっ?」

 だがキーは突然、誰かに引き抜かれ抜かれ、エンジン音も消えた。

 ミッシェルが顔を上げるとデワンが腕を組んで立っている。

「何する気なんだ? ミッシー」

「決まってるだろ、デワン! 邪魔するなよ!」

 デワンは首を横に振る。

「完全武装の連中の中に突っ込むのか? ミックに辿り着く前に蜂の巣だ。おまけにあいつら不死身だ」

「へっ! ゾンビ野郎なんか、頭を吹っ飛ばしてやるさ! 早くキーを返せよ」

「駄目だ」

「なら、走ってく」

「待てよ」

「ミックをほっとけるか!」

「ああ、俺も同じだよ。すごくムカついてる」

「だったらさあ……」

「ミックの為だ!」

「えっ?」

 ミッシェルはデワンの顔を見上げた。

「依頼主のジェシカ・ホールデンがやつらの要求に応じたのは何故だかわかるか? やつらがミックの命をコントロールできるからだ」

「どういうこと?」

「ミックの体調がおかしくなったのはブレンンダの仕業だってことだ」

「どうやって? 私たちがずっと目を離さずにいたじゃない!」そう言ってミッシェルは困惑した表情をみせた。

「こいつはな、俺たちがミックを護衛する前から仕掛けられた事なんだ。まったく科学者って奴は……」

「 ミックは一体何をされたっての?」

「そいつは後で詳しく話す。だから今は大人しく引け」

「でも、でも……」

「お前の気持ちは分かる。俺も同じだ」

 デワンは肩に手を置くとミッシェルを見つめた。

「デワン」

「なっ? 俺達はパートナーだろ?」

「う、うん……そうだね。あたしたちはパートナーだ。パートナーの言う事は信じなくっちゃね」

 デワンはミッシェルの背中をポンと叩いた。

 ミッシェルにはマスクの下でデワンが笑っているのがよく分かっていた。きっと優しい表情をしているだろう

「よし、いい子だ」

「でも、きっと勝ったつもりでいるんだろうな」

「ミッシェル」

「何?」

「知ってるか? "いいヤツ"ってのは最後には勝つもんなんだぜ」

 思わせぶりなデワンの言葉にミッシェルは彼の顔を見た。







12、悪魔の十字路

四稿目


「いい曲だな」

 薄暗い酒場の階段を下りると僅かな客の中にお目当ての人物を見つけた。

「よう、デワン」

 ラス・タンは片手を上げて挨拶した。

「ラス」

「おまえ、ブルース好きだったか?」

「いや。だが、この曲、好きだ」

「ロバート・ジョンソンだ。知ってるのか?」

「ああ、聞いた事ある気がする」

「彼は十字路で悪魔と出合ったんだ。そして魂と引きえに物凄いギターテクニックを手に入れた」

「くだらん都市伝説さ。信じてるのか?」

「まあな」

 ラスはグラスのウイスキーを飲み干した。

「何にでも犠牲はつきものって事なのさ。でも俺が好きなのはロックだな」

「ロックもブルースギタリストがルーツだって知ってたか? チャック・ベリーだ」

「いいや。初耳だ」

 デワンはそう言うとラス・タンの隣に座った。

「で? 何の用だよ。デワン」

「手を貸してくれ」

 ビリヤードをやっている相棒の大柄なロシア人がキューを杖代わりにしながらラスとデワンの様子を伺っている。デ
ワンもそれに気付いていたが無視してラスとの話を続けた。

「水臭いな。なんだって協力するぜ」

 ラス・タンはデワンの肩を叩いた。

「俺達は、外されたが、この件にはまだ関わるりたい」

「おいおい、会社に背くのか? ヤバイだろ。そいつは」

 デワンは肩を竦めた。

「まったく、お前ってやつは……OK、わかったよ。で、何をして欲しい?」

 何を言っても無駄だと悟ったラスは首を横に振る。そのラスの手元にデワンは小さなメモを差し出した。

「俺達は会社に目をつけられていてまともに動けない。そのリストの武器を代わりに調達してくれ」

 ラス・タンはメモを受け取ると眉をしかめた。

「これは、これは……お前ら戦争する気かよ?」

「もうしてるよ」









 路上の車で待っていたミッシェルが戻ってくるデワンを見つけるとサングラスをはずした。

