Dファクトリー

 ●カリシルアの戦歌

T・戦いの惑星 2



「第7区画にダメージコントロール班をよこしてくれ! 聞こえるか?」
 必死の呼びかけが艦内に響く。
 アルテミス級宇宙駆逐艦"サジタリウス"の艦内はパニックに陥っていた。
 CIC(戦闘指揮室)が機能を失い命令系統は混乱。自動操縦によりかろうじて降下を続けている。しかし、船体に取りついた凶悪な機械が破壊を続けている限り、墜落は時間の問題だろう。
 生き残った戦闘指揮官が防衛用のシステムを操作したが船体に取りつく敵はあまりにも近すぎて狙いがつけれないでいる。
「手動に切り替える」
 砲撃担当士官が小型のレールガンを強引に動かす。本来なら船体破損の危険がある為、ストッパーのかかっている角度だ。しかしこの状況ではそうも言ってられない。レールガンの砲身が船体に取り付いた灰色の機械に向けられた。それに気付いた異星人の戦闘マシーン・ガルムが唸るような音を発する。
「くたばれ! 機械野郎!」
 高熱のプラズマが砲弾をはじき出した! 
 超エネルギー帯びたハイ・タングステン弾がガルムの頭部を吹き飛ばす。一瞬、撃破されたかに思われたマシーンだったが腕のみがレールガンに這っていく。
「嘘だろ」
 生きていたガルムの腕は、目の前のレールガンを叩き潰してしまった。
 マイアミの反撃の手はこれで尽きた。
 艦内に船体のきしむ音が響く。同時に格納庫で爆発が起きる。
 整備兵たちが爆発に巻き込まれた仲間を助け出す。
「おい! しっかりしろ」
 助け出された整備兵は思いのほか重症だった。その時、格納庫に一人のパイロットがやって来た。
「どいて下さい」
 パイロットは倒れた整備兵に近寄ると傷口に手を触れた。
「あんた、どうする気だ?」
 整備兵がパイロットにそう言った時だ。別の整備兵がそれを止める。
「よせ、彼女はヒリア人だ」
 そう言って整備兵たちが仲間を引き離す。
 周りに音楽の様な音が聞こえてきた。爆音の中、そのメロディは、すんなりと耳に入って来る不思議な音だった。
 不思議な事に音が流れると同時に怪我をして整備兵の傷が止血されていく。
「これで動かしても大丈夫。早く衛生兵に」
 そう言うとヒリア人パイロットは手を離した。
「す、すまない。助かった」
 整備兵の礼も聞かないまま格納されている新兵器の方に向った。
「あんた、どうする気だ!」
「このままでは。この艦が墜ちます。その前に"これ"を使います」
 パイロットはそう言って新兵器"カリシルア"に乗り込もうとした。
「そいつは、二人乗りだろ。あんた一人じゃ無理だ」
 確かにそうだった。この新型兵器は、武器管制担当のガンナーと機体操縦のパイロットのペアが必要だった。
 だが、既に操縦パイロットの方は攻撃により死亡していた。今は、ガンナーパイロットしかいない。
「ガンナーシステムを作動させれば砲台替りになります」
「無茶だ! ここから出ることもできないんだぞ」
 しかしパイロットは制止を無視して"それ"に乗り込んだ。
 コクピット内のいくつかのディスプレイが一斉に作動し中を照らした。パイロットは備え付けのヘルメットをかぶるとコードをつなげスイッチを入れた。
「システム作動開始、照準初期化開始、エネルギー接続……コントロールをガンナーに移行……コード8230、8230」
 パイロットはまるで呪文を唱えるが如く手順を暗唱していく。ひとつの段階が終わるたびに機体の振動音が大きくなっていった。
「"戦歌"発動」
 その一言で"それ"の機体の駆動部から強烈な光が発せられた。危険を感じた整備兵はその場から逃げ出した。
 狭い格納庫にケーブルで繋ぎ止められていた"それ"がゆっくりと動き出す。
 ケーブルが留め金ごとはじけ飛んだ。
「いくわよ、カリシルア」
 20m近い黒い人型機体が胴体部分を起こしていった。
 パイロットは宇宙軍の戦闘機用とは違う特殊な形状をしたヘルメット越し送られてくる情報を読み取っていた。
 彼女の頭の中に艦に取りついた敵の位置情報が飛び込んでくる。
「直撃させれば被害は最小限に」
 その時、パイロットの思考にシステムの情報伝達とは違う強烈な何かが入り込んできた。

 誰?

