Dファクトリー

1、走り去る貴方
二稿目


 カットサロン(レザボア・ドッグス)は魔女たち人気の店だ。
 店の前には"空飛ぶホウキ"がずらりと並んでいた。
 臨時収入の入った髪を整えようと魔女キーラ・M・キャメルンは、この人気のカットサロンにやってきていた。
「本当にキーラちゃんは素敵な髪してるわねえ」
 そう言いながら黒い服にネクタイ姿のスタイリストがキーラの髪を梳かす。言葉づかいは女性だったがルックスはどうみても男だった。
「まあ、気は使ってるからね」
 実は常連の彼女には指名のスタイリストが決まっていて、店主でもあるミスター・ブラウンがほぼ専属だ。
 おしゃれなアゴヒゲをしている"彼"だが心は乙女とゆー人。
「ね、新しいトリートメントが出たんだけど使ってみる?」
「じゃ、たのもっかなー」
「あら? いつもなら代金、気にするのに今日は聞きもしないのね」
「ふふん。今日はリッチなわけよ」
 そう言ってキーラは得意がる。
「ちょっと、お金持ちに"魔法の護符"を頼まれてね。ひとつ作ったんだけどその謝礼が結構な額でぇー」
「まあ、それで、今日は太っ腹なのね」
「そーゆーこと♪」
 カットが始まるとスタイリストのブラウンが切り出す。
「ねえ、キーラちゃん。合コンって興味ある?」
「あるあるある、ものすっごーくある!」
 キーラの食つきは早かった。
「そうよかった(4回も言うのね……)。実は今度、他の店の若いコたちとするんだけど、キーラちゃんどうかなーって」
「マジで? OK!」
 鏡越しにミスターブラウンにOKマークを作る。
「即答ね、さすがキーラちゃん」
「変な感心しないでよ。で、念のため聞くけど、ミスターはどっち側?」
「え? どっち側って?」
「レディースかメンズか」
「そりゃあもちろん決まってるじゃない!」
「そーっすよね」
「私はキーラちゃんチームよ」
「そーっすよねー……って、違うだろっ!」
「Why? 」
「ホワィッ? じゃねーよ、まったく」
 呆れるキーラがミスターブラウンの顔を鏡越しに見たときだった。窓の外にホウキを担いでいる人の姿が視界に入る。
「あれ?」
「あら? あれってキーラちゃんの空飛ぶホウキに似てるんだけど」
「似てるってゆーか……」
 扉のそばに置いておいたはずの方を見るとホウキは消えていた。
「……ってことは」
 窓の外を見る二人。するとホウキを担いでいた男が視線に気づきこっちを向いて動きを止めた。
 そのまま見つめていると男はにこりと笑ったあと、即座に走り出した!
「やられた!」
「ちょっと、キーラちゃん、まだカットの途中ーっ!」
 イスから飛び上がったキーラは店から飛び出して泥棒を追った!
「そこの泥棒! 何もしないから待てー!」
 しかし泥棒はホウキを持ったまま全速力で走ったままだ。あたりまえだ。何もしないわけない。
 泥棒は大通りの人ごみの中に紛れると路地に滑り込む。
 物陰に隠れるとキーラが通り過ぎるのを見守った。
「まてーっ!」
 路地をまっすぐ走り去っていくキーラ。泥棒は、ほっと胸をなでおろすと物陰から顔を出した。
「魔法使いを出しぬけると思っているの?」
 はっ!として声の方を見るとキーラがブラックな形相で仁王立ちしていた。背後には明らかに怒りのオーラが漂っていた。
「え……これはその……」
「とにかくホウキを返すのよ」
 キーラが詰め寄るった瞬間、泥棒は何かを地面に投げつけた。すると白い煙が吹き出しあたりの視界を奪う。
「ちょっと! こら……ゲホっゲホっ!」
 煙の中、泥棒を見つけようとしたキーラだったが目が痛くてそれどころではない。
「はっははあーっ! あばよ! 魔法使いのお嬢さん」
 泥棒はそう言い残し、ホウキを背中に縛り付け、壁をよじ登っていく。
「そうはいくか!」
 キーラが呪文を唱えると空飛ぶホウキが宙に浮きだした。
「あら? あら? あららららら?」
 必死に壁にしがみつく泥棒だったが空飛ぶホウキの方が力が強かった。そのまま体を縛り付けたまま、壁から引きはがされホウキから垂れ下がってしまう。
「う、うそ……」
 煙幕から抜け出たキーラが袖で目を拭っているいると空飛ぶホウキが泥棒をつりさげて目の前に降りてきた。
「ま、魔法使いを出し抜こうなんていい度胸してるわね」
 キーラが指の骨を鳴らし威嚇する。
「ま、まって!」
「待つか! 髪を中途半端にされたのに!」
「聞いてください! これにはワケがあるんです」
 ホウキにぶら下がっていた泥棒は身体を地面に向けたまま懇願した。



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