「デワン。どうだった?」

 デワンは親指を立てて答えた。

「そう、よかった」

 デワンが助手席のドアを開けて車に乗り込んだ。

「ねえ、デワン。彼って何者なの?」

「ラスか?」

「うん。あたし、会社で会った事ないし、よく知らないから」

「俺が蒼威警備保障に入る前の話だ。昔、情報部の仕事でケシ畑を燃やして回った事があってね。その時の部隊仲
間だよ」

「ケシ畑を?」

「テロリストの資金源だった」

 ミッシェルが納得したように頷く。

「けど、それだけじゃない」

「え?」

「地元の人たちの大事な収益源でもあった。問題はケシ畑を燃やす事だけでは解決しないのさ」

「フクザツな話」

「でも。それは飛行機でほんの1、2数時間の場所の話なんだよ」

 ミッシェルは車を出した。しばらく走ってから気になっていたことを思い切って言ってみた。

「彼って信用できる?」

「戦友だぞ」

「命を共にしたからってこと?」

「そんなとこだ。2、3時間でブツを用意できると言っていた。それまで少し時間をつぶそうか」

 車は、市内を軽くクルージングした。







 数時間後、陽は既に落ちていた。

 目立たない街の廃工場に一台の車が停まっている。

 その黒い4WDのハイラックスからラス・タンと相棒のランスキーが降りた。

 ランスキーは一緒に狙撃用のライフルを降ろす。

「しかし、いいのか? 友だちなんだろ?」

 ライフルにカートリッジを装填するランスキーはそう言ったがラスはうつむいたまま何も返事を返さなかった。

「まあ、いいさ。俺はあんたに従うだけだ」

 ランスキーはライフルを担ぐと狙撃場所を探してその場から離れた。

 ランスキーの姿が見えなくなる頃、ラス・タンは携帯電話を取り出してどこかにかけた。

「俺だ。例の場所に着いた……ああ、わかってるさ。ちゃんとやるよ」

 その時、遠くに車のライトが見えた。

 ラスは運転席の窓に手を突っ込んでヘッドライトのライトを数回照らした。

 車はそにに気がつき、ラスの車の方に向って走ってくる。

「ヤツが来た。電話を切るぞ」

 ラスが携帯電話を懐に戻したころ、車は目の前で停まり、中からデワンが降りてきた。

「よう」

 ラスがにやりと笑う。

「ブツは?」

「リストのものを、できるだけ揃えたつもりだ。確かめるか?」

「ああ」

 ラスが車の後部に回り、デワンも後に続く。そしてラス・タンが後部のドアハッチに手をかけようとした時、耳元で銃
の撃鉄が下ろされる音が聞こえた。

「……何のつもりだ? デワン」

 50口径のデザートイーグルを突きつけたデワンは、静かにラス・タンを見つめる。

「それはこっちのセリフだ。なぜ裏切った?」

「おいおい、何かを勘違い……」

 銃声が鳴りラスの足元の小石が飛び散る。

「俺は本気だぜ? ラス」

 ラスは屈めていた背筋をゆっくりと伸ばすと手を上げながら振り向いた。

「そのようだな」

 ラスはにやりと笑う。

「おい、ラス。余裕の笑顔じゃないか。だがお前の隠し玉はもう無いって知ってるか?」

 その言葉にラスの顔色が変る。

 そういえば、デワンのパートナーが見当たらない。その時、ようやくラスは己の失点に気がついた。

「お前、相棒をあてにしてたろ? だが俺の相棒は、もっと頼りになる」

 100メートルほど離れた工場設備の上からミッシェルがスコープを覗き込む。中では片手を上げて合図するデワンの
姿が映る。ミッシェルの足元にはスタンガンで麻痺して動けないランスキーが転がっていた。

 ラス・タンが薄ら笑いを浮かべながら俯く。

「恐れ入った。さすがクワン・ゲド・デワンだ。何でもお見通しか」

「まあな」

 デワンは肩をすくめた。

「いつから気がついてた?」

「怪しいと思ったのはデトロイトを出た直後くらいだ。で、ロチェスター市に向うとき、試してみた。お前に電話してな。だ
がまさか、蒼威警備保障の支社を襲撃させるとは思ってもみなかったよ」