 ガンナーパイロットは、その発するような"何か"を感じ取ろうと、意識を集中させた。




 降下を続ける宇宙駆逐艦"サジタリウス"の外に並行するように飛ぶGF-64ギガゲイ。
 そのコクピットからキーファは、無残な宇宙駆逐艦の姿を見ていた。
「見ろよ、船体にガルムがとりついてやがる!」
「2機、いや、3機! ガルムが3機取りついてる。連中も破損をしてる様だが戦闘可能なレベルだ」
 探知装置でと"サジタリウス"をスキャンしたルーザはそう言って舌うちする。
「宇宙駆逐艦の方は、かなりのダメージだな」
「呼びかけにも応じないのはその為か?」
「キーファ、こんな攻撃の仕方、見たことないぜ。何のつもりだ?」
「わからんがただ撃墜したいってだけじゃなさそうだ」
 キーファは船体でうごめく機動兵器を注意深く観察した。
「でも、これじゃ、うかつに攻撃できない」
「ミサイルは無理だ。接近して機銃でやる」
「おいおい、俺も乗ってるんだぜ? 無茶してくれるなよ」
「ツイてなかったな」
「へ、変なこと言うな!」
 キーファは機体を"サジタリウス"の艦尾に回る。宇宙駆逐艦の降下速度は速かったが同じ速度でなら捉えるのも容易だった。
 キーファは繊細な操縦を続ける。
 船体のガルムが艦尾に移動しだす。ルーザが素早く敵の動きを探知した。
「ロックをかけてきた!」
 言うが早いかキーファはトリガーを引いた。直撃した30oバルカンの弾丸がガルムの機体をバラバラにしていく。飛び散った大量の破片がギガゲイめがけて向かってきた!
「やばい! やばいぜ!」
 キーファは落ちついて急旋回し、それを避けた。
 その時、コクピットが突然薄暗くなる。
「しまった!」
 "サジタリウス"の船体からいつのまにか離脱していた一機のガルムがキーファの機に接近していた。

 左に!

 聞こえてきた声のいうとおりに機体を左に倒すキーファ。
 急旋回していく機体からGF-64を捉えていたガルムの機体が閃光に貫かれているのが見えていた。
「誰だ?」
 墜ちていく機械の残骸を確認した後、すぐにキーファは閃光の発射元を探した。
 破壊された"サジタリウス"の船体の隙間から何かが動いているのが見えた。
 一瞬、敵の機動兵器ガルムと思ったが形状が違う。第一、ガルムが仲間を撃ち落とすわけがない。
 するとこれはなんだ?
 キーファは船体から這い出す巨大な人型メカに目を釘付けになっていた。


「なんなんだ? こいつは」
 キーファは煙を上げる強襲型宇宙駆逐艦の船体の巨大な人型メカに気を取られていた。
 見たことがないメカだ。ガルバの戦闘メカに似ているが、識別信号は地球宇宙軍のものだ。同じ人型である地球軍のGF-83という機種とも違う。
 ルーザは偵察用のビデオカメラをズームアップさせた。画面に拡大表示されるとガルバと赤い人型メカと格闘を始めた。
「助けないと」
 キーファは機体を旋回させてトリガーに指をかけた。
 次の瞬間、赤い人型メカはガルバを船体から引き離し、空中に放り投げた。すさまじい速度で後方に飛ばされていくガルバは、途中分解し落下していった。
『支援、感謝する』
 物珍しげに様子を窺うキーファたちに通信が入ってきた。
 人型兵器はキーファ機を見上げている。
「おい、キーファ。セクシーな声だな」
「乗っている奴も同じとは限らないぜ」
「きっと美人だ。間違いない」
「想像力がたくましいよ、お前」
「それより、お前大丈夫か?」
「何がだ」
「分かってるだろ?」
 キーファは操縦桿から右手を離すと見つめた。
「ああ……」
 手の震えもない。気持ちも平静を保っている。
 戦闘の後だってのに……
 不思議だった。戦闘は久し振りではあったが決して簡単な戦術ではなかった筈だ。しかし何の高揚感も湧いてこない。
「こちらブラボーワン。困った時はお互い様さ。それより、艦は大丈夫か? 外から見ると相当やられてるが」
『ガルムどものコントロール下から解放された。辛うじて艦の操舵ができる』
「そいつはいい」
『しかし、ナビゲートシステムが壊れた。誘導を頼みたい、ブラボーワン』
「いいぜ、ついてきな、サジタリウス・レディ。基地まで案内してやる」
 GF-64スラッシャーがサジタリウスの前に出た。
 レーダーに友軍機が映り込む。
 いつの間にか、地球軍の戦闘機が取り囲んでいた。
「おっと、遅い到着だな」
 3機編隊のGF-64がキーファ機の上方に位置した。その一機が降下し、キーファ機の右横に並んだ。
『ふん、ここからは、我々13飛行小隊が引き継ぐ。さっさと基地に帰るといい、キーファ少尉』
 通信が入り、キーファが横を見るとパイロットが中指を立てていた。
「はっ、相変わらずだな。カレン」
『ブラボーワン、お前の機は貴重なテスト機なんだ。言うことを聞け。でなければ私がお前を墜としてやる』
「怖いな、わかったよ。サーティーン・カレン」
 キーファ機がマイアミから離れていく。
 小さくなるマイアミを見つめていると何故か名残惜しくなっていく。キーファは通信のスイッチを入れた。
「こちらブラボーワン、聞こえるか? マイアミ」
 キーファは並んで飛行をしながら通信を続けた。
「助けた礼にそのおかしな兵器の名前を教えてくれ」
 返事は来なかった。
「なんだよ、急に」
 ルーザが眉をしかめた。
「ちょっとした好奇心さ」
 キーファは肩をすくめた。
「たぶん、あれ秘密兵器ってやつだぜ? 俺たちなんかに教えてくれるかよ」
 しかし、しばらくの沈黙の後、サジタリウスから通信が入ってきた。
『これはカリシルアという機体だ』
 さきほどと同じ女の声で通信が入ってきた。
「カリシルア……か。いい名だ」
『ありがとう、ブラボーワン』
「OK、カリシルア。会えてよかったぜ」
 キーファはコクピットの中で敬礼をした後、GF-64のブースターを吹した。
 強襲型宇宙駆逐艦サジタリウスの姿が小さくなっていった。




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