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 俺は、この人間の住むブロックで最も俺に似つかわしくない場所に立っていた。
 見上げると十字の影が俺の体を覆う。
「神の家に何の用かな?」
 教会の扉を開けると丸型のサングラスを掛けた神父が祭壇の横から姿を現した。
 俺のやってきたのは、悪魔が最も似つかわしくない場所、教会だ。
 露店の店主から聞いた話では、この教会には、エウロパが出入りしていたそうだ。
 そしてもうひとつ気になる事があった。
 この教会には、俺より悪どそうな悪魔が出入りしてたって話だ。
 悪魔だって? まったく、悪魔が出入りする協会なんて……だがそれには理由があるはずだ。ここには悪魔の必要としている物があったからだろう。
「あんたがフォアボス神父?」
 神父は、サングラスを下げて上目づかいで俺を見た。
「俺を見ても驚かないね」
 俺は神父に言った。
「悪魔は珍しくない」
「それは、よく悪魔と会ってるって事かい?」
 フォアボス神父は眉をしかめた。
「何の用だ?」
「エウロパって男がよく来ていると聞いたんだがね」
「そんな名前もあったかもしれないが、ここには大勢の人間が出入りしているからね」
「大勢の人間か。他にも出入りしていないかな」
 フォアボス神父は眉をしかめた。
「あんた、悪魔に何かを売ってるんじゃないのか?」
 神父が笑った。
「なんだ、お前も欲しいのか? 最初に言ってくれればいいのに」
 神父はそう言って祭壇の下から小箱を取り出した。
「最近、品薄でね」
 中を開けると銃弾がぎっしり詰まっていた。ただの銃弾じゃない。洗礼を施した悪魔を殺せる銃弾だ。
 これが悪魔が必要としていた物。悪魔が悪魔を殺せる物。それが洗礼を受けた武器だ。
「悪いが、買い物に来たわけじゃない」
「ほう、ではなんの用だ? まさか懺悔か?」
「面白い冗談だが、違うね。さっきも言ったがエウロパって男の事を聞きに来ただけだ。もう一度聞くぜ。エウロパって知ってるか?」
「そんな男もいたかもな」
 俺は、血のついたフェンニル硬貨を神父に放り投げた。神父は、足元に落ちたコインを拾いあげると興味深そうに眺めた。
「フェンニル硬貨……魔界でも使える通貨だ」
「エウロパを知らないってなら質問を変えようか。最近、ここに買い物に来た悪魔は?」
「そろそろ帰ってもらおうか。神への祈りの時間なんだ」
 そう言って神父は背中を見せた。
 やれやれ、どうやらこれ以上、話す気はないらしい。仕方がない……俺は、鼻の頭を掻いた後、ちょっとお仕置きをすることにした。
「え?」
 背後にいた筈だった俺が、突然、目の前に姿を表して神父は目を丸くした。
「驚いたか?」
 俺は神父の頭を掴むと祭壇の上に押し付けた。
「この罰あたりめ!」
「おいおい、あんた寝ぼけてるのか? 俺は悪魔なんだぜ」
 暴れる神父を強引に押し付ける。拍子に神父の十字架のロザリオが切れた。とたんに神父の姿は俺を驚かした。
「お前、悪魔か?」
 俺はリボルバーに祭壇の上にあった銃弾を詰めた。
「は、はなしやがれ! このクソやろう!」
 やれやれ、教会に巣食うう悪魔とは。
「さて、お前が売りまくっていた洗礼を受けた銃弾を試してみるか? 本当に洗礼をしてあるのかな」
 俺は撃鉄を引いた後、銃口をフォアボス神父のこめかみに突きつけた。
「やめろ! そいつは本物なんだ。本当に洗礼してある」
「悪魔が洗礼できるか」
「この教会には老いぼれた神父がいるんだ。そいつにやらせてるんだよ。だからよせって!」
「ほう、そうかい。だが俺はまだ知りたい事があるっていったろ?」
「バールだ! バールのところの者が買付に来てた!」
 フォアボス神父の口が急に軽くなった。
「バールだよ。東部を取り仕切る最大の悪魔。知ってるだろ? 大量の洗礼した銃弾と武器を買い込んでいったよ!」
 洗礼を受けた武器は、悪魔を殺せる。悪魔が悪魔を殺す武器を集めるって事は、どうやらどこかの悪魔と縄張り争いをするのかも知れなかった。あまり関わりたくない話だ。
「もう、ひとつ答えてない事があったよな。神父さん」
「エウロパって奴の事は、本当に知らないんだ! マジだでよ! だから撃たないでくれって!」
 協会の中に悪魔の哀れな嘆願が響いていた。
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