「あれは俺の指示じゃない」

「指示じゃなくても目的地を"クラウン"に教えたろ」

「あいつらが、あそこまでやるとは思わなかったんだ」

「病院でもか? チャーリーと死んだチームの連中にもそう言ってやれよ」

「仕方がなかった」

「仕方がない? おまえ、仲間を売ったんだぞ!」

 いつもは冷静なデワンもこの時ばかりは、きつい口調になった。

「恩があったんだよ! 俺は奴に命を救われたんだ」

「誰に?」

「デラルテ・ボーン。"ザ・クラウン"のボスだ。あいつと俺は同じ部隊だった。お前よりずっと昔にな。あいつピエロのマ
スクかぶってるだろ? あれは顔に酷い傷跡があるからさ。奴の右半分の顔は無いも同じだ。そしてその傷は俺を救
う為にできたもんなんだよ」

 デワンはデザートイーグルの銃口を下げた。

「じゃあ、おまえ、恩を返すために、俺たちを売ったって事なのか?」

「お前は殺さないと言ったんだ。ただ"失態"してもらうだけだと。だから協力した」

「ラス……俺はアンタを尊敬してたんだぜ」

 その時、デワンの頭に赤いレーザーサイトの光点が当たっているのに気がついた。

「危ない!」

 ラスはデワンに飛びついた。

「あのやろう!」

 狙撃ライフルの照準スコープからその様子を見ていたミッシェルが引き金に指をかけた。

 だが倒れたのはデワンではなくラス・タンだった。

 ミッシェルは指を止め、その状況に目を細める。

 デワンは倒れたラスを車の陰まで引きずった。胸からは血がにじみ出ている。

「ラス! しっかりしろ!」

 ラスは自分の傷を見た。

「へへへ、これじゃ助からんな」

「馬鹿言うな。今、病院に連れてってやる」

「よせよせ。クラウンの連中が何処かに潜んでる。怪我人抱えての突破は難しいぞ」

「喋るな」

 デワンはラスの止血を始めた。

「上手くやろうと思ったんだよ。デラルテにはお前たちをおびき寄せたと言い、ランスキーを使ってお前らを逃がす。ど
ちらへの顔を立つってもんだ」

「そんなに都合よくいくかよ」

「だな……お陰でこの様だ。くそっ! これは天罰ってやつだ。そうだろ?」

「黙ってろ! 助けてやるから」

「俺はロバート・ジョンソンと同じだ。悪魔に魂を売っちまったんだ。だが悪魔と取引したっていい事なんてねえ」

「そんな戯言はバーで聞いてやるよ」

「なあ、聞いてくれ……デワン。ランスキーは何も知らないんだ。余計な事は言ってない。本当だ。あいつは仕事だと
思ってるだけなんだ」

 ラスはポケットからUSBメモリーを取り出した。

「詫びに、これを……」

 ラスの手をとると体温が失われていっているのが分かった。

「それにはお前等の知りたい必要な情報が入ってる。集めるのに骨が折れたぜ」

「……助かる」

「他にもカミングアウトしときたい事んだ。お前を殺ろうなんざ、これっぽっちも思っちゃいなかった……本当だぜ?」

「ああ、信じるさ」

 その言葉を聞いたラス・タンは、にやりと笑うとそのまま、事切れた。

「ラス……」





「見つけた!」

 ミッシェルは闇に蠢く、クラウンのソルジャーを見つけると引き金を引いた。弾丸が命中したソルジャーは、まるで糸
が切れたマリオネットの様に倒れた。ミッシェルは他にも闇の中に動く者をを見つけると片っ端から狙撃していった。





 少し離れた場所ではバンに待機していたクラウンの部隊が突入の準備をしていた。

「部隊が狙撃を受けてます。どうやらヤツラ、こちらのアタックを知っていた様です」

 デラルテは少し考えた後、口を開いた。

「敵がスナイパーを配してるとするとこちらの被害はさらに多くなる。ここはラスの口封じだけで良しとしよう。撤退だ」

 デラルテは部下に命令するとバンに乗り込んだ。

 





 敵の撤収を確認したミッシェルは潜んでいた古い設備の上から降りるとデワンの方に向った。

 そばに近づくとデワンは息絶えたラスを担いで車の横に立っていた。

「デワン……奴ら、引揚げたよ」

 デワンは無言で車にラスを乗せた。 

「デワン……」

 ミッシェルが小さく声をかけたがデワンは返事をしない。ミッシェルもそれ以上は声をかける事ができなかった。

「いいヤツだったんだ……本当に」

 デワンはうつむいていた顔を上げた。強化プラスチックと特殊グラスファイバーで構成された黒いマスクからは表情
は分からない。

 だがミッシェルにはマスクの下で彼が泣いているのに気がついていた。





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